第124話:緑化のために港を

「大精霊様から奪った精霊力で町が潤っていたとは……知らなかったこととはいえ、それで我々は生かされておりました。謝罪と同時に、感謝もしております」

『知らぬ者たちを責める気はありません。町長、あなたは権力者にしては、なかなか話のわかる方のようですね』

「お許しくださるのですか! ありがとうございます」


 町長はほっと胸を撫でおろした。

 ここで大精霊を怒らせては、今度こそ町に雨が降らなくなるか、逆に大雨で水害が起こるかもと思ったからだろう。

 なんせ目の前に、大精霊を怒らせて水害を受けた連中がいるのだから。


『ところで町長。私はね、この砂漠が以前のように緑の大地に戻したいと思っているのです』

「み、緑が溢れる? 町の歴史を綴った古い書物には、以前は緑の大地であったことが書かれていますが、本当なのでしょうか?」

『今の時代を生きる人間には、想像もできないでしょう。確かに内陸ほど緑が溢れていたとは言い難いかもしれませんが、それでも草原が広がる、美しい大地だったのですよ』

「何百年と、あなた様から奪った力で、この砂漠は多少潤っておりました。それでも草原というのは、夢のまた夢」

『私ひとりの力では無理だからです。ですがここにいるダイチユタカは、それを実現できる可能性を秘めております』


 って、いきなり俺の名前出すの!?


『水、風、大地の大精霊が彼に力を貸しています。ですから町長、ぜひあなたの力も貸してほしいのです』

「こ、この少年の? いったいわたしは何をすればいいのでしょう?」


 アクアディーネは俺を見てニッコリとほほ笑む。

 どういうこと?


『船だよ、船』

『港の建設を要求しろと言っておるのだ』


 足元から声がする。

 砂漠を緑化させることと港と、どこに共通点があるんだ?

 アクアディーネもじーっとこっち見たままだし……こうなったら。


「み、港の建設の許可をください。内陸との交易で、まずは物理的に人々の暮らしを豊かにしていきましょう。同時に、いろんな植物を仕入れて育てます。暑さに強い植物がいいですね」

「こう、えき……」

「おほん。町長さんよ、ゾフトスの港の関税が値上がりするって話は聞いてるだろう?」

「お、おぉ、聞いておる。店を持つ者たちが頭を悩ませておったな」

「初めまして町長殿。わたしは内陸で商いを行っているストッカー商会の者でございます」


 ここでゼブラ氏が前に出て名乗る。

 自分は砂漠と内陸を結ぶ交易をするために、ここへやってきた――と、ちょっと盛って自己紹介をした。

 俺たちと――ってのが真実だけど、港が完成すれば砂漠全土との交易を一手に引き受けたいって気持ちもあるんだろう。


「砂漠に港を作れば、わざわざゾフトス王国を経由する必要がなくなります。そうなれば今までより内陸の品を安く手に入れることができるでしょう。わたしどもも砂漠の品を安く買うことができます。お互いの利益につながると思いませんか?」

「た、確かにそうなのだが、これまでも港の建設計画は合ったのだ。だがそれには大量の資材が必要になる。見ての通り、砂漠には建築に適した木が少ない。南の内陸から仕入れる必要があってだね」


 あぁ、なるほど。そういう問題もあったのか。

 町の周辺のオアシスなんかには、木が結構いっぱい生えている。

 でも建材向けには見えない。


 それに港ともなると、桟橋だけじゃなく倉庫みたいな建物だって必要だろう。

 船乗りが休憩できる食堂や宿だってあった方がいい。

 となると、かなりの木材が必要になる。

 それを全部外国から仕入れるとなると、膨大なお金が必要になるだろうな。

 さらに建設に必要な人材、人件費も。


 国、ではないこの砂漠に、そんな大金を出せる経済力はないんだろうな。


 けど――


「建築資材は俺が用意します」

「き、君が?」

「はい。あとは人材と人件費か」

「専門の職人はわたしどもで内陸から呼び寄せます。しかし町からも人を雇って、働いていただこうと思っております。昨日一日町の様子を見てまわりましたが、仕事を探している方も多いようでしたから」


 ここだと、町の外で仕事を探すってこともできないからな。

 雇用問題も解決できそうだ。

 あとはお金だ。

 人を雇えば当然、給料を払わなきゃならないからな。


「それならよい案がございます」

「町長さん、いい案って?」

「先日、クラーケン様より頂いた真珠の数々です。海岸を警備する者たちへの報酬金として、ごく一部をゾフトスの商人に売却しておりますが、ストッカー氏に直接内陸へ運んでいただければ、もっと高値で売れる事でしょう。警備の者たちに支払っても、余りある量ですから」


 人件費に必要な資金は、港が完成するまでのものでなくてもいい。

 船が停泊できるだけの、必要最低限の施設があれば交易を開始できる。

 交易で得た利益で、足りない分の人件費に当てればいいのだから――と。

 

「そりゃいいと思うぜ。うちの連中も、最近暇してるのが多いからな」

「ギルドスタッフが?」

「いや、冒険者だ。雨の影響か、砂漠のモンスターが減ってるらしいんだよ。南に拠点を移そうって連中も出始めてんだ」


 こっちの方でもモンスターが減っているのか……。

 でもゼロじゃない。冒険者が減るのは問題だな。


『あら、それでしたらよい狩場が近くにありますわよ』

「え? だ、大精霊様、それは本当ですかい?」

『はい』


 アクアディーネがニッコリ笑って、さっきからずっとピクリともしない神官どもを見た。


『わたしが閉じ込められていた神殿、あの地下に巨大迷宮がありますのよ』


 それってつまり、ダンジョンのこと!?



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