第9話「孤児を拾いました」
ミヤが名前をミリヤムと改めてから半年ほどが過ぎた。
魔女が作った数々の品は巷では知らぬ者のいない人気の品ばかりになっていた。
小さな村の雑貨屋だったロダンの店は今では紹介者がいないと入店できない仕組みになっている。
それは噂を聞きつけたギエッタの街や遠くの都からも客が押し寄せたり、転売を目的とした商人が大量買いをしようとしたりと騒動があったからだ。
商売を大きくさせて儲けようという胡散臭い話を持ちかけられたりと平穏な暮らしが一変しそうだったので、思いついた仕組みだ。
街に店を移転させる話も出たのだが、ロダンが生まれ育った村を離れたがらなかった。
店で買い物をするには会員証がいる。
最初の会員証はこれまでも店で買い物をしていてロダンが身元を把握している客だけに。
新たに会員になるにはすでに会員になっている人からの紹介状がいる。
紹介されて会員になった人が問題を起こせば紹介者もろとも会員ではなくなり、二度と店では買い物できない。
紹介状は会員一人につき1回だけ。
簡単な仕組みだが、だからこそ効果があり、現在はかなり落ち着きを見せている。
今では薬のほかに趣味で作っていたクッキーや日持ちする焼き菓子なども商品に加えた。
こちらも大好評でご婦人たちがこぞって買って行くので、簡単に作れるレシピを公開するようにしたら、ワグナ村だけにはとどまらずギエッタの街でも大流行しているそうだ。
収入が増えたので店構えも随分変わったが、ロダンもメリタも変わらず明るくまじめな仕事ぶりだ。
村の人々もミリヤムに好意的で魔女として随分馴染んできた。
本当に居心地の良い村だ。
ある朝、ふと耳を澄ますと獣の鳴き声とは違う、誰かが争うような物音が聞こえてきた。
ミリヤムの住まう小屋は街道からも離れているし、村人にも教えていないのでここまで人が来ることはない。
不審に思い気配を押さえつつ、スピードを上げてそちらに近寄る。
その小川のほとりで、小さく丸まった何かが数人の大人に囲まれていた。
「くそ、厄介者が」
「街に着いたら売り飛ばしちまおうぜ」
かなり物騒な会話。
よく見れば小さく丸まった何かは子供のようだった。
服とも呼べない汚れた布で体を包んだ小さな子供。
その子供相手に恐ろしい言葉をかける大人。
これは保護案件だろう。
「うーん」
直接出ていってもいいのだが、騒ぎを起こして平穏な暮らしを手放すのは嫌だ。
ミリヤムは掌に魔力を込めると集団の方へと魔法を放った。
まずは風魔法で大人たちの周りに小さな竜巻を起こす。
不穏な気配に相手が騒ぎ出したところに音魔法で獣の唸り声に似た不気味な音を響かせる。
「なんだ、獣か?」
「いや魔獣かもしれないぞ」
「ここは前から変な噂もある場所だ。人がいなくなるとか」
「めんどくせぇ、このガキおいてさっさと行くぞ」
これ以上いろいろして変な噂が立つのは面倒臭いなと考えていたところだったが、集団はうまい具合にこの場を離れる選択をしてくれたようだった。
ここは魔族の暮らす場所との境界が近いので、やはりそれなりに不気味な噂があるようだ。
大人たちが去り、子供だけが残された。
うずくまったままの姿で動かない子供にそっと近寄る。
「大丈夫?」
その子供を見つめて思わず息を飲んだ。
黒い髪に青い瞳。このあたりで見かけない色合いをした少年。
一瞬、魔族かと思ったが気配はただの人間だ。
「・・・・」
子供は苦しそうに瞳を細めるだけで返事をしない。
意識がもうろうとしているのだろう。
酷い熱だったので、家に連れ帰ることにした。
家に連れ帰り、まずは汚れた身体を清める。
子供は少年で年のころは10歳位だろう。清潔な服に着替えさせベッドに寝かせる。
熱さましの薬を飲ませ冷たい布で顔を拭いてやれば、苦しそうだった表情が少し和らいだ。
「しっかり眠れば明日には元気になっているはずよ」
少年は不思議そうな顔で私を見つめ、ゆっくりと眠りについた。
翌朝、少年の熱は無事に下がっていた。
目が覚めてからも特に喋る様子はないので、もしかしたら言葉がつかえないのかもしれない。
薬で熱や病の類は回復した様子だが、確実に栄養不足だ。
