第13話 やがて無二の親友になる和枝という少女 👧



 そんないびつな家庭にもうひとつの不足な家庭を迎え、互いに助け合える大きなかたまりをつくろうとしたのはひとえにひとりっ子の自分のためと思っていたが、そう簡単に言いきってしまえない事情があったことを文子は少しずつ知るようになった。すなわち、老いる一方の祖父母を無償で援けてくれる春子の力が必要だったのだ。


 数か月遅く生まれた和枝と文子は、物心ついて以来のあそび友だちだった。和枝は文子の家へ来てあそび、文子もほかの子どもたちと群れになって和枝の家に行った。といっても村はずれの貧しい百姓家にしがみつくようにして建つ掘立小屋で、もとは農機具置場だった小屋に無理やり母子の寝床と煮炊きの場をつくっただけのもの。


 その小屋の前には大きな肥溜めがふたつもあって、はるか遠くまでものすごい匂いを漂わせていたので、うっかり嵌まらないように気をつけながら、鼻をつまんで大急ぎで駆け抜ける。小屋にはいつだれが使ったかわからない黴臭い布団が積んであり、夜は母子の寝床であるとともに、昼間は子どもたちの秘密の隠れ場にもなっていた。


 

      *



 和枝の父親がだれなのか、子どもたちは詮索しようという気すら起さなかったが、大人はそういうわけにはいかないらしく、その話になるとみな訳知り顔で黙りこみ、それでいて妙な色の目を見交わすことに文子は気づいていた。父親は旅の役者。近郷の百姓の出の春子は親から勘当されて和枝を産んだ。そんな話をいつの間にか知る。


(うちもふつうの家ではないと引け目に思っていたけど、和枝ちゃんちは、うちとはくらべものにならないくらい変わっているらしい。「上には上がいるものさ」というのは字が読めないおばあちゃんの口癖のひとつだけど、世の中にはいろいろな事情があるんだな。もしかしたら、うちだけ恥ずかしいと思わなくていいのかも知れない)


 当の和枝自身におのれの身の上をどうすることもできない状況は文子の場合とまったく同じだったが、ひとつ大きく異なるのは、かたや氏素性の知れない流れ者の子、かたや地域に聞こえた裕福な造り酒屋の子という厳然たる事実で、大人の社会の規範が子どもに影響しないわけがなく、文子と和枝は自然に主従関係を築くことになる。


 なれど、それはのちの話で、入学式の当日、あの肥溜めのそばの小屋から文子の祖父母の家の門の内側に越して来た和枝に、文子は単純なよろこびしか感じなかった。母親の春子に「妹と思って仲よくしてやって」と言われたとおり、おとなしい和枝が可愛く思われてならなかったし、ひとつ屋敷内に同年代が住む活気もうれしかった。



      *



 旅役者に早逝された春子はひとりで子を産み、激流に突き立つ石のように生きて来ただけに、たくましい生活力の持ち主だった。村の隅に置いてもらい、田植え、畑仕事、養蚕、稲刈りなど、頼まれればどこへでも出かけて行って日銭を稼ぎ、雨降りの日や冬場は繕い物や洗濯を請け負って、とにかく和枝を飢えさせないように働いた。


 よその家を渡り歩くうちに巧みな処世術も身に着け「口八丁手八丁の春子さん」と呼ばれ、半ば蔑まれ半ば重宝がられしているうちにしっかり村内に組みこまれ、いつしかご祝儀や不祝儀の台所の取り仕切りにも春子がいなくては埒があかないというふうになっていた。そんな春子はいわば顧客の一軒として旧庄屋にも出入りしていた。


 だが、元庄屋の誇りが着物を着て歩いているような徳二に現金稼ぎはからっきしだったので、ほかの家のように春子に手伝い仕事を頼んでも、その賃金が支払えない。それが溜りにたまって大変な金額になっていたが、それでも新たな仕事を依頼しなければ生活が成り立たない。その折衷案として同居が決まったという経緯らしかった。



      *



 ふたりの少女は学校から帰ると夕飯まで、ときには寝るまで一緒に過ごすようになった。姉妹といっても親友といってもいいふたりは、はためには平等に映ったかも知れないが、そこは内心に率直で残酷なものを持っている子ども同士のこと、なにをするにも和枝は文子の半歩あとに従い、文子はそれを当然のこととするようになる。


(だって、和枝ちゃんたち母子はうちに間借りしているんだよ、つまり、わたしは大家の孫なんだもの、それなりの節度が必要だよね。かといって、わざわざ目につくようにふるまう必要はないけど、いつもわたしの方が上位だということを示しておくことはわるいことじゃない、お互いのポジションの確認のためにも大切なことだよね)


 小川のメダカ捕り、日向土手のイナゴ捕り……仲よくキャッキャッと笑い合いながら文子はいつまでもバケツを手放そうとしなかったし、歩のいい先陣を交替してやろうともしなかった。いつもメダカやイナゴの収穫が少ない和枝の気持ちを考えてやるほど文子も早熟ではなくて、むしろ満たされない思いのはけ口とするようになった。


 そういう微妙な関係のなかで、ふたりはときどき互いの傷口を舐め合うようにして探りを入れる。「なあ、和枝ちゃん、母さんってどんな感じのもの?」「さあ、どんなって言われても……それよか文子ちゃん、父さんってどんな感じのもの?」「さあ、どんなって言われてもなあ……へんなものだよ」「なにそれ、へんなの~」(´-ω-`)




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