第14話「わたしのはなしをきけ」


 2人を逃がすために戦うのはやぶさかではなかったが、ディランと魔王がバトるのは避けたい。


 絶対にただ事では済まないし、ユーリの身が危険だ。


 あと私が知らない事情もあるようなので話が聞きたい。




 何とか三人を私の小屋までひきずって帰ってきた。


 これまでは敵意を持った人間だけを対象としていた結界を強くして、誰も近づいたり盗み聞きもできないように結界を強化する。


 ユーリとディランが幼い私の姿に興味津々なのが話しにくいので指輪を再度つけて成長した姿で対応させてもらう。


 しかし今度は魔王は私の姿を妙に面白がってちょっかいをかけてきた。


 心底面倒くさい。




 家の中には絶対にいれたくないというユーリの主張からディランの時と同じ庭のテーブルを活用させてもらう。




「もう一度聞きますが、何故魔王はわざわざここに?」


「何度も言わせるな。お前を迎えに来たと言っている」


「・・・そんなに仕事が大変なのですか?」




 電撃退職してきたけれど、ある程度は仕事が回るように環境整備はしてきたつもりだ。


 そんなに忙しいのだろうか。




「派遣でいいなら少しだけもどってもいいですけど」


「ハケン?なんだそれは?俺の元に戻ってくるという事か」


「いえ、時々手伝いに行くという事です」


「・・・駄目だ」


「なんでですか。これでも譲歩したのですよ」




 魔王はむっすりした表情で私の提案を却下する。




「たとえ少しでもコイツの近くに行くのは反対ですお師匠様」


「そうですね。相手は魔王ですよ。あなたの身が危険です」




 ユーリとディランがなかよくハモる。


 危険といっても元職場ですし、私そもそも魔族ですから。大丈夫だから。




「・・・とりあえず、再雇用契約の話は置いておきましょう」


「お前の言葉は時々訳が分からん」


「わからなくて結構です」




 不機嫌の塊のような魔王を無視して、とりあえず全員にお茶とお菓子を配る。


 途端に魔王は表情を変えお菓子に飛びついた。




「うむ、これだ!」




 なんだお菓子が食べたかったのか。リリアたちにレシピは教えておいたはずなのにな。




「お前の入れる茶が一番いい」




 茶葉も最高級で魔王の舌にあうものを取り寄せていたはずなのにな。


 きっと環境が変わって駄々をこねているだけだったのだろう。


 世話の焼ける魔王だ。




「お師匠様、なんかニヤニヤしていません」


「気のせいよ」




 いけない。秘書時代の癖が出てしまっていたらしい。


 つい魔王の世話を焼きたくなってしまうのだ。




「コホン、ええとディラン?魔王がここでは魔法を使えないという話はどういうことなの?」




 そう。私は一番これが気になっていた。




「魔族なのにご存じないのですか?」


「・・・私が魔族である事には突っ込まないのね」


「初めてお会いした時から気が付いていましたよ。しかしあなたには悪意や害意の類がない。人々にも慕われている。私の敵ではないと判断したので言わなかったまでです」


「聖騎士は伊達じゃないのね」


「加護を受けていますから」




 にっこりとほほ笑むディラン。


 初めて会ったときから何かあるとは思っていたが、予想以上の曲者だったみたいだ。




「では簡単に説明をさせてください」




 ディランの話はこうだ。




 この世界は神族が暮らす場所、人間が暮らす場所、魔族が暮らす場所の三つに分かれている。


 それぞれの世界は基本的には不干渉でありつづけなければならない。


 何故ならばバランスが崩れると世界全てが滅びてしまう。


 神族や魔族より弱い人間に過干渉すればあっというまにバランスが崩れてしまう。


 故に強い力を持った神族魔族は人間の暮らす場所に関わってはいけないし、大きな魔法を使ってもいけない。


 破れば加護を与えた人間が敵として討伐する。


 魔族ならば神族の加護持ちが。


 神族ならば魔族の加護持ちが。


 神族と魔族の協定。




「・・・知らなかった」




 私魔法とかバンバン使っていましたけど。


 魔法で作った商品を人間に流通させまくっていますけど。




「協定を破ったら加護を受けた人間が倒しに来るってこと?」


「通常であれば加護を受けた者に神託が下り行動に移すはずです。しかし何故か魔女殿の場合、神族は気にしていない様子ですね」




 何故だろう。


 元は人間だからセーフとか?。


 転生者だから?


