第8話「魔女、はじめました」②
翌日。出来上がった品物の数々を抱えてワグナ村に再度やってきた私。
ロダンのお店に顔を出せば、メリタが満面の笑みで出迎えてくれた。続いて、大柄で無愛想な男性が出てきた。
「先日は娘がお世話になったようで」
男性は店主のロダン。メリタの父親だった。
「いえいえ、私こそ品物を譲っていただいて助かりました」
「いや、あれは材料だけでもかなり高価な物と思います。とてもおいしかったです」
そう微笑むロダンはなかなか渋みがあっていい男だ。若い頃はさぞモテただろう。
「実は今日はご相談があってやってきたんです」
「相談、ですか?」
途端にロダンの表情が曇る。
娘に良くしてくれた旅人だと思っていたが、突然相談事を持ちかけたのだ、不審に思われても仕方ない。
しかしダメで元々だ。
背負っていた荷物から私が作った品物を取り出し並べていく。
「これは植物の油から作った石けんです。そしてこれは傷薬。最後に女性が使う化粧水という商品です」
ロダンは不審そうに商品を一つ一つ手に取って確認していたが、曇っていた表情がだんだんと驚愕の色に変わっていく。
「こ、こんな上等な品物、見た事がない!!??」
うふふ、驚いている驚いている。
「この、化粧水?というものは良くわからないけれど、つけると肌がすべすべするのがわかります」
「そうです。顔に付けてお化粧すれば肌艶がよくなるという商品です」
「傷薬もとてもよく効きそうだ。使い心地も柔らかい」
「口に入れても大丈夫なんですよ」
「石けんは硬いのに泡立ちもいいし匂いも優しい!」
「これは最初から小分けにしてありますが、元は細長く作ってあるので量り売りもできますよ」
「こんな素晴らしいものをいったいどこで・・・」
「全て私が作った物です」
「作った!??」
「・・・・こんなことを言ったら驚くかもしれませんが、私実は『魔女』なんです」
「魔女!!???」
「お姉さん、魔女だったの??」
ロダンもメリタも目を真ん丸にして驚いている。
この世界での魔女というのは魔法が使える不思議な存在として伝説のように語り継がれているらしい。
おそらく、私やヒイラギのように魔族がふらりとやってきて戯れに魔法や道具を使うのだろう。
「ほ、ほんとに魔女なんですか?」
「魔法使えるの?」
「少しだけね。でも騒がれるのは嫌いだからナイショ、ってことで」
にっこりほほ笑めば、二人はぽかんとした顔。
「まあ信じるか信じないかは貴方達にお任せするわ。突然魔女って言っても普通は信じられないでしょうし」
「・・・お客さんは不思議なお方だ」
「ふふ、不思議ついでのご相談なのだけど、この商品をこのお店で売ってくれないかしら」
「なんだって???」
「私、以前も話した通り遠いところから旅をしてきてお金もないの。あるのはこの商品だけ」
「うちとしてはこんな上等な品を扱えるのは願ったりかなったりだか・・・」
「仕入れの代金はこの商品が売れてからでいいわ。値段設定は良くわからないのでお任せしたいの。取り分は私が6でそちらが4でどうかしら?」
「そんな! 売るだけで4も貰えませんよ!」
「えーじゃあ、この場にある分だけは売れるかどうかわからないのに場所を貸してもらうから4。この先も定期的に取り扱ってくれるなら3でどう?」
「それでも高すぎだ」
「いいじゃない。私がいいって言っているんだから」
「・・・最初が3、商品が売れていくようなら2でどうだろうか」
「謙虚ねぇ」
何度か取り分の話をしたが、ロダンが頑なに儲けを取ろうとしないので最初の提案を受け入れる事にした。
その代り、店での商品の配置は私の指示に従ってもらう。
まずは大々的にリフォームだ。
店先の地味さを改善するために出入り口に明るい花を飾り、今の目玉商品を知らせる木札を掲げさせる。
店内も薄暗くならないように明り取りを広く作り変え、ごちゃごちゃとしていた棚を整頓し、商品を選別する。
古くなっている物やおいているだけで売れそうにないものは処分して、種類ごとに棚を分け、売れ行きの良いもの、時々売れるものとで置き場を分ける。
