幕間2「彼らにとっての彼女の存在」


「1.たいせつなお師匠様」






 僕はユーリ。名前はお師匠様がつけてくれた。


 お師匠様は周りから疎まれて捨てられて死ぬしかなかった僕を助けてくれた人だ。




 僕の人生はなんてことはない、ありきたりな物語だ。


 普通ならば覚えているはずもない幼子の頃からの記憶が鮮明に残っている。


 見た目以外にも少し変わっているのか記憶力がいいらしい。




 お師匠様には孤児と話したが、本当は少しの間だが親がいた。


 小さな農村の平凡な夫婦が僕の親。


 僕は三番目の子供で裕福でなかった親にしてみれば、そもそもが余計な子供だったのだ。


 しかも稀有で忌避の対象である黒髪。


 親も兄弟も普通の毛色だったので、医者には先祖返りか突然変異だと言われた。


 父親は母親の不貞を疑っていたらしいけど顔立ちだけは父親そっくりだったので実の親子だったのは間違いないのだろう。


 それでも、僕は要らない子供だった。


 名前を付けてもらう事もなく3つになったある日、僕は少し離れた教会の孤児院の前に置き去りにされた。


 子殺しは大きな罪になるからと殺されなかっただけマシだろう。




 孤児院でも僕は邪魔な存在だった。


 神に祈る場所で魔族に似た毛色の子供が歓迎されるわけもない。


 誰もやりたがらない汚れ仕事をさせられ最低限の食事だけで冷たい石床で眠って育った。


 よく死ななかったと思う。




 働ける年頃になれば工房や商家から住み込みの労働力にするために引き取られていくのが普通だったが、僕を欲しがる相手は現れなかった。


 教会で孤児として過ごせる年齢ギリギリのある日、旅の集団が僕を引き取りたいと言ってきた。


 普通ならば素性の明らかでない相手に孤児を渡したりしないものだが、教会はこれ幸いと僕を放り出した。




 その集団は賊まがいの事をしながら金を稼いであちこちを渡り歩いているならず者達だった。


 やはり名前を付けてもらう事もなく、雑用や囮として連れまわされた。


 死にかけたことも何度もある。


 お師匠様には言えないような事もたくさんあった。


 僕はとても汚れた生き物だ。




 そしてとうとう壊れた。


 何日も熱が引かず、荷物も持てないし、ついて歩くことすらできなくなった。


 大きな荷物に成り果てた僕は捨てられるか売られるか、とうとう殺されるかのどれかになると覚悟していた。


 楽しい事なんてなにもない人生だった。


 終わることに後悔はなく、むしろやっと終わると安心していた。




 そんな僕を拾ってくれたのがお師匠様だ。


 看病して手当てをしてくれただけでなく、温かい食事も、清潔な服も、名前までくれた。


 はじめて人に感謝した。


 優しさと言うものを教えてくれた。




 名前を呼ぶのが恥ずかしくて、お師匠様と呼んだら少しだけ驚いて照れて受け入れてくれた。




 僕が知らない事をたくさん教えてくれた。


 人の温かさと優しさ。


 嬉しい事や楽しい事。


 文字や計算、料理や薬の作り方。


 人との交渉や商売の仕方。


 恐怖でしかなかった他人との関わりが楽しくなった。


 ここでは、誰も僕を忌子として扱わない。


 対等な人間として扱ってくれる。


 それもこれもお師匠様という存在があるからだ。




 優しくて綺麗で少し不思議で暖かなお師匠様。


 僕が何年傍にいても年も取らないし、時々僕でも知っているような世の中の事を知らない。


 普通の人間じゃないのだろう。


 それでも大切な人には代わりない。


 僕の人生をかけてこの人を守ると決めた。


 どんなことがあっても。


 何よりも大切な人。














「2.えらばれた存在」






 私はディラン。騎士として育った。今は小さな村で雑用などをして生活している。




 帝国の中流貴族の末息子として生まれ洗礼式で神族からの信託と加護を受け取った。


 加護とは神族から特別な力を与えられ、有事には神族の剣となり魔族と戦うための力。


 加護を持つ者はすべからく神殿に仕え神官か聖騎士になるのが古くからの決まり。


 幼くして神殿に預けられ武芸の才があることから騎士としての修業をして成長した。


 ある程度の事は一度見れば真似することができたし、難しいと思ったことは一度もない。


 強い加護を受けた神童としてとても大切にされていたと思う。




 しかし私はそれらに対して何の感情も湧かなかった。


 親と離れる寂しさもなく、世話や教育をしてくれる周りの大人たちにも愛着が湧くこともなかった。




 彼らがすべて利権と金目的で私と言う存在を扱っていたのを知っていたからだ。


 神族の加護持ちは珍しい。


 家族にしてみれば加護持ちを産んだ家系として名が売れ、私と引き換えに金品を得ることができた。


 神殿としては加護持ちを抱え込めば神殿は神の名の元での行動を正当化しやすくなり、信仰や寄付が集まる。


 神の名のもとに薄汚れた利権にまみれた大人たちが好き勝手にしているのがこの世界の真実だ。




 私が成人し、正式に聖騎士となってからもそれは改善する事はない。


 正しい事を行うには権力と金が必要で、加護持ちである聖騎士であっても上位の神官が自分の存在に箔をつけるためのお飾り扱い。


