第2話「魔王城への就職」

 




 ヒイラギとの暮らしは刺激的で面白かった。魔具と呼ばれる魔力がこもった道具を主に売り買いしているようで、これまた不思議なお客さんが不思議な物を買って行ったり売りに来たり。ライオンの顔をした紳士がカエルが近づくと雄叫びを上げる人形をお買い上げしていったりなど、魔族は謎なことばかりだ。




 常連のヤギ博士が私に面白い話をもってきてくれた。




「なんでも、魔王城で働く下働きを探しているらしい。魔王城での仕事は地味でめんどうくさいから、好きなことしかやりたがらない奴ばかりのこの世界じゃ長く勤まらないのさ」




 私は興味をそそられた。


 この世界での魔王と言う存在がどんなものか知りたかったし、地味でめんどうな仕事は案外好きなのだ。ヒイラギの店でも勘定や在庫整理、掃除や接客などを全力で手伝わせてもらっている。ヒイラギに「そんなちゃんとしなくてもいいのにぃ」と言われてしまうほどだ。


 おかげでこの世界の文字や数字の読み書きは覚えたし、ある程度の決まりも学べた。これでも元は勤勉な性質なのだ。


 きちんとできる事はきちんとしたい性分なのだ。ヒイラギ曰く、私が手伝うようになってから売り上げは倍になったし、仕事もはかどるし、お客も増えた。でも、忙しくなってめんどうくさいらしい。




「私、魔王城で働いてみたい」




 私の発言にヒイラギとヤギ紳士は驚いて「やめときなよ」と止めてくれたが、やりたいことをやるのが魔族なのでしょう?とほほ笑んで、その足で魔王城に向かったのだった。




 魔王城は大きくて古くて、とにかくたくさんの魔族がいた。


 まずは雇ってもらうのにどうしたらいいのかと門番に話しかけると、門番が鈴のようなものを2回鳴らした。




「担当の奴が来る、そいつと話せ」






 ぼんやりと立ち尽くして待っていると、鋭い目つきをした赤髪の美青年がやってきた。魔族と言うのはたいてい美形だが、ここまでの美形を街でもみたことがなかった。完璧な美形に驚いて固まっている私を美青年は上から下までじろじろと見て、軽く眉根を寄せる。




「お前は何ができる」


「掃除洗濯料理、字は書けますし計算もできます。やれと言われれば大概の事は出来るとは思いますが、汚れる事と血なまぐさいのは嫌です」


「ほう」




 即答できたのが意外だったのか、彼は面白そうに目を細めて笑うと、ついて来いとだけ言ってさっさとお城に入って行ってしまう。


 ついていくべきか迷っていると、鈴を鳴らしてくれた門番が早くいけとばかりに顎をしゃくったので、私は慌てて彼の後を追った。








「おい、ご希望の下働きを連れてきたぞ。存分にこき使え」




 大きなドアを開け、書類の山に向かって叫ぶ赤髪。すると山がもぞもぞと動いて中からメガネをかけた青髪の美青年が現れた。なんだ、ここにはイケメンしかないのか。いい加減目が眩しい。




「アルムス、そんな適当に僕の手伝いを選ばないでくれよ」


「希望者が来ただけありがたいとおもえよ、ティムズ」




 赤髪の彼はアルムス、青髪の彼はティムズというらしい。ふむふむ。この先、かかわることが多そうだから覚えておこう。




「今日からお世話になりますミヤです。どうぞよろしくお願いします」




 おおきくはっきりとした声であいさつをし魔族式の礼をすれば、面倒臭そうに私を見ていたティムズは意外そうに目を丸くした。




「へぇ」




 何が面白いのか、私の横でアルムスもニヤニヤと笑っている。




「読み書きと計算はできるそうだ。とりあえず使ってみろ。駄目ならメイドでもやらせればいい」


「了解。面白そうだから採用しとくよ」




 私の認知しないところで採用試験は終わったらしい。アルムスはポン、と私の頭を一度叩くとさっさとどこかへ行ってしまった。




「さて、ミヤ?だったかな。今日から君は僕の下働きをしてもう。死ぬほど地味で面倒だからよろしく」


「はい!」








 ティムズから与えられた最初の仕事は書類整理が主だった。




 自由で勝手気ままな世界かと思いきや、魔族の中も色々とあるらしく、領地の取り締まりや、街道などの公共整備。人の世界との境界を監視する仕事やもろもろでいろんな魔族が働いているらしい。この辺は普通に前世であったお役所仕事とかわらないのだなぁと懐かしんでみた。


