第10話「二人暮らし…だったのに、変な騎士がやってきた」
少年に名前はなく、アレとかソレとか呼ばれて育っていたらしい。
前世なら虐待だぞと憤るが過去に手出しはできないので、怒りのパワーを少年の育成に向けることにした。
まずは名前を付けてあげた。
「ユーリ」
ユウリ、悠里。少年には悪いが、昔買っていた猫の名前だ。黒い毛並みの賢く優しい猫だった。
10歳位だと思っていたが、14歳だという。
生活状態が悪すぎたのだ。
食事をたくさん与え、早寝早起き、適度な運動と言う名の水汲みや畑仕事。
読み書きも教えて、数字やお金の計算も学ばせる。いずれ、品物の卸などを手伝ってもらうためだ。
ユーリは日に日に健康になり身体も年相応に育っていく。
黒髪には艶がかかり健康的な体つきと賢そうな青い瞳。
教育のおかげか物腰も柔らかく、とてもいい青少年になってきた。
「お師匠さま」
呼ばれ方はくすぐったいが仕方がない。
名前で呼ばせようとしても頑なに「様」付するし、魔女様って呼ばせるのは気恥ずかしいし。
私は気にならないが見た目が稀有なのは確かなので、私の弟子という事で村には紹介した。
結果、呼び方は「お師匠さま」で落ち着いてしまったのだ。
二人暮らしと言うのは、とても楽しいものだった。
1人での魔女生活は気ままで楽しかったが、朝晩とあいさつや会話をする相手がいるのは心地いい。
ユーリのおかげで栽培できる薬草も種類が増え、傷薬のほかに、熱さましや毒消しも商品に追加した。
私と言う存在にくっついているおかげが、村ではユーリの見た目について口を出す者はおらず
むしろ成長して印象が良くなったのか、周りの人々からも可愛がられている様子だ。
私の傍で暮らすより、村で生活した方が良いのでは?と話を向けてみたが、ユーリは「お師匠様の傍にいます」と頑なだ。
まだまだ親が恋しい年頃なのだろう。巣立ってしまうのは寂しいが、しばらくは傍で成長を見守っていきたい。
この頃は少し反抗期のようで、可愛くて仕方がないからと頭を撫でると顔を赤くして嫌がるようになってきた。
少しさみしい。
ユーリとの二人暮らしが何年か続き、ユーリは立派な青年になった。
そろそろ独り立ちをと話を振ってみるが「お師匠様の傍にいます」との返答は変わらない。
ロダンの店は知る人ぞ知る名店となったが、相変わらず村で堅実な商売の日々だ。
嫌がらせや私の情報を探りに来た者などもチラホラいた様子だが、私が店先にぶら下げた魔よけの魔道具のおかげで平穏な営業を続けられている。
穏やかで満ち足りた日々がこのまま続けばいいなぁと思っていた、そんな矢先だった。
「すまないが、ここが魔女の家だろうか」
その人は突然やってきた。
人避けの魔法をかけているのにもかかわらず、私の家までたどり着いたその人は、傷だらけの騎士だ。
まさか魔族と知って討伐に来たのかと身構えたが、話を聞く限りそうではないらしい。
家に招き入れ、食事と傷薬を出してあげる。
感心したように傷薬を使っている騎士は神妙な顔でこう、切り出した。
「実は、私の雇い主が酷い病で。うわさに聞いた魔女の薬があれば助かるのではと思いここまで来たが、店は紹介制で買い物ができなかったのだ」
村医者には薬を卸しているが、そこまではたどり着けなかったのか、急いでいたのか。
その代り、この森に住まうと噂の魔女の家を探し出したのだという。
逆にすごい根性だ。
よほど助けたい相手らしい。
聞けば騎士は聖職者なのだという。
それで軽い人避けの魔法をはじいたのだろう。
悪意がある者に強く反応するようにかけてあったので、反発無く入れたというなら彼に悪意はないのだろう。
私が話を聞いている後ろに控えたユーリがものすごい顔で騎士を睨んでいる。
おそらくは警戒しているのだろう。
外から来た相手や知らない大人、男性にはいつもこうだ。
恐らくは子供の頃の経験がそうさせるのだろう。
「どんな噂かわかりませんが、私が作っているのは簡単な傷薬や熱さまし、解毒剤などです。お役にたてるかはわかりませんが」
「いや、長く患っていた病人も回復するほどの効きだと都でも話題なのだ。ぜひ譲ってほしい。金には糸目はつけない」
そういって騎士が取り出したのは、なんと懐かしい四角い硬貨。
それはロダンの店で私が出して買い物できなかった銀貨だ。
ユーリもその銀貨に目を丸くしている。
「こ、これは?」
「足りないだろうか」
更に一枚。
「いやいやいや、貰いすぎです」
「しかし、都では貴女の薬は銀貨1枚だと聞いている」
「そんな馬鹿な」
「その値段で買った人から確かに聞いたのだ」
そんな馬鹿な。
