第125話:右手に見えますのが

『右手に見えますのが、水没した神殿でございまーす』


 バスガイドかよ!

 港の件を話し合った翌日、ギルドマスターと腕の立つ冒険者十人と一緒に神殿へとやってきた。


「マリウス、大丈夫か? モンスターが出るんだぞ?」

「……ユタカさま、思っていたのですが、もしかして僕が魔術師だってこと、忘れていませんか?」

「……え?」


 マリウスが……魔術師?

 そうだっけ?


「やっぱり忘れてるぅぅー!」

「いやいやいや、ははは。覚えてるって、ほんと。うん」


 そうだっけ?


「マリウスさんは、迷宮に入ったことがあるのですか?」

「あ、はい。ルーシェさま。二、三度程度ですが、あります」

「迷宮のモンスターって、どんな奴?」

「えぇっと、生息しているモンスターは迷宮によってさまざまでして。迷宮にのみ生息するモンスターもいますが、ほとんどは地上で生息するモンスターと同じです」


 ダンジョン専用モンスターなんかもいるのか。


「アクアディーネ、どうやって迷宮に入るんだ?」


 俺たちの目の前に広がるのは湖だ。

 その湖の中心に神殿が見える。ただし高い塔の部分だけ。

 水が透き通っているから、湖底に神殿があるのがよく見える。


『うぅん、そうねぇ。水を引き上げさせる気はないしぃ』


 ギャルに戻ったアクアディーネは、腕組みをしてうーんっと考え込んだ。


「クラちゃんさまのように、水の中に空気の膜を作ったりはできないのでしょうか?」

『できるわよ。でもさぁ、それだと冒険者がくるたびに、毎回魔法をかけてあげなきゃいけなくなるでしょ?』

「あっ、そうですね。うぅん、ではどうしましょう」


 アクアディーネ、ちゃんと考えてるんだ。

 へぇ。


 水は残したまま、その都度魔法を使わなくてもいい方法……。

 カッコいい演出するなら、なんか映画で見た十戒だっけか、あれみたいに水がドバァーンって割れたりするのよさそうだよな。

 いや、できるかどうかわからないけど。


 で、話してみると、


『できるわよ』

「おぉぉ!」

『でもそれって、結局魔法じゃない。ずーっとアタシがここで待機して、冒険者がくるたんびにドバーンってやってあげなきゃならないでしょ』

「……おぉう」


 振り出しに戻った。


「あのぉー、いいでしょうか?」

「お、マリウス何か案があるのか?」

「あ、はい。あの塔まで船で移動できるようにして、そこから迷宮の入り口までは水が入り込まないようにしていただければいいんじゃないでしょうか?」

『船だと何隻も用意しないといけないね。じゃ、ボクが橋を作ってあげようか? 感謝していいんだよ?』

「でたな親切の押し売りベヒモス、く――ぐふっ」


 猪突猛進を喰らった。

 ウリ坊の姿でも、痛いものは痛い。


『橋ねぇ。それじゃあ景観も大事にして、湖面の神殿に合うデザインにしてちょうだい』

『いいよー。うーん、うーん……こんなのはどうかな。えい!』


 ウリ坊がぴょこんと飛び跳ねると、地面がごごごごごっと揺れ始める。

 みんながわーきゃー叫ぶ間に、湖底の土が盛り上がって橋が作られた。

 石煉瓦のような造りの橋はアーチ状になっていて、湖面ギリギリのところを歩く感じになっている。

 遠目からだと、湖の上を歩いているように見えるかもしれない。

 そして両脇には大精霊の銅像も立っている。

 立っているのはいいんだけど――


「なんだよ、この変身ポーズみたいなのは。それにウリ坊の姿だと威厳とかなんにもないだろ」

『かわいいボク』

「おい、さっきから気になってたがよ、まさかそれ……いや、その仔イノシシ様は」

「あ、ギルドマスターたちにも見えてるのか。えぇっと、このウリ坊がベヒモス、く『ベヒモスくんだよ』ぐっ……です」


 今度は小さな蹄で足を踏まれた。痛い。


「お、お前……いったいどうなってんだ。二大大精霊と親密な関係なのかよ!」

『わたしもいるぞ』


 ぶおぉぉーっと風が舞い、湖の水を巻き上げ竜巻となる。

 その水竜巻が四散すると、マッチョロン毛ことジンが現れた。

 ついさっきまでベヒモスの頭の上にちょこんと座ってたのに、なんでわざわざそんな登場するんだよ。


「ま、まま、まさかジン!?」

『ふっ』


 ふっ、じゃないし。


「お、おお、おまっ」

「ついでに言うと、クラーケンとも友達になった」

「んなっ!?」

「実を言うと、サンゴの件はクラーケンに頼まれたんだ。密漁してる奴がいるからってさ。この砂漠に雨を降らせるためには、大量の水を蒸発させなきゃならない。サンゴを守るって条件で、それを許可してもらったんだ」


 若干嘘が含まれているけど、俺がサンゴを成長させた――とは言えないから、そこは伏せておく。


「大精霊と友達とか、まったく……ふざけた野郎だ」


 ふざけた、と言ってるわりに、ギルドマスターの顔は笑っている。


 橋を渡って塔に入ると、中は螺旋階段になっていた。

 もちろん、水がたんまり入っている。


『わたしが力を貸してやろう。この精霊石を使うといい』

「精霊石? どうやって使うんだ」

『こうだ』


 雫型の指先ほどの小さな石だ。その石をジンが、塔の内壁に押し当てた。

 すると水がドバーっと消えた。


『風――つまり空気を送り込んで、水を押し出すのだ』

『その分、水位が上がっちゃうね。少し橋の高さを高くしようっと』


 また地響きがして、橋の高さが変わった。


『この精霊石の力は、わたしが存在している限り続く。また愚か者対策として、決して動かせぬようにもしてある。もし壁ごと取り外そうとした場合――』

「した場合?」


 ごくり。

 ジンがニチャァっと笑う。


『水が一気に流れ込むだろう。その結果、この塔が破壊され、盗人は神殿の底に沈むことになる。くくくく』


 殺しにきてるううぅぅぅぅー!?


 振り向くと、それを聞いていた冒険者の皆さんの顔が青ざめていた。


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