季節の商品は勘定場の傍にまとめておいて、時期ごとに入れ替えられるようにしておく。
それだけでずいぶんとすっきりとした。
「わーまるで違うお店みたい」
メリタが感動したように瞳を輝かせている。
「これも魔法?」
「そうね、お片付けの魔法よ」
片付けはどこでも一番初めの大切な仕事だった。
どんな場所も片付いていれば大概の問題が片付くのだ。
「じゃあ、私の商品はここに並べるわね」
石けんと傷薬を陳列していく。
説明には魔女の石けんと魔女の傷薬と書いておく。物々しいがインパクトも大切だ。
問題は化粧水の売り方だったのだが、店を片付けている時に小さなガラス瓶がたくさん出てきたので、それらを洗浄して容器として使わせてもらう事にした。
代金は売り上げから差し引くように言ったが、売れ残りなので受け取れないと頑なに突っぱねられた。頑固か。
ラベルはないので紙に「魔女の化粧水」と書いて糊で張り付けておいた。
「売れるかしら?」
「大丈夫。うちは流行ってはいないが固定の客はいる。その人たちが使ってくれれば、すぐに売れるようになるはずだ」
流行ってはいない自覚はあるが、長く商売をしているだけあってロダンの瞳には力強い光が宿っているように見えた。
最初はくたびれた様子だったが、商人としての根性に火がついたように感じた。
「まあ頼もしい」
「これは前金だ」
「え、受け取れないわ。まだ売れてもないのに」
「店をここまでしてもらった礼もある。必ず売れる、信じて欲しい」
ロダンが100ギルを渡してきた。メリタから聞いた話から考えれば2日分の生活費ではないか。
受け取れないと突っぱねる私に譲らないロダン。
それだけ商品を気に入ってもらえたということでよろぶべきところなのだろうが、二人の懐具合が気になって素直には受け取れない。
「じゃ、じゃあ今日は半分の50ギルだけは受け取るわ。また明日来るから、その時に品物が一つでも売れていたら残りの50ギルをちょうだい」
「わかった」
しぶしぶではあるがロダンは納得してくれた。
50ギルを受け取ると、また明日の午後に顔を出すと約束して店を出た。
看板の効果か、さっきまでは人気がなかった店先に様子をうかがっている客人の姿がちらほらと。
是非、買い物をしてほしいものだ。
せっかくもらった前金だ。はじめて魔女として稼いだお金。
何に使おうかとウキウキしながら市場を歩いていると、肉屋が目に付いた。
店先につるされているベーコンが綺麗でおいしそうだったのだ。
「すみません、このベーコン、10ギル分とか買えます?」
「ああ、大丈夫だよ。ベーコン10ギル分だな」
量り売りができるとは便利だ。
店主がベーコンを切り分けているのをぼんやりと見て待っていると、鳥の骨が無造作に捨てられているのが目に付いた。
「あの、その骨って捨てるんですか?」
「骨?そうだよ。鳥の骨は犬に食べさせるわけにもいかないからな。大体捨てている」
「もしよかったら少し分けてくれませんか?お金は払いますから」
「こんなものがいるのか?物好きだな。別に金は要らないよ、好きなだけ持っていきな」
やった。言ってみるものだ。
鳥の骨を一抱え包んでもらってベーコンと一緒に持ち帰る。
途中でパン屋に寄って小さなパンも買った。
その日の夜はいつもの野草とキノコのスープにベーコンを加えたスペシャルスープとパンという、かなり改善された食事をとることができた。肉万歳。肉美味しい。
そして貰ってきた鳥の骨を丁寧に洗い、空の鍋にたっぷりの水を入れて一緒に一晩煮ておく。これで骨からうまみがたっぷり出たさらにおいしいスープが食べられることだろう。
品物はちゃんと売れただろうか。
気になるし心配だが、お腹が幸せで満たされた事でぐっすり眠ることができた。
そして翌日。
約束通り、午後になってロダンの店を訪れた。
お客さんがいっぱいかと思って期待していたが、なんと誰もいない。
まさか一つも売れなかったのではないかと不安になりながらドアを開ければ、呼び鈴が鳴るより早くメリタが私の元にすっ飛んできた。
「お姉さん!!やった、やりましたよ!!」
大興奮と言った様子のメリタに気圧される。
