第7話「魔女、はじめました」①


まずは持ち物を確認する。


本当に思いつきで着の身着のまま出てきたのでカバンの中身は自分すら謎だ。




ティムズからパクってきた指輪をのぞけば、カバンの中には食べかけのクッキーがまだ少しと、紙とペン、雑用に使っていたよく切れるナイフに、小さな宝石。




「宝石?」




はて何の宝石だろうと取り出してよく見れば、それは魔王がミラへと送ったペンダントに使われていた宝石だ。


小さすぎて使い道がないとミラに突き返されたのでやると言われたのをカバンに突っ込んでいたのを忘れていた。


さっきまで魔王の事など完璧に忘れていたのに、思い出してしまってむかむかする。


この宝石こそさっさとつかってお金かものに変えてしまおうそうしよう。




「ろくなものがないわね」




先ほどメリタのお店でもらった品物の方がこれから生きていくには役立ちそうだ。




「とにかく、最優先事項は家よね。ここはてっとり早く魔法を使わせてもらいましょう」




小屋を確認すれば外観ほどに中身は傷んではいなかった。


入ってすぐに台所兼居間、その奥に小さな部屋が二つ。


ありがたい事にかまどと暖炉がある。


少しだけ手を加えれば暮らしていくには十分すぎるほどだ。




「さて」




残っていたクッキーを全て食べると空腹が満たされていくのがわかる。


あたりを再度見回して人気がない事を確かめてみる。


魔族として無尽蔵に魔力を使っていたころと同じにしたらすぐに尽きてしまうので慎重に調節しながら魔力を動かしていく。


まずは小屋の外観を整えていく。風魔法と水魔法で汚れを取り除き、朽ちた部分を再生させる。


室内も同じように清潔にして、古く朽ちていた家具を取り払いすっきりさせる。


土と石を加工して痛んでいたかまどと暖炉を修復した。


ついでに、周りの草木も少しだけ整えて、人が訪ねてきても廃墟とは思われない程度に整える事が出来た。




「ふう」




さすがに疲れた。


物を再生させたり動かしたりする細かい作業は魔力よりも気力を削ぐ。


こちらにやってきてからまだ1日も経っていないというのに無理をしすぎたかもしれない。




「今日はさっさと寝ましょう」




完成したばかりの小屋に早速入る。


清潔ではあるが、中は簡素なものだ。


しかし休むには十分すぎる。


ベッドなどはないので、床に先ほど買った布を一枚広げて横になる。


硬いが眠れなくはない。


魔法で暖炉に火を入れれば部屋の中が暖かくなっていく。




「ああ、疲れた」




横になった瞬間、押し寄せてくる眠気。


こんなに眠いのは生まれ変わって初めてかもしれない。


私はすとんと落ちるように夢の世界に旅立った。










窓から差し込む明りに気が付いて目が覚めた。


床に寝たために身体がバッキバキだ。


色々とやることはあるが、寝床づくりも忘れないでおこうと心に決める。


身体を起こし伸びをして外に出る。




「うん、いい天気だわ」




まず、生活に必要なのは水だ。顔を洗うにも食事を作るのにも水がなければ話にならない。


ありがたい事に小川がすぐそばにある。


空腹だがまだ倒れるほどではないので、土の魔法で大きな水瓶を二つほど作って台所に並べる。


昨晩、小屋から取り除いた古い家具の木材を使っていくつか桶を作り、何度か往復して水瓶いっぱいに水をためる事が出来た。


水瓶にはこっそり魔法をかけて水がいつまでも腐らず清潔に保てるようにしてあるので安心だ。




次に食事。


木材の使い道がなさそうな小さなものをかまどに入れて、暖炉から火種を移して燃やす。


鍋は前の住人が残していったらしい古くて小さな穴の開いた銅鍋があったので、これにも修復の魔法をかけておく。


水瓶から水を汲み、鍋に満たす。




「さて、お湯が沸く前に食料を調達しましょう」




家を出てあたりを見回す。


昨晩のうちに目星はつけていたが、食べられそうな野草やキノコの類が生えているのだ。


魔族なので毒があっても死なないだろうができればおいしく食べたいので、鑑定の魔法で間違いなく食べられるものだけをいくつか採っていく。


台所に戻って手に入れたそれらをよく洗い、ナイフで一口大に切ると、ぐつぐつと煮立った鍋に放り込んだ。