手を引いて椅子に座らせ、温かな食事を出してあげる。
湯気を立てるスープを出すと少年は目を輝かせ、私とスプーンを交互に見つめてきた。
「どうぞ、めしあがれ」
少年は信じられないという様子で目を丸くしてスプーンを手に取るとスープを一口。
また一口また一口とどんどんと口に運んでいく。
その様子は小動物のようでとてもかわいらしい。
頬いっぱいに具を入れて一生懸命小さな口で咀嚼している。
器を持ち上げ、一滴すら残さない勢いで一皿を食べあげると、ほぅと安心したように頬を緩ませた。
「美味しかった?」
こくこくと首がもげそうに頷く少年におかわりを出してあげた。
結局、3皿分食べあげた。
デザートにクッキーを出してあげると、最初は見たこともない食べ物に警戒していたが、一口齧ると美味しさに驚いたのか、急いで口に押し込んでいた。
クッキーも一皿ぺろりと食べあげ、ようやく少年は満足して落ち着いたのか、不安げに私を見つめてくる。
それはそうだろう。
恐らくはあの集団に捨てられそうになった所、見も知らぬ女に連れ帰られ服を勝手に着替えさせられ食事を与えられているのだ。
不安がらずにいる方がどうかしている。
「ええと、今更だけど初めまして。私はミリヤムという魔女よ」
魔女、というところで少年の目が驚きで丸くなる。
「安心して、悪い魔女じゃないから。ここで薬とかいろんなものを作って近くの村で売ってもらって細々と暮らしているの」
細々というにはあまりある収入があるがそれはナイショだ。
「熱を出して倒れているようだったから連れてきたのだけど、身体の様子は大丈夫かしら?」
少年は大きくうなずく。
「ここへは旅か何か?」
小さくうなずく。
「家族か仲間は」
少しの間をおいて大きく首を振る。
どうやらあの集団の事は少年も忘れたいようだ。
「行く当ては?」
無い、とでも言いたげに首を振る。
「・・・名前は?」
小さく首が振られた。
名前がないのか名乗りたくないのか。
喋れないのか喋りたくないのかもわからないが、話せない身の上は私も同じことだ。
「もしよかったら、ここで一緒に暮らす?」
少年はびっくりしたような顔で私を見つめてくる。
「もちろん、一緒に生活するには仕事をしてもらうわよ。食事は作ってあげるから、掃除とか畑仕事の手伝いとか」
「・・・いいの?」
ようやく少年が口を開いた。
やはりしゃべれないのではなく、口を開きたくなかっただけのようだ。
「ええ、あなたが良ければ」
「ほんとうに?僕みたいなの気持ち悪くないの?」
「あなたのどこが気持ち悪いの?」
ぽろぽろと少年の瞳から大粒の涙がこぼれた。
突然泣き出されておろおろする私に少年はぽつぽつと話をしてくれた。
少年は孤児で、育ったのは小さな村の孤児院だったそうだ。
やはりというか、少年のような髪や瞳の色は人間では珍しく、魔族に関わる存在だと言われて疎まれて育ったらしい。
働ける年頃になっても雇い主が見つからず、日々を何とか食いつなぐだけで精いっぱいだったところに、ある集団に下働きとして雇われたのだという。
恐らくは、昨日少年を囲んでいた大人たちだろう。
雑用をして過ごしていた少年だったが、熱を出して動けなくなって捨てられた、という事らしい。
アイツら、もっとひどい目にあわせておけばよかったと後悔する。
「大変だったわね」
「いいんだ。僕はそういうものだから」
「そんなことを言うものじゃないわ」
少年の頭を優しく撫でてあげる。
驚いた様子で固まる少年を優しく抱き寄せる。
骨の浮いた細く小さな体は暖かい。
「生きているだけで誰にでも幸せになる権利はあるの。これまでは居場所が悪かっただけ、今日からここで楽しく暮らしましょう」
あって間もない、しかも魔女から言われたところで何の意味もないかもしれない。
この少年の話がすべて本当かもわからない。
けれど、悪意も偽りの気配もない小さな子供が弱っているのに手を差し伸べないほど年を取ってないのだ。
少年は私の腕の中で小さく肩を震わせながら声を上げて泣き出した。
この日から私に同居人が増えたのだった。
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