「え?え?どうしたの?」
「昨日の品物、ぜーんぶ売れちゃったんです!!」
「え?もう???!!」
驚きで私まで興奮してきた。
「そうなんです。昨日のうちに買ってくれた人から話が広がって、今日の昼前には全部売れてしまいました」
少し遅れてやってきたロダンが説明してくれた。
石けんと化粧水を買いに来た奥さま方のネットワークであっという間に二つが完売。
この店を馴染みにしている大工の棟梁が傷薬を使ってみたら効きの良さに感動して職人の間で流行ってこれまた完売。
次の入荷はいつかとの予約まで入っているのだという。
「こんなに売り上げがあるなんて、はじめて!」
うっとりした様子のメリタが帳簿を抱きしめている。
少女にイケナイ喜びを与えてしまった気分だ。
「ええと、魔女さん。本当にありがとうございます。よかったら、これからも定期的に品物を卸してもらえないでしょうか」
「もちろん!この店を気に入っているの。私こそ、売れて安心したわ。ありがとう」
魔女の~なんて眉唾で不審な品物がきちんと売れたのはロダンがこれまで誠実な商売をしていて常連に信頼があったからだろう。
あの雑然とした薄暗い店でも細々と経営が続いていたというのはそういう事だ。
「じゃあ品物の売り上げの取り分、2100ギルだ」
じゃらりと重たい袋を持たされる。
「こんなに??」
「ああ、全部で3000ギル売れた。その7割だからな」
「ちょっと待って。前金で50ギルは貰っているし、瓶の代金だってはらってないのよ?」
「あれは礼も兼ねてと言ったろう。ほら、残りの50ギルは別に用意してある」
「それは受け取れないわ!むしろもっと受け取って頂戴!」
「いや。うちは品物を売っただけだ。そんなに取り分はもらえない」
頑固かよ。
この誠実さがロダンの良いところなのだろうが、融通の利かないのは困りものだ。
「・・・わかったわ。その代り、この先も取り分は7と3で固定ね」
「それは最初だけのはずだ。この先、うちの取り分は2でいい」
「駄目よ。品物が売れたのはこのお店だからなの。3貰う権利はあるわ。それとも、魔女の言う事に逆らう気?」
少しだけ力を込めて見つめれば、ロダンが気圧されたように顔を引く。
魔力に抵抗のない相手に威圧を使うのは禁じ手だが、ここはおとなしく要求を呑んでもらわなければ寝覚めが悪い。
「・・・わかった・・・その、感謝する・・・」
「それでよろしい」
本当なら4でもいいくらいなのに本当に謙虚だ。
「じゃあ、また品物を用意して明日来るわ。最初に卸したのの倍くらいでいいかしら」
「それでも需要に足るかどうか。話題になって更に売れるかもしれん」
「・・・量を増やすのは簡単だけど・・・」
商売っ気を出すのは簡単だが、有名になりたいわけではないのだ。
一気に燃え上がったものはすぐに冷めてしまう。世の常だ。
私は魔女として細く長く生きていきたい。
「とりあえず、最初のうちはなるべく定期的に品物を卸すわね」
色々と思うところはあるが、まずは認知を上げる事が肝心。
ロダンと次の品物の数や日時を相談する。
これがうまくいけば、しばらくお金に困ることはなさそうだ。
今日もベーコンを買って帰れそうで私も気分がいい。
「ありがとう、魔女さん!」
メリタが嬉しそうに飛びついてくる。
「こんなにお客さんが来てくれてうちにお金があるの久しぶりなの!今日のご飯はお肉なのよ!」
それはいいことだ。お肉は美味しいもの。
「喜んでくれて嬉しいわ」
「魔女さん、大好き!」
メリタの可愛い言葉に胸がキュンとなる。可愛いは正義だ。
「そうそう。私は魔女だけど名前は魔女じゃないのよ?」
忘れるところだった。魔女さん、という呼び方は可愛いが名前は大事だ。
名前は個であり存在をつなぎとめる楔。ないがしろにしてはいけない。
魔族であった頃の名前をそのまま使うのは何となく嫌なので考えていた新しい名前を名乗る。
「ミリヤム。私は魔女のミリヤムよ」
こうして、私の魔女としての生活が幕開けたのだった。
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