第1話「おたんじょう おめでとう」
その日、私は死んだ。
理由や原因は割愛させていただこう。
とある小さな会社で秘書として働いていた私こと橘樹美也は死んでしまった。あれこれと片付けてしまいたい仕事や気がかりな案件はいくつもあったが、死んでしまった以上、どうすることもできない。
心残りと同じくらいに妙な解放感を抱えた私が死んだと理解した次の瞬間、何故か身体が軽くなり暖かな何かに包まれたような感覚。そして広がる薄暗い世界。
「あら、ようやくお目覚めね」
聞きなれない声音に目をぱちくりとさせる。目の前には絶世の美女がいた。しかも半裸である。艶めかしい肌をほんの少しの布で隠した扇情的な服。まるで漫画でみた悪魔みたいな服装だ。
「産まれてすぐにしてはしっかりした目つきをしている子ね。喋れる?」
産まれてすぐ?意味が分からずぱちぱちと目を瞬かせていると、美女が優しく微笑みこう告げた。
「こんばんは、小さなおじょうさん。そして、おたんじょうおめでとう」
なんと私は魔族として生まれ変わっていたのだ。
私は魔界の端っこのそのまた端っこにある枯れ木の股から産まれたらしい。
魔族と言う者に基本的に親はなく、魔力が固まって生き物の形になって自我が芽生えたり魂が入り込むことによって生まれるのだそうだ。私もそんな一人で、パッと見は普通の少女だが身体は魔力の塊なのでとても不安定な状態。気合を入れていないと小さくなったり耳が生えたりしてしまう。
私に声をかけてくれたのは悪魔魔女のヒイラギ。偶然にも私が形を成して目を開ける瞬間に居合わせたのだという。
「めずらしいのよ、人型のしかも最初からちゃんと女の子が目覚めるなんて」
恐らくだが、私と言う自我を持った魂がここにあった魔力の塊に入り込んだので、こういう形になったのだろう。
けれども橘樹美也として生きていたころとは容姿は随分変わってしまったが。夜空を映したような不思議な色味をしたふわふわの髪に真っ白な肌。顔は小さく目は真ん丸でリンゴ色。絵に書いた人形のようだと自分でも不思議な気分だ。
最初はなかなか受入れる事ができなかったが、周りは薄暗い森のような場所。目の前には半裸の美女。自分の姿は変わり果てている。頬を抓れば痛いし、自分が死ぬ瞬間の事ははっきりと覚えている。ここがあの世でないのなら、自分は違う世界に生まれ変わってしまったのだと受け入れるしかないと思い至ってしまった。
不思議と悲しいとか悔しいとは思わなかった。あまり執着のない人生だったのだろう。そう考えたら急に気が楽になってきた。
「あの、ヒイラギさん。私はいったいこれからどうしたら」
「やだーヒイラギでいいわよ。さん付けなんてキモチワルイ。さぁ?何かしなくちゃいけないことなんて私たちにはないから、好きに生きたらいいんじゃない?ここならお腹がすくこともないし」
「食事の必要がないの?」
「そう。魔族が暮らす場所には魔素がたくさんあるからね。息をしているだけでエネルギー補給ができるのよぉ」
さすが魔族だと感心するべきところなのだろうか。驚きで固まっている私にヒイラギは色々なことを教えてくれた。
この世界には魔族が暮らす場所、人が暮らす場所、神族が暮らす場所があるのだという。境界は曖昧で出入りは簡単なようで難しく繋がっているようで遠く離れているのだという。魔族は魔族の王がいて最低限の統治がされているが、特に大きな決まりがあるわけでもなく、むやみに悪事を働かなければ好きに生きていていいらしい。年を取るのもゆっくりだし身体は丈夫。魔素がエネルギー源なので魔族が暮らす場所でなら食事の必要はなし。なんという楽な生き物なのだろうか。
「私は時々人のいる場所へ行って商売をしているの。人って面白いからね。こっちではお金はあまり使い道はないんだけど、人の世界で買い物したいときとか便利よ」
そういってヒイラギは私に一枚のコインをくれた。人の世界での通貨らしい。きらきらとしていて綺麗だがさっぱり価値はわからない。本当に違う世界なのだなぁとしみじみと感じた。こちらの世界での通貨は鈍色をした四角いものだった。
人の住む場所では時々でも食事をしないとエネルギーが切れてしまうので、主に食べ物を買うのに使うのだという。今後、何かの為にとっておこう。
「産まれる瞬間に立ち会えたのも何かの縁だしぃ、このままここにいても大変そうだから、仲間がたくさんいるところまで連れてってあげようか?」
「おねがいします!」
食い気味に返事をすればヒイラギは蠱惑的に微笑んで私の手を引いてくれた。
ヒイラギが連れてきてくれたのは魔王城の城下町。魔王がいて魔族を統治する街の中心部でたくさんの種類の魔族がいた。まるで大きな都市だ。絵本に出てくる不思議で不気味な世界観そのまま。街道では火を噴きながら紫色の果実を売るトカゲや小さな猫が二本足で立って本を読んでいたり。
「わたしはぁ、この近くでちょっとした道具屋をやっているの」
ヒイラギが連れてきてくれたのは町の中心部から少し外れた裏路地。見たことも聞いたこともないような道具がたくさん並んだ小さな店でヒイラギは過ごしているのだという。
「やりたいことがみつかるまでは、ここにいたらいいわぁ」
ヒイラギの言葉に全力で甘える事にした私は、この世界に慣れる事を最初の目標に定め生きる事にしたのだった。
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