第15話「異世界転生の理由と真実」




「たいせつな話をさせてください」




 その声と言葉に記憶の蓋がはじけ飛んだ。


 前世での死の直前この声に呼ばれたのだ。


 大切な話があるからこちらに来いと。


 仕事の習慣で反射的に「はい」と返事をした事だけは覚えている。




「美也さん。いや、今はミリヤムさんですか?ご無沙汰しています」




 その存在が私に微笑みかけているのが伝わってくる。




「覚えておられるかわかりませんが、わたしはこの世界をつかさどる存在。あなたを転生させたのはわたしです」


「・・・なんとなくだけど、記憶にあるわ」




 そう。この存在が私をここに転生させたのだ。




「あの時は急いでいたので説明もできませんでしたし、転生先もわたしが勝手に決めてしまってごめんなさいね」




 呼ばれて来てみたものの「ごめんね、ちょっと野暮用ができたの」と私はこれに突き飛ばされた。


 そして目が覚めたら魔族の女の子になっていたのだ。


 何故忘れていたのか。






「・・・お前は神という事か」




 後ろでだまって話を聞いていた魔王がいぶかしげにそれに話しかける。




「いいえ、今世の魔王よ。私は神族と人間と魔族を作った創造主。神ではない。それよりも高位のものよ」


「神よりも上ということか」


「ええ、魔王よりもね」




 魔王が一瞬で戦闘態勢になるが、それが腕を少し動かしただけで魔力が根こそぎ消失していた。


 魔王は呆然としているし、同じように戦闘体制を整えていたディランも同じようにオーラが消えて驚いて固まっている。


 私の元に駆け寄ろうとしているユーリもただ事ではない雰囲気に戸惑っている様子だ。




「あなたたちには悪いけれど、わたしは彼女と話があるの。少し静かにしていて頂戴」




 それが指を立てると三人が周りの白くてふわふわしたものに包まれて消えてしまった。


 慌てる私にそれが「大丈夫」と楽しげに告げる。




「少しだけ眠ってもらうだけだから。あとでちゃんと元に戻します」


「・・・怖いのだけれど」


「そうね、説明できてないですかね」


「あと、あなたの事、なんて呼べばいいのかもわからない」


「名称はないのです。しかし、話をするのに不便でしょうから、わたしのことはロゼと呼んでください。大昔、あなたとおなじ転生者に付けられた呼び方です」


「私のほかにも転生した人がいるの?」




 ロゼ、と名乗ったそれはゆっくりと語りだした。






 この世界は私がいた世界とは全く別次元にあり、神族と人間と魔族という、異なる三種の存在でバランスを取っている。


 しかし、時折そのバランスが崩れて崩壊の危機や間違った発展をしてしまうことがあるのだという。


 そんなときは創造主の権限で他の世界から異分子を召喚して、世界に変化を与える事が許されている。


 ロゼの世界の場合、魔族と神族が長くいがみ合って頑なに人間に関わらないせいで、成長や発展が止まっているのを改善したかったらしい。


 転生者は調律者としての役割を持ち、この世界を発展させる役目を担う。


 調律者は数十年、数百年に一度、創造主が気まぐれに呼び寄せるので、複数が同時に存在することはあまりない。


 私の前は200年ほど前の事だそうだ。




「肉体が死んで転生を待つ魂をね、持ってきてこちらの世界で生まれさせるのよ」




 なるほど。今回選ばれたのが私という事なのか。




「通常ならば、転生するときに説明して転生先の希望を聞いたり望む能力を与えてあげられるのですが」




 申し訳なさそうな雰囲気。




「あの時は、他の世界でも同じような転生が行われてわたしの力が引きずられてしまったの。転生させるための余力があまりなくて、説明も希望も叶えないままに放りだすことになってしまって本当にごめんなさい」