 神族からの神託が下るまでは私には特別な力もない。


 なのに人々からは聖騎士様と慕われる。


 それらを作り上げた笑みで受け流す日々。


 ただ、無気力な毎日だった。






 ある日、上位の神官が病に倒れたので薬を探してほしいとの任を受けた。


 それは某国から流れてきた奇跡の薬。


 どんな傷や病もたちまち治るが、めったに流通せず恐ろしく高価だという。


 何人もの使いに探させたが、某国の付近で売っているという噂しか掴めなかった。


 加護持ちの私を引っ張り出すほどの事かと思ったが、加護持ちだからこそ見つけられるだろうという見当違いの考えからくる指示。




 その神官に興味のカケラもなかったが、相手にしなければ神殿での私の立ち位置は微妙になり居心地が悪くなるだろう。


 加護持ちでもその程度かと侮る者が産まれるかもしれない。


 私も他の者たちと変わらず、自分の身を守るためだけに旅に出た。




 帝国を出て外の世界に出れば、驚くほどに広く、みんな自由だった。


 神殿と言う狭い世界で生きてきた私には新鮮すぎる経験だった。


 何かに導かれるように遠い異国で『魔女の薬』と呼ばれる存在を知り、店を探し、作り手にたどり着いた。




 そして出会ってしまった。彼女に。




 出会った瞬間にそれが魔族だと理解できた。


 教わってきた魔族のイメージとはまるで異なる穏やかで温かく美しい存在。


 私に備わる加護がそれを伝えてきたが、討伐せよとの神託が下ることはなかった。


 魔族だというのに彼女は私に優しく接し、快く薬を分けてくれた。


 私の価値観を根底からひっくり返してしまう出来事だった。


 ふわふわとした不思議な感情を抱え私は神殿へと戻った。




 薬を持ち帰った私を待っていたのは魔女と関わった事実を隠ぺいしたい神官からの手酷い歓迎。


 病が治ったとたんに薬で稼ごうと私に薬の由来を聞いた途端、態度を一変させたのだ。


 聖騎士でありながら魔に関わったと冤罪を着せられ投獄。


 金で黙らされた一部の連中がバレる前にと処刑を強行しようとしていた。


 一気に何もかもがどうでもよくなった。


 神殿でありながら薄汚れた人々より、あの優しい魔族の傍に居たいと。






 神殿を抜け出し、再び訪れた魔女の家では彼女の聡明さに驚かされるばかりだった。


 無理矢理に近くで暮らしてみれば、驚くほどに人々に受け入れられ大切にされ、同様に人々を慈しむその姿は、まるで伝説の聖女だ。


 彼女は気が付いていないが、彼女が生み出した物のおかげで村だけではなく街も発展し、皆の生活が潤沢になっている。


 それなのに不思議と荒れる事もなく、ここは平和そのものだ。


 私もいつの間にか受け入れられていた。


 損得なしに人と接し感謝し感謝されるのがこんなに心地いいとは知らなかった。




 彼女はただの魔族ではない。


 おそらくは選ばれた高尚な存在なのだろう。


 私が加護を受けたのは彼女を守るためなのだという確信さえあった。


 この身を捧げるにふさわしい相手に出会えた事に、初めて心から神に感謝したのだった。












「3、俺のもの」






 俺は魔王。


 魔族の王として魔族が暮らす場所の統治をしている。


 生まれたときから強力な魔力を扱う事ができ、成長してからは魔王だった奴を倒して魔王になった。




 俺の眷属として生まれた部下がある程度の仕事はしてくれるので、俺の役目は無駄に逆らうやつを叩きのめす事と、魔力の元になる魔素を安定させること。


 俺が魔王として力を行使するだけで安定するというのだから楽な仕事だ。




 ある時、俺の城の雰囲気が変わり始めた。


 変な女の魔族が「秘書」という仕事をはじめたからだ。


 そいつは食べる必要もないのに不思議な「おかし」というものを作り、食べさせてくれた。


 お茶とおかしの時間は甘くて暖かくて俺はお気に入りだった。




 まわりの奴は俺をただただ怖がるのに、そいつはやけに冷たい目をして俺に接する。


 そのくせ俺が頼めば問題を解決してくれるし、わけがわからない事も言うが話も面白い。


 城の中も不思議と居心地がよく、楽しくて仕方がなかった。




 なのに急にいなくなった。


 途端にお菓子は美味しくなくなるし、城の中が落ち着かない。


 部下も何だか困っている様子で、俺までイライラしてくる。


 あの小さくて色気も味気もない存在ひとつ無くなっただけなのに、俺はいったいどうしたというのだ。




 そんな不満をお気に入りであるミラにぶつけると、ミラは呆れ顔でこういった。




「あらら。あんなに気に入っていたのに逃げられちゃったの?」




 逃げられた。


 その一言で俺の頭に雷が落ちた気分になった。


 そうだ、あれは俺のものなのに逃げられたから腹が立っているのだ。


 事実に気が付いた俺はあいつを探しに行くことにした。


 これまで眷属かお気に入りの女の事しか気にすることがなかったが。


 でも、お前は別だミヤ。


 絶対に連れて帰る。








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