旧友の話

 友人の看護師に、彼女が新人看護師だったころの話で面白い話がないか? と問うた時に聞いた話。



 当時働いてた病院はK府にある大手の私立病院で、病院が経営している看護学校を出た彼女はそのまま同病院へ就職したらしい。

 そして初めての夜勤の日。、先輩3人と自分の4人体制で。比較的病状が安定している病棟だったそうだ。


 仮に彼女をAさん、B先輩、C先輩、D副師長とする。


 D副師長「Aさん、今晩初めてやねんね。緊張せんでもいいけど、ごちゃごちゃと忙しいから頑張ってね」

 A「はい! 副師長! 頑張ります!!」

 D副師長「OK。とりあえず手順はマニュアルどおりしっかりとやってもらったらええし。巡回中のトラブルはその都度教えるから」

 A「はい! よろしくお願いします!」

 D副師長「じゃぁ、Bさん、Cさん、今晩もよろしくね」

 B・C「「よろしくお願いいたします」」

 こんな会話で夜勤の申し送りがはじまったらしい


 夜の病棟は病状が安定している部署とはいえわりと忙しく、何度もナースコールに出動していく。


「看護師さん! トイレ行きたい」だの「看護師さん! 家に帰りたい」だの要望聞けるものから、そんなこと言われても的な要望までさまざま問い合わせがくる。

 B先輩、C先輩はいつもの如くてきぱきと要望をさばきながら、カルテ記入をすすめていく。しかもおかしをモリモリと食べながら。

 そんな光景が印象に残っているらしい。


 Aは昼とはちょっと違った雰囲気に戸惑いながらも、研修のときを思い出しつつ、懸命に対応していったそうだ。


 そして夜半、多くの患者さんが就寝に入り、時折患者さんのイビキやうめき声が聞こえる中、

 B「そろそろ巡回に行くよ。Aちゃん、カート持ってついてきて」

 そういわれAは電子カルテ入力用のPCの乗ったワゴンを先輩の押していった。

 病棟はH型の建物で、一部屋、一部屋しっかりと様子を見ていく。

 Aは『なるほど、こういうチェックしていくのかぁ、お昼とか、研修とはちょっと違うんやねぇ』などと感心しつつ、手元のメモ帳にその様子なんかや要点を記載していった。


 ぐるり回って、H字の病棟の端に差し掛かった時。


 パチン


 パチン


 パチン


 と、爪を切る音が奥の病室から聞こえた。

 Aは患者さんが自分で爪切ってるのかなぁ? と特に何も考えずに、病室の方へ行こうとすると

 B「ああ、そこの部屋はいらないわ。ステーションにもどるよ」

 そういいながらB先輩は最後の部屋を無視してナースステーションへと歩いて行ってしまった。


 ステーションに戻るとB先輩とD副師長に報告を行う。

 B「とりあえず、おととい入院された413―2の大槻さんが離床しようとしていたので訳を言聞いたところ若干の不穏がありましたが、お話で沈化して今は寝られています。明日にも離床センサーつけた方がいいかもしれませんね。」

 D副師長「了解、総務に取りつけ依頼書いとくわ」

 B「それで……」

 丁寧にB先輩が申し送りをしていく。

 C先輩もじっと聞いている。


 D副師長「Aさんもご苦労様。どうだった? 昼の巡回とはまた違うでしょ?」

 A「はい! なんだか、違う顔ですよねぇ」

 C「そうね、一種独特だわ」

 A「そうですね。いろいろ勉強になります。」

 B「何か質問とかある?」

 A「うーん、あ、そういえば、なんで415号室に巡回いかなかったのですか?」

 C先輩・D副師長「「……」」

 C先輩とD副師長が同時にB先輩を見やる

 D副師長「Bさん?」

 B「ええ、いつものです。爪切る音が聞こえてましたので」

 C「じゃぁ、ぜんそくの田中さんじゃなくて、きれい好きの鈴木さんかな?」

 Aは先輩方のすこし不思議な会話を聞きながらさらさらとメモを取っていいく。

 D副師長「ふう、ちょっと鈴木さんに言ってくるわ」

 B・C「「よろしくです」」

 D副師長「んーとね、Aさんもついてくる? この仕事していくなら慣れてもらわんとあかんしね」

 A「?…は、はぁ」


 D副師長は懐中電灯片手に、Aとともに415号室へと向かった。

 部屋の前につくとD副師長は懐中電灯をカチりと消してしまった。


 415号室。

 遮光カーテンがひかれ真っ暗な部屋に爪切りの音だけが響いている

 Aはものすごい違和感を感じていた。

 真っ暗な部屋に数人の人の気配。4人部屋だけど息遣いはもっと多く感じた。


 D副師長「鈴木さん、そろそろ寝てください。田中さんや大隅さん、三井さん、一ノ瀬さんにまた叱られますよ!」

 D副師長が静かだけど凛とした口調で部屋の中に呼びかけると、爪切りの音がピタリとやむ。

 D副師長「それでは、おやすみなさい」

 そういうと懐中電灯をカチりとつけて部屋の中を照らす。


 誰も寝ていないベッドが4つ


 Aは思わず「ヒィ!」と悲鳴を上げてしまったらしい。

 あの爪切りの音は一なんだったのか?

 おぞけと、恐怖で目が回り、

 Aはそのまま気を失ってしまったらしい。


 そんな話を聞かせてくれたAが語るには、病院ではよくある話であるらしい。

 死んだことに気が付かずに、そのまま入院している患者さんがたまにいるらしい。

 多くは次の夏ぐらいにお迎えが来て「退院」していくそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

つめきり 奇怪人 @kikaijin7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る