第4章 奈良女高師で出会った人たち
第38話 自立の道を求め女高師で始まった新生活 🦌
四年前の長野行きのときと同じく、今度もまたひとりで入学の用意をし、ひとりで奈良へ出かけて行くものとばかり思っていた文子は、父が「お寺の和尚さんが一緒に行ってくれることになった」と言ったとき、一瞬ぽかんとした。あ、そうだ、本来なら庇護されるべき年齢だったのだと、ひねくれ者と言われる性癖が顔を出したがる。
大事なむすめの入学に付き添わずにいられない、ひとり旅になどとてもやれないという住職の一途な思いこそが一般の父親のものであって、おまえはしっかりしているから大丈夫だろうと突き放すのは十七歳の少女の保護者として、少し、いや、かなりおかしい。かげで自分をひねくれ者とうわさしている岡野の方がねじ曲がっている。
幼いころからの身内の愛に乏しい環境で自然に自立心が培われ始めていた文子の胸に皮肉な思いが膨れかけたが、むろん、そんなことはおくびにも出さず、ことあるごとに両親への感謝を口にしながら出発の朝を迎えた。豊母さんが呼ぶので二階の四畳半から階下へ降りると、思いがけず炊きたての赤飯がほかほかの湯気を立てている。
驚いている(そもそも入学のむすめに、こう思わせること自体がおかしいのだが)文子に「奈良へ行く朝だから、お祝いに炊いたよ」と告げる義母の笑顔に思わずなみだぐみそうになりながら、ささげ豆入り赤飯のほの甘さを噛みしめ、まさかこんな日が来ようとはと有頂天になっている自分に心からの祝意を贈らずにいられなかった。
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別宅の祖母・元江がやって来て豊母さんと門まで見送ってくれた。お寺へ行くと「友だちになってやってな」和尚さんに紹介された時子はおとなしそうなむすめで、親から離れてのはじめての寮生活に不安を感じているようだった。時子は家事科で、文子は文科だが、ふたりきりの同郷出身同士、互いに助け合って行こうと誓い合う。
途中で一泊して到着した奈良の都は、長野女学校時代に先生に引率されて来たことがあるが、古都のもつおごそかな空気がいっそう凛然と感じられる。入学式はものものしい雰囲気で執り行われた。モーニングすがたの筆頭教授を先頭にいかめしい表情の教授連がずらりと並ぶなか入場した小太りの校長が、論文のような訓示を行った。
終了後、さっそく寄宿舎への振り分けが申し渡され、時子と文子はかなり離れた場所に住むことになった。五つの棟に分かれていて、文科、理科、家事科の一年生から四年生まででひと部屋が構成される仕組みになっている。各棟に付随する庭には花や野菜が植えられている。長野女学校での賄いとちがい当番制で自炊するのも珍しい。
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国立学校のいかめしさを肌で感じながらスタートした新生活で、まず文子の目を見張らせたのは、仏像もかくやと思わせる堂々たる体格で悠揚迫らぬ空気を醸し出す、その名も内藤ふすま教授だった。大勢の男性教授に一歩も引けを取らず、講堂に並ぶ順も校長と教頭につぐ三番目、濃紫の袴に茶の被布は圧倒的な存在感を放っている。
この学校の主みたいなこの先生はどういう方なんだろう。さながら仏像が移動するかのように廊下をのっしのっしと歩いて行く様子は「ザ・奈良女高師」と呼びたいほどだったし、薄化粧の痕跡はおろか、おそらく化粧水やクリームの恩恵さえ受けたことがないと思われる茶色いシミだらけの肌は、率直に言って人間ばなれして見える。
全校生の必須とされる内藤教授の「作法」の授業は、一時間が緊張の連続だった。畳の部屋にひと組だけの机と椅子があり、そこにどっかと腰かけた教授が六五○頁もある分厚い教科書『普通作法講義』に従って古い身分意識に基づく社会秩序の徹底、いわば幕藩時代の貝原益軒の『女大学』をそのまま持ちこんだような講義を行った。
つまり国が世話する学生たちを国家に忠実な教師に育てあげ、全国各地の小学校や女学校へ散らばせて奈良で学んだとおりの教育を行わせる。それが国立の教員養成学校の方針であるらしいことに気づいたのは、生まれついての薄幸に磨かれた文子ならではの尖った感性ゆえで、他の生徒はそこまで敏感になっていないようだった。
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内藤教授は、生徒と親交を深めるという名目で寄宿舎での食事会を順番に命じた。当番の日には朝から食堂の神棚の榊の枝を取り替え、箒とはたきで障子の桟や床を念入りに掃除して、炊事当番を手助けし、上級生から「献立はすきやきですが、先生が十分にお取りになるまで箸を伸ばさないこと」と注意を受けたり緊張して夜を待つ。
教授を案内して来る四年生のすがたが見えると、みんなでさっと通路に並び、頭を下げて教授を迎える。みしみし床を鳴らせて巨体を運んで来た教授は神棚にパンッと柏手を打つ。一同恭しくそれに倣い、やおら席に着き箸を取った教授に従いかけると「あかん!! 目上と同席するときは箸の中央より少し下を持つ!!」即座に檄が飛ぶ。
かといって厳格一辺倒ではなくて「食べ物を大事に。お皿の醤油もさいごのお茶に入れて飲んでしまうのでやすわ」山陰訛りがおっとりユーモラスなので、学生は心をはぐらかされてしまう。廊下ですれちがったときに呼び止められ「あんたの歩き方はおかしい、左肩が上がっているでやすわ」と注意された文子は複雑な気持ちだった。
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