 基準がよくわからない。




「加護持ちが凄いという事だけはわかったわ」


「人間相手にも訓練で勝てるようにはしていますが、魔族相手ならば魔王相手でも戦えるはずですよ」




 ディランの視線が魔王に向けられる。


 バチバチと火花を飛ばすのはやめてほしい。


 ディランは神族の加護を受けた人間。


 探せば魔族の加護を受けた人間もいるのだろうか。




「魔女殿が見逃されている理由はわかりませんが、魔王、あなたがここに来た時から私には神託が下る予感しかしていません」


「ケッ。協定では人間相手に魔法を使わなければいいだけだ。俺は自分の物を取り戻しに来ただけだ。お前とやりあう理由はない」


「そんな言い訳が通るとでも?まだ魔法は使ってはいませんが、魔族の王がここに来ること自体が協定違反にあたると思いますが?それに魔女殿は貴女の物ではない」




 やはり魔王と聖騎士。戦う運命なのかしら。


 2人を見つめながら私が困っていると、隣に座ったユーリが不安げな瞳で見つめてきている。




「・・・ごめんねユーリ。あなたを騙しているつもりはなかったのよ」




 育ての親が人間ではなく魔族とわかればショックだろう。




「そんなことはどうでもいいんです。お師匠様が人間だろうが魔女だろうが魔族だろうが。お師匠様はお師匠様です。僕にとってはかけがえのない大切な人です」




 泣きそうな事を言ってくれる。本当に成長したなぁと可愛さたまらずユーリの頭を撫でてあげれば、さっきまで向かい合ってにらみ合っていた魔王とディランがこちらを向く。




「なに甘やかしてんだ。ガキにはさっさと親離れさせろ。ほら、話は分かったろうが、魔族は魔族のいるべき場所に帰るぞ」




 ぬっと私の腕をつかもうと手を伸ばしてくる魔王。


 しかしその腕をディランが押しのけ私を引き寄せる。




「魔王よ、気安く彼女に触れないでいただきたい。魔女殿。魔王に同意するのは不本意ですが、子離れには賛同します。あなたは魔族でありながら神族に許された存在。このまま人々を豊かにする手伝いを私としていきましょう。ここで暮らしにくいのであれば、私はどこへなりともついていきます」




 なにか恐ろしい事を言っている気がするが、私はそんな高尚な存在ではありませんよ??