 大きく違うのは無茶苦茶を言って来たり行いが悪いと魔王がすっとんでって制裁を加えてしまうという点だ。皆魔王と言う存在は怖いらしく、「あんまり無茶を言うと魔王様に直接対応させますよ」という手紙を届ければだいたいの事は片付くらしい。便利すぎるな魔王。




 私は毎日のようにティムズの元に届くありとあらゆる書類を要件ごとに分類し、そこからまた優先順位を付けて並べ替えておく。魔族と言うのは後先考えないので、思いついたらポンポン書類を送ってくるところがあるらしく、確認すれば同じ内容が何枚もあったり、「さっきの案件なし」という内容だったりと、混乱の極みだ。私はそれらをさっさと仕分けて不要なものは容赦なく処分していく。


 ほんの数日で最初は山のように積まれていた書類が今では机の上に数センチに減っていた。


 ついでに乱雑に散らかっていた部屋を片付け本棚を整頓しティムズにお茶を出す余裕まで出てきた。




「すごい」




 心から感心した様子でティムズが目をキラキラさせてお茶を飲んでいる。出会った時はどこか疲れてくたびれた雰囲気だったのに、私が雑務を片付けるから余裕が出てきたのか、美青年ぶりに磨きがかかって更に輝いている気がする。




「ミヤが来てから仕事がスムーズ過ぎてむしろ暇だ。あんなに忙しかったのに」


「喜んでいただけて何よりです」


「それにこの「お菓子」というものはすごくいいね!」


「私の故郷では珍しくもなんともないんですけどね」




 魔族にお菓子という概念はあまりないらしい。魔族は食事が不要だからだろう。私もお腹が空すくわけではないのだが、市場で人間の暮らす場所から仕入れてきたという小麦粉とお砂糖を見つけて懐かしさのあまり衝動買いしてしまったのがはじまりだった。


 人間ともやり取りをしている行商人にあれこれと頼んでお菓子作りをはじめるようになった。


 1人だと持て余すので店にいた頃はヒイラギやヤギ紳士にふるまっていた。二人にはなかなか好評だったのでティムズにもお茶請けとして出すようになった。


 今日はクッキーだ。名称を覚えるのがめんどくさいのか、私が作った物は全部「お菓子」と呼ばれている。




「よう。今日のお菓子はなんだ」


「アルムス、またきたの」




 げんなりした様子のティムズ。アルムスは意に介した様子もなくさっさと部屋に入ってきてソファにどっかりと腰かける。


 私はさっとアルムスの前にもお茶とクッキーを出した。




「今日はこの丸いやつか。どれどれ。うん、甘くてうまいな」


「お前は何を食べてもそれしか言わないな」


「実際そうなんだからいいだろう」




 他愛のない二人のやり取りを横目に、私は新たに届いた書類をさっさと片付けにかかる。




「ミヤは本当に働き者だね。飽きない?」


「いいえ。仕事があるのは楽しいです」


「変わってるなぁ」




 魔族に勤勉という考え方はないらしい。やりたい事だけやれればいい、という享楽的な人生観だ。




「ティムズもアルムスも仕事をしてるじゃないですか」


「そりゃあ、魔王がそう望むからね」


「そうだね、魔王が望むから」




 ティムズとアルムスは当然という様子だ。


 彼らにとっての魔王というのは絶対で一番大事にすべき存在らしい。




「なあ、ミヤ。今度は俺のところで下働きをしないか。ティムズのトコはこんなに片付いたんだからいいだろ」


「なに?僕にまた忙しくなれっていうのか?」




 ぎろりとティムズがアルムスを睨む。




「いいですよ」




 私が簡単に了承すればアルムスは喜色を満面に浮かべ、ティムズは絶望的な顔をした。




「午前中にここの書類整理をして、お昼のお茶を挟んでから、午後からはアルムスの仕事を手伝います。これなら文句ないでしょう?」




 実を言うと、ティムズの仕事はかなり効率化できてきたのでかなり暇なのだ。




「じゃあそれで!!」


「お茶がなくならないのならいい」




 二人とも納得したのか満足げにお茶の時間に戻ってくれた。


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