第3話「キッチンは魔王軍を救う」
ティムズが文官ならアルムスは武官のようだ。
主だった仕事は魔王軍の統治。
軍隊として訓練したり装備を整えたり新しい兵士を雇ったり。
魔族が兵隊なだけあってかなり自由な風潮のようだが、力が全てだからか案外まとまっているようだった。
問題は衛生観念だ。
魔族は病気になりにくいと言ってもこれは酷い。汚れたり壊れたりした装備はその辺に転がっているし、兵士が正しく何人いるかわからないので部隊を編成するのもその場で適当に呼びつけてとむちゃくちゃ。それでも適当に強いのが魔族なんだろうけど、この統率されてなさは問題だろう。
「ティムズによく怒られるんだ。予算の準備もあるからちゃんとしろって」
その気持ちよくわかるとげんなりしながら私はまずは一番汚れているアルムスの部屋を片付けた。ティムズの部屋ほど紙や本は多くないが、掃除と言う概念がないので埃だらけだ。
ヒイラギから教わった風魔法と水魔法をつかって室内を清潔にし人が気持ちよく過ごせる環境を作る。
「おお!!床が見えるぞ!!」
「綺麗な部屋じゃないとお茶ができないでしょう。これからは汚さないでください」
「お茶の時間ができないのは困るな。わかった、気を付ける」
変なところで素直なのも魔族の特徴だ。自分の利になるとわかればやり方や考えをすぐさま改めてくれる。
「まずは兵士たちにも清潔であることを心がけさせましょうね」
まずは一番強いアルムスが綺麗な身なりと綺麗な部屋を維持することを見せつけ、綺麗にしていればいい事があると吹聴させた。
次に床に転がっているゴミや不用品を捨てればご褒美にお菓子を与えると張り紙をしたらみんな驚くほどに素直に片づけをはじめる。
ゴミ捨て場でゴミとお菓子を交換するのは変な気分だったが、どんどんと綺麗になる魔王軍の雰囲気にみんな居心地の良さを覚えたのか、今では特にご褒美がなくても片付けるというすべを覚えたらしい。
人数把握にもお菓子は役立った。小さいタルトをたくさん作って最初に数を数えておいて一人ひとつ渡していく。
皆お菓子が欲しいのか毎日お菓子をもらうために来るようになったので人数や種族も大体把握することができるようになった。
問題はお菓子作りが大変なことなのだが、そこは簡単に解決することになる。
魔王城にはメイドという役割をこなす魔族がちゃんと雇われていて共用スペースの掃除やこまごました雑務を行ってくれている。
ティムズとアルムスの下働きをこなす私はメイドたちともちゃんと仲良くなって良好な関係を築いていた。
そのメイドのリリアとロロナが、お菓子を作りたいと言ってきたのだ。
「面白そう」
「楽しそう」
双子のように微笑む可愛い二人の為に魔王城の中にキッチンを作らせる。おいしいお菓子がたくさん食べられるとしったティムズは喜んで予算を出してくれ、アルムスは工事のための人員を快く貸し出してくれた。
そして私は二人にお菓子作りのイロハを教え、色々なレシピを一緒に作って学んでいった。
前世でストレス発散にお菓子ばかり作っていたなぁと思い出しながら、クッキーやケーキを作る。リリアは市場で食べられそうな果物をみつけてくれるようになって彩も華やかなものがつくれるようになったし、ロロナが氷の魔法を使えるのでアイスクリームまで爆誕してしまった。
甘いお菓子作りの匂いに魔王軍の兵士たちはご機嫌に訓練をこなしてくれるようになったし、限定のお菓子を設ける事で訓練にも大変力が入るようになった。
大隊長の一人がアイスクリームを死ぬほど気に入って、安定供給の為に牛を魔王軍内で飼育しはじめてしまったのは大きな驚きだったが、おかげで牛乳には困らなくなった。結果オーライだ。
アルムスもご機嫌で最初に会ったときは随分と目つきが悪いと思ったものだが、今では優しげに微笑むことができるまでになっていた。色々と仕事のストレスとかあったのだろう。
ティムズも魔王軍関係の仕事がかなり楽になったようで毎日どこか楽しそうだ。
「いい下働きを雇ったもんだね」
「その「下働き」って呼び方はどうにかなりません?そんな簡単な仕事をしているつもりはないんですけど?」
「じゃあ何て呼べばいいんだよ」
「そうですね、じゃあ「秘書」で」
「秘書?」
「そう、皆さんの仕事が円滑に回るようにお手伝いする大切な仕事です」
二人はよくわからないという顔をしていたが、私がそれでいいのならと納得してくれた。
これで私は前世と同じ「秘書」としてこの世界での居場所を見つけたのだった。
そんなある日、ティムズとアルムスにお茶を振舞いながら今日はどんなお菓子を作ろうかと考えていると、急にドアがあいて血相を変えた若い魔族が飛び込んできた。
「ま、魔王様がご機嫌斜めです!!」
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