「駄目だ!お師匠様はここで僕と一緒に暮らすんだ!お師匠様は僕が守る」


「大した力もねぇガキがほざくな。これは俺の物だ」


「魔女殿を物あつかいするのはやめていただきたいと言ったはずです」




 何故か私を囲んでまた三人が言い合いを始める。


 本当にいい加減にしてほしい。


 私は平穏に暮らしたいだけなのに。




「クソ。埒があかねぇ。いいから帰るぞミヤ!!」




 魔王が思いきり私の腰をつかんで抱き抱えるように持ち上げてきた。


 近い近い近い。美形の顔が近い。そして高い。人を抱えたまま飛ばないでほしい。




「・・・気安く触れるなと言ったはずだ」




 ディランがこれまで見たことがないようなすごんだ表情で剣を抜く。その剣先は目に痛いほどに光り輝いていた。神族の加護の力というものだろう。




「人間風情が俺に勝てるとでも?」


「加護持ちである以上、魔族と戦う術は心得ています」




 2人が構える。


 魔王は手のひらに魔力を、ディランは剣を鞘から抜く。


 一触即発。


 周りの空気が不穏に染まり重くなる。




「っ・・・」




 私の隣にいたユーリが苦しそうに呻いた。




「ユーリ!!」




 失念していた。ユーリはただの人間だ。


 魔族で魔女の私や加護持ちのディラン、魔王とは違う。


 こんなに強い魔力や殺気に身体が持つはずがない。




「やめて二人とも!!」


「うるせぇ、俺はコイツをブッとばすって決めたんだ」


「堂々と協定違反宣言ですか。神託を待つまでもない、討伐対象とさせていただきましょう」




 全く話を聞く気がない二人。




「アイツは俺が連れて帰る。人間に口出しする義理はねぇはずだ」


「彼女は選ばれた存在です。貴方の好きにはさせない」




 何故か当事者の私の意思を無視して勝手に話をしてくれている。




「お師匠様、僕の事は良いから、逃げて」




 健気なユーリは私をいつまでも気遣ってくれている。


 真っ青な顔をして今にも倒れそうなのに。


 プツン、と私の中で何かが切れた音がした。






「ねぇ」






 あとでユーリに聞いた話だが、この時の私の声は静かなのによく通ってものすごく怖い声音だったらしい。






「いいかげんにしろ、このバカ共がぁぁぁぁ!!」






 私の腹の底からの叫びと強い魔力の放出に魔王とディランが動きを止める。


 さっきまで戦闘態勢で向かい合っていた二人がゆっくり私の方に向くと、何故か顔を青くしている。


 いつも勝気な魔王や笑みを絶やさないディランがだ。


 普通の精神状態なら面白がるところだが、今はそんな気分じゃない。


 私は怒っているのだ。心底。






「何を勝手に話してるの?私は私がしたいように生きるの」






 ゆっくりと二人に近づく。






「さっきから聞いていれば連れ帰るだの、選ばれた存在だの、そっちの都合で私の生き方を決めないでくれない」


「魔女殿、落ち着いて」


「おい、落ち着け」




 二人が後ずさるが知ったことか。






「魔族とか神族とか人間とか関係ないの。私は私として楽しく過ごせればそれでいいの」






 ギロリと睨みつけ、私の全力を込めた魔力を練り上げる。


 それなりに実力のある二人だ、死ぬことはないだろう。


 ただし、死ぬほど痛い思いはしてもらいたい。


 思い切り腕を振り上げた。




「ストーーーーーーーーーーーーップ!!!!」




 しかし私が攻撃を放つその直前、そこにいた誰とも違う声が響き渡った。




 さっきまで重苦しい空気だった場の雰囲気が一瞬で軽くなる。


 まるで違う場所に飛ばされたように。


 というか飛ばされている。


 さっきまでは森の小屋にいたはずなのに、周りが白くてふわふわした何かで囲まれた場所にいた。


 私だけではなく、魔王も、ディランも、ユーリもだ。




「ここは?」




 青い顔をしていた筈のユーリも顔色が戻っている。


 その様子に安心から気が抜けて攻撃態勢を解く。


 私の気迫に固まっていた魔王とディランも構えを解いて回りを見回していた。




 魔族が暮らす場所とも違う。


 一瞬、神族の住む場所なのかと身構えたが、ディランを包んでいた眩しいオーラとも気配が違う。


 ここはいったいどこなのかと首を傾げていると、私たちから少し離れた場所に人が浮いていた。


 ふわふわとした柔らかな雲に乗った不思議な光に包まれている人は表情も分からないし、男なのか女なのかの判断もできない。


 ただ、人であって人ではないというのだけは直感で理解できた。






「ごめんなさい。緊急事態だったのでここに招き入れました」






 ゆっくりと喋り出す声は、先ほどストップと叫んだものと同じ声。


 不思議と懐かしい気持ちになった。






「たいせつな話をさせてください」






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