廃線跡

口羽龍

廃線跡

 雪原の中、2人の男女が歩いている。彼らはここで生まれ育った。だが、男の方、辰巳(たつみ)は東京の大学生で、東京で暮らしている。2月からの長い春休みを使って、東北の実家に帰省している。


 だが、彼らは寂しそうだ。目の前に、何も見えないからだ。去年は雪原の中に、線路があったのに、今はない。去年までこの辺りには鉄道が走っていた。辰巳はそれで東京に向かった。だけど、廃線になり、最寄りの駅は遠くなった。母が車で送らなければならないほどになった。寂しいけれど、それが時代の流れだろうかと思っている。


「何も見えないなー」

「うん」


 女の方、真那子(まなこ)も寂しそうだ。毎日これで通学していたのに、廃線になってしまった。あんなに反対運動を行ったのに、かなわなかった。利用客が少ないと、こうなるんだろうか? そして、この村は寂れていくんだろうか? 誰もいなくなってしまうんだろうか?


「まるで、何もなかったかのように広がっている」

「そうだね」


 と、2人は廃墟になった駅舎を見つけた。その駅舎は、雪に埋もれ、屋根に積もった雪に押しつぶされそうだ。こうして、思い出は雪に埋もれていくんだろうか?


「だけど、ここには鉄道があった。そして、その鉄道には様々なドラマがあったんだね」

「うん。だけど、みんな思い出になっていく。だけど、思い出の中で走り続けるんだ」


 2人とも、この鉄道が走る夢をたまに見る。だけど、それは思い出だけの事だ。もう現実で走る事はない。


「そして、みんないなくなっていくのかな?」


 辰巳は考えた。この村はあとどれぐらい、人がいるんだろう。そして、あと何年、ここに帰れるんだろう。


「うん。だけど、いつまでも残してほしいよね」

「うん」


 2人は駅舎の前に立ち、息をのんだ。誰もおらず、扉が閉められている。明かりは消えていて、いまにも崩れそうだ。


「これが駅舎か」

「ああ」


 真那子は寂しい気持ちになった。あれだけこの村の発展に大きく貢献した鉄道が廃線になってしまうなんて。開業した当時に住んでいた人々は想像したんだろうか?いや、誰も想像していないだろう。


「もう使われなくなって、朽ち果てる時を待つのかな?」

「きっとそうだろう。だけど、誰かがこれを引き取って、何らかの形で残してほしいな」


 辰巳は思っている。誰かがこの駅舎を引き取って、何らかの形で保存してほしいな。喫茶店でも、博物館でも、どんな使い方でもいい。村の思い出の駅舎を残してほしい。


「確かに」

「まだその話はないけど、引き取ってほしいね」


 女もその話に同感だ。どうにかして引き取ってほしい。そして、みんなに愛される場所になってほしいな。


「うん」

「思い出すなー、去年の卒業式に行く時、この列車に乗ったのを。あの時は、廃止のうわさがあったけど、存続してほしかった。そして東京での大学生活の1年目、廃線のニュースを知ったんだ」


 辰巳は、この鉄道が廃線になると予想したことはなかった。村の補助金などで廃線はないだろうと思っていた。だが、本当に廃線が決まってしまった。




 それは、3月の出来事だった。辰巳は高校を卒業し、東京の大学に進学する事になった。これからは親元を離れ、東京で暮らすことになる。寂しいけれど、成長のためにはしなければ。


 出発の日、そこには両親やガールフレンドの真那子の姿もある。みんな、辰巳の旅立ちを応援しているようだ。


「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 辰巳は駅を出て、やってきた列車に乗り込んだ。彼らはその様子をじっと見ている。寂しい半面、これから頑張って来いよとエールを送りたくなる。


 発車時間になり、列車はゆっくりと駅を出ていった。すると、2人は手を振った。辰巳は車窓から、その様子を見ていた。その中で、辰巳は思った。彼らのためにも、東京で頑張らねば。そして、この鉄道がいつまでも残りますように。


 だが、廃止の知らせは突然やって来た。6月ごろの出来事だった。


「はぁ・・・。よく寝た」


 辰巳はいつものように起きて、大学に行く準備を進めた。いつもの朝になろうとしていた。


 と、辰巳はたまたまつけていたテレビのニュースに目を疑った。そこには村を走る鉄道の映像が流れている。そして、アナウンサーの言っている言葉に、目を疑った。


「ん? 廃線? そんな・・・」


 鉄道が廃線になるというニュースだ。廃線はないだろうと思われていたが、こんな結果になるとは。


 辰巳は母に電話をかけた。鉄道の廃止は本当なのか? 嘘ではないか?


「母さん、廃線になるって本当なの?」

「うん。残念だけど、かなわなかったんだ」


 母も悲しそうだ。母も廃止反対運動をしていた。だが、その願いはかなわなかった。


「そんな・・・」


 本当のようだ。辰巳は騒然としている。通学で使った列車がなくなるなんて。それほど厳しかったんだな・


「私も悲しいよ」

「僕も」


 と、辰巳はカレンダーを見た。だが、廃止予定日は大学があってそこに行けない。さよなら列車に乗れない。今日ぐらいは許してくれよと大学に言いたいが、授業があるのでダメだ。


「廃止予定日、大学で行けそうにないなー、行きたいのに」

「我慢しなさい」


 母の言葉に、辰巳はなすすべがなかった。廃止日も行く事ができない。最後の雄姿を見たかったのに。


「はい・・・」

「お母さんが、あなたの分も乗ってやるから」


 母は、辰巳の分まで乗ろうと思っていた。だが、それで辰巳は満足してくれるんだろうか? 心配だ。


「ありがとう。だけど、最後の列車に乗りたかったな」

「わかるよ」


 結局、辰巳は廃線の様子をニュースで見た。そこには母がいたという。だけど、自分もそこにいたかったな。一度っきりの出来事だから。




 真那子は寂しそうだ。まだ残っていればよかったのに。簡単に辰巳が帰ってこれたのに。もうそんな事は出来ない。


「あれは本当にびっくりしたね。存続してほしかったのに。乗客が減れば、仕方ないのかな?」


 真那子もそれを知ってびっくりした。最終日に列車に乗った。最終列車も乗った。ホームから蛍の光が流れているのが印象に残った。


「うん。そして、この村も含めて、村の面影はなくなってしまうのかな?」


 真那子は泣きそうになった。そして、この村の面影は消えてしまうんだろうか? 悲しいけれど、それが現実だろうか?


「そうかもしれない。悲しいけれど、これが現実なのかな?」

「わからないけど、そうかもしれない。豊かさを求めて人々は都会に向かい、田舎は過疎化していく。悲しいよね」


 辰巳もそう感じている。その先にある集落を見て考えた。あと何年、この家屋が見られるんだろう。ここも含めてみんな雪原になるのはいつだろう。いや、いつまでもあってほしいな。

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