第4話 彼岸に舞う紋白蝶
お題:彼岸花と紋白蝶
群青の空に立ち上がる入道雲が消える頃。透き通った水色の空に筆を走らせたように筋雲がたなびく。
田園では重く垂れる稲穂が織りなす黄金色の絨毯があたり一面に広がり、先に稲刈りの済んだ田んぼが四角い模様を描く。濃淡に染まる黄金色を区切るように走る畦道には鮮やかな赤色。すっと細く伸びる茎の先に乗る炎色の花びら。彼岸花であった。
今が盛りと咲き誇る彼岸花は遥か山裾まで伸びていく。
遠くにはその赤い道を歩く小さな人影があった。それはまるで燃え盛る火の上を進んでいるかのようであった。ゆらりと揺れる炎でちらちらとその向こうが見え隠れするように、人影もまたふっと赤色に埋もれては立ち上がって姿を現す。彼方此方にふらふらとさまよう様子は、同時に炎に誘われて踊る蝶を思い起こさせた。
しゃがみ込んで赤色に埋もれていた少女の視界の端をちらちらと白いものがよぎる。視線をやれば、数匹の紋白蝶が舞っていた。ふと、少女の目の前の彼岸花にふと1匹が羽を休めた。片手に数本の彼岸花を握りしめた少女はもう片方の手を前へと伸ばす。その手を避けるように紋白蝶が飛び立った。宙を掴んだ手を不満げに見つめると、少女は勢いよく立ち上がる。弾みでがさりと教科書が揺れ、少女の背に振動を伝えた。
紋白蝶は上下左右に細かく揺れては追いかけてくる小さな両手から逃げる。そのまま道の先へと飛んでいった。釣られて少女は駆け出すとそのまま誘われるように山裾へ続く赤い道を進み始めた。
紋白蝶を追いかけてずんずんと少女が進む道から段々と赤色が減り始める。畦道に生える草がだんだんと長くなり、いよいよ山へと一歩足を踏み入れようとしたまさにその時。
「それ以上、奥に進んではいけないよ」
薄い衣を通したような少しぼんやりとした声が少女を引き止めた。
振り返ると、彼岸花の間に白い服の女性が佇んでいた。
「だれ?」
少女はこてりと小首を傾げる。
女性は柔らかな笑顔を浮かべ、ふんわりとした声が少女に落ちる。
「山は異界。彼岸と此岸の境目なのよ」
「いかい? しがん? ひがんってひがんばなのこと?」
つたなく繰り返される言葉。知っている言葉だけでも理解しようとする少女に女性は目元を緩める。
「葉見ず花見ず。彼岸の花が咲く頃。遠き思い出が姿を現し、一時の再会を果たす。此岸の葉が生える頃。思い出は遠く去り、再びの別れを告げる」
「……?」
理解できない言葉達に少女は不安そうに顔をこわばらせて、縋るようにぎゅっと彼岸花を握りしめる。女性はスッと彼岸花を指差した。
「これは曼珠沙華。天界に咲く花だから、持って帰ってはいけないわ」
「だって、きれいだもん」
少女を案じる言葉に、しかし少女は拗ねるように口を小さく尖らせた。
「それなら、代わりにこれと交換しましょう」
いつのまにか女性の手には白い曼珠沙華。初めて見るそれに少女は目を輝かせて女性に近づく。
女性から白い曼珠沙華を受け取った少女はまじまじと見つめ、満足げにくるくると回し始めた。
「さあ、それをお母さんに見せてあげなさい」
「うん!」
「帰り道はあちら。紋白蝶についていったら大丈夫」
しゃらりしゃらりと一枚ずつ紗が重なるように女性の声が段々と不鮮明になっていく。
女性が指し示す先には十数匹の紋白蝶。少女の周りを飛び回ると案内するようにすこし先を舞い踊る。白い曼珠沙華をそっと大切そうに胸に抱えた少女は、誘われるように一歩踏み出した。そのまま、少女は紋白蝶と戯れながらもと来た道を帰っていった。
西の空に沈む夕焼けが雲を金色に輝かせる中、長く伸びた影法師を背負った少女はランドセルを揺らしながら家路を急ぐ。頭上では空が薄紫から藍色へと変化し、東の空では夜が訪れ始めていた。少しずつ深まる薄闇の中、少女の胸元で揺れる曼珠沙華がわずかな光を反射して白く浮かび上がっていた。
日々徒然 @chrys0bery1
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