ロダンやメリタは言わずもがな、昔からの客にそうった高額の転売をする人はいない筈だ。
長く商売を続けた結果、不埒な行いをしている会員が出てきたという事なのだろう。
これはあとで詳しく調べなければいけない。
心の奥底で色々と策を練っていると、目の前の騎士が不安そうな顔をしてくる。
「駄目、だろうか」
「あ、いやいやダメってことないんですが、高額すぎます。銀貨2枚は高すぎです」
「しかし、とても急いでいるのだ。どうしても譲ってほしい」
騎士の様子に私は戸棚から薬を取り出すと、それぞれ10個ずつ袋に包む。
そしてとっておきの薬を奥から出してきた。
「お師匠様、それは」
ユーリが驚いた表情でそれを見ていた。
「これは新しい薬です。弱った体を強くする効果があります」
「おお!!」
「ただし、この薬の事は誰にも言わないでください。そしてこの場所や私の事も。雇い主にもですよ」
「わかりました」
それは、この間作ったばかりの回復薬。
これまでの傷薬などとは違う、魔法のこもった薬。
魔族の暮らす場所では時々目にしていたもので、この度、無事に生成に成功したばかりだ。
人間相手に使ってもかなり効果があることは、ユーリで実験済み。
ただし、あまりに万能薬過ぎるので商品にはしないと決めたばかりだった。
「なんとお礼を言ったらいいか」
「いいんです。困った人を助けたいだけですから。これ全部で銀貨1枚いただきます」
「本当にそれだけでいいのですか?」
「十分すぎるほどです」
笑顔を返せば、騎士は安心したような困ったような不思議な顔をしていた。
ぐいっと私の服をユーリが引っ張る。
「お師匠様。いけません、そんなに簡単に渡しては」
「だって、相手の病気がわからないんじゃ仕方ないじゃない。悪意はないし、本当に困っているようだし」
「・・・あなたって人は!!」
納得していない様子のユーリだったが、私の「おねがい」に負けたのか苦々しげに騎士を睨んで仕方なさそうに首を縦に振ってくれた。
「おい、お前」
「コラ!お口が悪い!」
「・・・お師匠様の厚意を無駄にするなよ。薬は無事に届けて、約束は絶対に守れ」
「・・・君は彼女の弟子なのか」
「そうだ。一番弟子だ」
何故かにらみ合うユーリと騎士。
「ええと、騎士?お急ぎなのでは?」
「あ、ああそうだな」
さっきまではあんなに急いでいる様子だったのに何故か名残惜しそうな様子の騎士。
「さっさと帰れ」
「ユーリ!」
「本当に感謝する、魔女殿」
「いえいえ」
「絶対にここの事は話すなよ。そして二度と来るな」
「ユーリ!!」
「・・・良い弟子をお持ちだ」
「お恥ずかしい」
「いいから帰れ」
こんな攻撃的なユーリははじめてだ。
あまりに無礼なので軽く睨み付ければ、途端にしゅんとした様子で視線を逸らす。
「では、失礼します」
騎士は何度も振り返りながら去って行った。
「もう、ユーリ、どうしてあんな口のきき方をするの?」
騎士が帰ったあと、態度の悪かったユーリを叱れば、ユーリは拗ねた様子で
「・・・ここまで人が来るなんてことこれまでなかったですし、アイツがお師匠様になにかしたらと心配で」
「ユーリ」
年月がたったとはいえ、大人に虐げられて育ったユーリ。
この場所で二人で穏やかに暮らしている日々が長かったので不安だったのだろう。
「大丈夫よ。私こう見えて魔女だし強いのよ」
「それは知っています」
「貴方を守ってあげるくらい造作ないわ」
「・・・そうじゃなくて」
何かを言いたげな様子のユーリだったが、結局何も言わずに口を閉じてしまった。
「まあ、こんなことは早々あるわけじゃないし、しばらくはまた二人でのんびりの暮らしよ。大丈夫」
「・・・はい」
何故かちょっとだけ寂しそうなユーリの頭を撫でてあげれば、ようやく微笑んでくれた。
後日、ロダンの店に薬の転売疑惑について確認してもらい人を使って調べてみると
やはりある会員が買った薬を旅商人へ売っていたことが判明した。
その商人が都会で薬を売り、それが更に売られ、という顛末らしい。
一人一人の儲けは大きくないが、さすがに高額になりすぎなので、事の次第を他の会員にお知らせするとともに、転売した会員は除名、直接の紹介者も除名。紹介者を紹介した会員は半年の出禁ということで処分させてもらった。
これで、また平穏な日々がやってくると思っていた、そんな矢先だった。
「魔女殿、私を護衛として雇ってもらえないだろうか」
初めて会った時よりもさらにボロボロになった騎士がやってきたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます