第18話 お蚕さま育ての巧みなおばあちゃん 🧵



 冬のあいだは食も細いし貧血気味で、ときには寝つくこともあって、おばあちゃん大丈夫かな、もしものことがあったらどうしようと文子を心配させる祖母だったが、三月に入ってなにもかも凍りつく季節がゆるみ始めると、不思議なほど元気になり、目の色にも力強さが増して、近づく活動のときへと全身で用意を整えるのだった。


 木や草の芽があたり一面にやわらかなさみどりをふりまき始めると、手拭いを姉さんかぶりにし、着物の裾を腰紐のあたりまでたくし上げ、手甲や脚絆をつけた凛々しい格好で野良仕事に出て行く。やがて田んぼに水が張られると、田植えや田草取りも祖父に引けを取らない働きぶりを見せる。そんな祖母を文子は心から尊敬していた。


 それよりもっと自慢に思っていたのは曲輪(祖父母の庄屋を本家とする新宅で形成される十戸ほどの集落)と呼ばれる近所中から「お蚕上手の喜井さん」と称賛される養蚕の腕前だった。実際、祖母の手にかかると失敗ということがなく、まるで魔法のようだったので、調子がよくない蚕の相談に訪ねて来る女衆も少なくなかった。


 それはひとえに「お蚕さんの身になる」おかげだったが、文子がそのことを正確に理解したのは小学校の最終学年になってからだった。そうか、うちのおばあちゃんは養蚕の腕がいいというだけでなく、どうすれば快適に過ごせるかお蚕さんの気持ちがわかるからだ。これが父だったらこうは……ついつい引き合いに出す文子だった。



      *



 とはいっても、溌溂とした年代の主婦が仕切るほかの家では春蚕はるごに夏蚕はもちろん秋蚕、さらに晩秋蚕ばんしゅうさんまで営んで少しでも現金収入を得ようとするのに、祖母の華奢な身体では春と秋だけで精いっぱいで、それとて、これまた頑健とは言い難い祖父とふたり懸命に取り組んで、ようやくの思いで上蔟(繭づくり)までもっていく。


 毎年春からお盆過ぎまで、畳を上げてホルマリン消毒した茶の間も座敷もお蚕さんに占領され、人間は隅の方に小さくなって暮らしたが、ほかに収入の方途もない家にお金をもたらせてくれるのだから、祖父母と春子、文子と和枝の、いわば五人家族が大人も子どもも力を合わせ一所懸命で、大事な預かり物に無事に繭になってもらう。


 文子と和枝に出来る仕事は桑の葉摘みだった。生き物のことゆえ、人間の都合でただの一度でもおろぬくことは許されない。学校から帰ると、子どもの背丈ほどもある籠を背負って桑畑へ行く。雷が鳴ると、大急ぎで摘んで走って逃げ帰る。祖母からのご褒美は戸棚の奥の花見糖はなみとうで、少女たちは冷たい井戸水で氷水にして楽しんだ。


 田んぼ仕事と同様、一刻を争う上蔟の時期は曲輪のゆいで乗りきり、無事にお蚕さんが回転蔟におさまってくれると、一様にほっとした顔つきになった人間も宴を張る。といっても祖父は好物の熱燗のお銚子一本、祖母と春子は越後の女から買っておいた水飴を箸に巻いて文子と和枝にも分けてくれるという慎ましさではあったが……。



      *



 青空に悠然と長い裾野を引いているが、思い出したように噴火する浅間山を父親、ふだんはやさしいが台風が来るとあばれることもある千曲川を母親と呼ぶ農村の女衆のひそかな楽しみは、秋の収穫が終わったころにやって来る壮士芝居の見物だった。「顔見世の車が来たよ~!!」だれかが大声で告げると、家々から女たちが走り出る。


 数台の人力車に「東京・名題大一座」「新派悲劇の大一番」などと大書された幟がひるがえり、太鼓を叩きながら口上を述べる法被すがたの役者、軍人帽子にぴんと髭を立てた男、流行の二百三高地髷にピンクのリボンをつけた女優がつづく。出し物はお馴染み『不如帰』で、浪子と武男の悲恋物語が早くも女衆の胸を絞めつける。


「いいわいなあ、今年の武男は、なかなかの男前じゃないかい」ひとりがうっとりした声で感想を言うと「ふん。けど、ちょっとばかり薹が立っちゃあいないかい?」「そこがいいんじゃないかい」「まあねえ、蓼食う虫もなんとかって、いうからねえ」昂った声で批評し合うのもすでに芝居見物の序幕である事実を雄弁に物語っていた。



      *



 ところが、年に一度の娯楽にすらあずかれない女衆もいた。ふだんからきびしい姑に泣かされている新宅の嫁さんの何某で、庄屋の喜井や春子を先頭に、曲輪中の女衆が揃って弁当持ちで、思いきり泣けるように新しい手拭いを用意して出かけるのに、その嫁さんひとり姑の許可が出ない。みんな後ろ髪を引かれながら小屋へ行った。


 尾崎紅葉の『金色夜叉』と並んで絶大な人気を誇る徳富蘆花の『不如帰』は観客の期待どおりのお涙ちょうだいもので、女衆はこの日のために大事にしまっておいた手拭いを目に当て、日ごろの自分の忍耐の分まで何重にものせて、たっぷりと泣いた。興行主も役者も心得ていて、山のシーンではとりわけ念入りな芝居ぶりを見せる。


 相思相愛の若夫婦が引き離され、不治の病の肺結核に罹患した浪子が姑から「家風に合わんと離縁する。子どもがないと離縁する。わるい病気があると離縁する。これが世間の法」と苛まれる場面では、浪子の薄幸をわが身に重ね合わせ、さらに底意地のわるい姑に暗い家に留め置かれている仲間の嫁を思って、みんな泣きに泣いた。


 一年分のなみだを出し尽くしたような帰り道、夜空から降って来るような星を仰ぐ女衆の胸は意外にさっぱりしていた。芝居に出て来た上流階級の女ですらあのような境遇なのだから、この世は思うようにはならないのだ。いや、むしろ、離縁されないだけ自分の方が恵まれているかも知れない。そんな慰めが来秋まで女衆を温める。




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