 本来ならば受け取れるはずの様々なものを受け取れなかったらしい。


 なんだか腹が立ってきた。




「前世の記憶はそのままで、産まれそうだった魔族の身体に少しだけ魔力を多めにして転生させることしかできませんでした。どう?不満はありますか」


「・・・別に不満はないですけど」


「安心しました。転生者には一定期間関われない決まりなので、あなたがちゃんと生活できるか本当に不安でした」




 そんな決まりがあるのに放り出したのかコイツ。




「でも私、特別なことは何もしていませんよ?普通に好きなように生活していただけで」


「それでいいのです。あなたという異分子がこの世界で生活するだけで影響はありますし、新しい文化や道具を十分すぎるほどひろめてくれました」


「そうなの?」


「自分では気が付いていないかもしれませんが、あなたの存在はかなり影響を及ぼしているのですよ」




 好き勝手に生きていただけなのに、それが良かったらしい。


 結果オーライ?なのか。




「でも、まさか魔王だけではなく、神族の加護持ちとまで関わるとは思ってなかったです」




 それは私も想定外です。


 魔王に関しては一度逃げたのに追ってくるなんて、何を考えているだか。


 私がいないとそんなに仕事がはかどらないのかしら。




「あなたってニブいって言われませんか?」




 なぜかロゼが少し呆れた気がする。


 失敬な。


 秘書として周りの空気感には敏感な女として生きてきたんだぞ。




「・・・しかし、魔族と加護持ちが争う事も想定外でしたが、あなたまで参戦しようとするなんて想定外もいいところです」


「あそこは私が怒っていいところでしょう」


「わからなくもないですけど」


「で、何で止めたんです?」


「それは、この世界が崩壊するのを止めたかったからですよ」


「・・・・・・・・は?」




 今なんて言ったの?




「あなたは魔族の身体に生まれて魔力を扱ってはいるけれど、この世界の理とは別の力があり魔でも聖でもないの。そのあなたが本気で力を振るったら、バランスが崩れるどころか、振り切れてあの場が存在ごと欠けてしまっていたわ」