自然の物なのでなかなかに灰汁が強く白い泡が出てくるので、木材で作ったスプーンですくって捨てるという地味な作業を繰り返した。


全体的に火が通って煮汁が良い色に落ち着いてきたら、昨日手に入れた塩を一つまみ。




「うん、おいしい」




なかなかイケるんじゃないだろうか。


スプーンと一緒に作ってあったお皿にスープをとりわける。


そこではたと座って食べる場所がない事に気が付いた。




「しまった」




ベッドも必要だが、テーブルとイスも作らなければ。


しかしそろそろ空腹で魔法が使えそうにない。


行儀は悪いが部屋の中央に座ってスープを食べ始める。


素朴な味だが暖かさが身体に沁み渡る。しばらくはこれで食べつないでいけそうだ。




「ふう、お腹いっぱい」




お腹が満たされたので魔力が戻ってくるのが分かった。




「さぁ、どんどん住環境を整備していくわよ!!」








それから二日かけて小屋を住みよい家へと変化させることに成功した。


小さなテーブルとイスのほかに、ゆっくりくつろいで座れるロッキングチェア。


誰が来るわけでもないが、食器も4セットずつ作ったし、台所で使う鍋や道具も完璧だ。


寝室にはベッドとクローゼット。


もう一つの部屋は仕事部屋にしようかと思ったが、匂いがこもると嫌なので小屋の外に小さな作業部屋を別に作った。


そこには大きめの窯まで備え付けたので、少しやりすぎた感もある。


庭先に畑を作り、栽培ができるようにもした。


これで私の魔女生活の準備は完璧だ。




次に必要なのは材料だ。


出てくる途中で気が付いたが、この森の奥にはいろんなものがある。


恐らく魔族の住む世界とつながっている個所があるせいで植物の成長が速いのだろう。


人気がなく荒らされることもないので取り放題だ。




茶色くて大きな実は皮をむいて叩いて絞ればオリーブ油に似た上質な油がとれた。


カスの部分は畑にまいて肥料にできそうだ。


細長い瓜のような実は絞れば水が出て、絞った部分はすかすかとした繊維ばかりが残る。


消毒と鎮静成分のある薬草とその花を見つけたので、根っこごと引き抜いて畑に植えておこう。


幸運なことに既に空になった蜂の巣を見つける事も出来た。


はちみつは残っていなかったが、この巣材だけでも儲けものだ。


ほくほくとした気持ちで素材を集め、作業小屋へと戻ってきた。




「よし、作るか」




知識は前世時代に培ったものを活用させてもらう。


やり方は見よう見まねだし材料も正しいものではないから確実に成功するとは思えないが、困ったときの魔法頼み。


材料に魔力を注ぐことで調整しながら挑戦してみることにする。




まずは石けんから手を付ける。


動物油の石けんが悪いわけではないが匂いが独特なのだ。


繊維ばかりになった瓜のような実の部分を燃やして灰にして油と混ぜる。


乳化してきたら木枠に流し込んで涼しい場所で乾かす。


本当ならば時間をかけて熟成させたいところだが、早く結果を確認したいので魔法で乾燥と熟成を早めた。


動物石けんよりも泡立ちがよく優しい香りのよい石けんができた。


これなら商品としても十分役立つだろう。




次に、空の蜂の巣を鍋に入れつぶしながら溶かしていく。


溶け出た液体を布で濾し、ミツロウを作った。


ミツロウに少しの油と薬草を蒸して生成したエッセンスと混ぜ合わせる。


これで傷や痛みに効く軟膏の出来上がりだ。


昨日手に入れた傷薬と比べてみるが、私の薬の方がかなり出来が良い。


魔女の薬としては上々ではないだろうか。


作っておいた小さな土瓶に詰めて布で蓋をする。




次に化粧水。


これはおまけ程度だが、繊維になってしまう実のしぼり汁を精製して不純物を取り除く。


いい香りのする花を蒸留して取り出した香りのエッセンスを混ぜて、お手軽化粧水のできあがりだ。


これは瓶に入れたいところだが、さすがにガラスを練成するのは骨が折れるので、とりあえずは小さめの瓶に詰めておく。




「これだけ作ればまずは十分でしょう」




気が付けばとっぷり日が暮れていた。


魔力はそれほど使わなかったが、さすがに疲れた。




「今日は寝て、納品というか商談は明日ね」




足早にベッドに戻ると食事を取るのも忘れて眠りについた。

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