「なっ、なんでそんな!!??」


「そもそも転生者とはそういう者なの。特別で特殊で最強。神族と戦っても魔族と戦っても勝てるような力を備えているのです」




 何故かどや顔の気配。




「いやいや。聞いていませんし。知りませんし」


「説明していませんでしたからね。ようやくわたしの力も戻り、接触禁止期間が終わったので急いであなたを呼び出そうとした矢先の騒動でわたしも慌てたのです」




 ロゼにしてみても色々と想定外の状況だったらしい。




「いやしかしまさか、あんなわかりやすい聖魔対戦というか三角関係の渦中にいるとはおもわなくて驚きました」




 コロコロと鈴を転がすように笑うロゼに私の血管がキレそうになる。




「ふざけないで」


「え?」


「訳も分からず転生して、ただただ穏やかに生きたいと思っていただけなのに、喧嘩には巻き込まれるは、転生者だから特別だとか、ほんといい加減にしてくれない??」


「ちょ、ちょっと落ち着いて」


「これが落ち着いていられる?考えてもみてよ、どうしろっていうのよ!情報が多すぎて処理しきれないわ!!」




 カッと身体に力が満ちるのがわかる。


 魔王とディランが戦おうとした時に感じた強い力だ。


 よくよく自分を見てみれば、魔力とも神族のオーラとも違う不思議な力が全身を包んでいる。




「お願いだから落ち着いてください。あなたの力は全能だから、わたしにも有効なのです」


「じゃあ一回殴らせて」


「え?」


「こんなに長い間放置されていたんだから、すっきりさせるためにも一発殴らせて」


「そ、創造主を殴るなんて許されるとでも!」


「転生させといて説明も何もなかったのが許されるとでも???」


「ひ、ひぃぃぃぃ」




 ロゼが逃げようとするが腕を伸ばして捕まえる。




「ご、ごめんなさい。あやまりますから、お願いします。お詫びになんでもお願いをかなえてあげますから」


「・・・なんでも?」


「そう、なんでも!転生の時に選べるはずだった特殊能力とか、今からでも転生先を神族に変化させるとか、いろいろ選択肢はありますよ!」


「ふーん・・・?」


「お願いだから殴らないでください」




 泣き声のロゼに怒りが急にしぼんでいく。


 こんな弱腰の相手に喧嘩して何が楽しいのか。


 なんだかばかばかしくなってきた。




「・・・じゃあ調律者っていうのを辞めさせて」


「え?」


「私は自由に役割なんて持たずに生きたいの」


「でも、あなたは調律者として異世界転生したのであって・・・」


「さっきなんだってできるって言ったわよね?」


「うう」




 ロゼは何かを真剣に考えているようで、あーでもないこーでもないと頭を抱え始めた。




「辞めるというのは無理かもしれません。魂の情報そのものですから」


「ほう」




 私がぐっと拳を握りしめると、ロゼが顔色を変えて慌てて首を振る。




「そ、それでも役割を軽くすることはできます!」




 示された妥協案はこうだった。


 通常、調律者は特別な能力で生活の発展や変化をもたらす宿命にある。


 しかし、私はその宿命からは逃れ、私の起こす行動が世界に及ぼす影響は最低限に収まる、というものだった。




「これまであなたが広めた品物や知識は容易く周りに受け入れられていました。あなた自身の存在も。それはあなたが調律者であるから居心地の良い環境が自然と発生していたからなのです。この先、その力は弱まってしまいますがよいですか?」




 なるほど。これまで私が関わった出来事が不思議なほどに私に都合よく回っていたのはそのせいなのか。


 村の人々が良い人ばかりなのも転生者チートというやつだったのだろう。


 魔王や聖騎士が寄ってくるのもそのせいだったのか。納得。




「あくまでもあなたに好都合に整うようになっていたのは環境だけです。心までは影響しないのですよ?」


「・・・そうなの?」


「あなたを慕う周りの者たちの心まではいくら創造主と言えど操ることはできないのですよ」




 じゃあ、魔王やディランの無駄な執着はなんなのだろうか。




「周囲が放っておかないのはあなた自身の魅力ですよ。自覚がないようですがね」




 ちょくちょく心を読んでくるのはやめてほしい。




「他には?望むことはありませんか?」


「・・・突然のこと過ぎて考え付かないのが本音だけど、そうね、とりあえず成長速度はどうにかしてほしいわ。指輪の力で大人の姿になっているとはいえ、本体がいつまでも幼女っていうのは居心地が悪いの」


「なるほど。では、もう少し成長スピードを速める事にしましょう。寿命は魔族基準になっているので、穏やかではありますが、数年後にはあなたの精神年齢相応の姿になるように調整しておきます」


「助かるわ」


「もし、他に思い付いた時は強く念じてください。あと数回であれば、わたしと直接接触する機会は作れますから」




 これまで放置していた割に手厚い事だ。


 よっぽど殴られるのが嫌らしい。




「そりゃ嫌ですよ。痛いのは誰だって嫌でしょう」


「だから心を読まないで」




 ロゼと話すのは本当に疲れる。




「さて、積もる話はまだまだありますが今回はこれくらいにしておきましょう。あなただけならまだしも、他の者たちをここに長時間置いておくのはよくありません。彼らもそろそろ目を覚ます頃ですし、一度、あちらにお返しします」




 ロゼが指を振ると、姿を消していた魔王とディランとユーリが泡の中から放りだされるようにして現れた。




「みんな!」


「気を失っているだけです。わたしと関わるのは最低限にしますので、このまま戻っていただきましょう」




 ぱちん、とロゼが指を慣らすと、また唐突に森の小屋に戻っていた。


 なんという勝手な扱いだろうか。


 やっぱり今度会ったときは一発殴ってやろうそうしよう。




 私が決意新たに拳を握りしめていると、気を失っていた三人がそれぞれゆっくりと目を覚ました。


 ロゼを殴る算段はまた今度にして、とりあえずは目の前の問題を片付けなければならないらしい。




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