第123話:ちんちくりん

「町長は生きてるか?」


 ギルドマスターの案内で訪れた町長宅。

 呼び鈴鳴らして出てきた人に対し、ギルドマスターのこの言いよう。


「生きてはいますが、頭は抱えられているでしょうね。ギルマス様、後ろの方々は?」

「あぁ、実はこいつらが港を作りてぇってな」

「港……でございますか?」


 初老の執事風の人が、俺たちをじぃーっと観察するように見た。

 目を止めたのはマリウスの従兄のゼブラさんのところだ。


「商人、でございますか?」

「はい。ゲルドシュタル王国を中心に商いを行っております、ストッカー商会の者です」

「砂漠でご商売を?」

「はい。このマリウスはわたしの従弟でして。彼が砂漠の集落で暮らしているのですが、ここには内陸で手に入らない物がたくさんございます。そして内陸でしか手に入らない物もたくさんございます。それは互いの利益につながるものだと思いまして」


 まさにその通りだ。

 執事風の人も気になったのか、頷くような仕草をした。


「旦那様の助けになるかもしれませんし、執務室の方へと押しかけてください」

「おう」

「え? お、押しかける?」


 首を傾げる間もなく、ギルドマスターがずかずかと屋敷に入って行ってしまった。

 俺たちは顔を見合わせ、その後を追う。

 一階奥の部屋に向かったギルドマスターは、ノックもしないで部屋の扉をバンっと開けた。


「邪魔するぜ町長。お、これはこれは水の大神殿の神官方ではないですか。いやぁ、いるとは知らなかったもんでよぉ、悪いねぇ」


 うわぁ、なんて大嘘つきだ。

 まぁ俺たちもいろいろと人のこと言えないけどさ。


「お、おぉ、ギルドマスター。どうした? ん? なにかあったかな? もしかしてサンゴの密漁者か!? クラーケン様のサンゴ礁を荒らす不届き者がいたのか! ん?」


 なんか町長、嬉しそうだ。

 部屋の中には町長の他にも三人いた。全員が上から下まで真っ白な、砂漠の民族衣装っぽいものを着ている。顔も布で隠していて、口元しか見えない。


「話があるのなら後にしろ。今は我らが町長と話をしている最中である」

「こっちも大事な話があるんだよ」

「なんだと! たかが冒険者ギルドのマスター風情が、水の大精霊様の使者である我らにたてつくか! それが何を意味するのか、わかっておるのだろうな」

「貴様らの不敬が、雨量を減らしていたのだとわからぬのか!」

「我らが祈り、大精霊様に願ったからこそ、再び雨が降り始めたのだ。神殿に敬意を払え!」


 何言ってるんだろうな、この連中。

 

 初めて俺たちが町に来た時は、雨がしばらく降ってないって話を食堂で聞いた。

 それはアクアディーネが神殿から出て行ったからだけど、それだけじゃない。

 神殿に閉じ込められ、力を奪い続けられたアクアディーネの仕返しだったんだ。


 アクアディーネを怒らせたのは、まさにお前たちなのに。


 あと、大精霊の使者だとか言ってるけど、こいつら全然見えてないよな。


 三人の目の前で仁王立ちしている、手のひらサイズの水の大精霊を。


『アクアちゃん、怒っちゃってるね』

『致し方あるまい』


 足元のウリ坊、そのウリ坊の頭に座ったミニジン。

 二人の小さなため息も聞こえてくる。


「もう何百年も昔のことだし、水の大精霊を騙した張本人はこの世にいないんだろうけど、その件とかって今の神官たちは知ってるのか?」


 気になったことをぶっちゃけて聞いてみた。

 神官たちの口が真一文字に結ばれ、明らかに動揺が走る。


 あ、こりゃ知ってそうだな。


「な、なにを言うか小僧!」

「我らの尊師が大精霊様を騙すなど、あるわけなかろう! 尊師は大精霊様と共に力を合わせ、この砂漠の町に潤いを与え続けてきたのだっ」

「そのような大それた嘘を、いったいどこのどいつから聞いたっ」

『アタシよ』


 突然、アクアディーネの色が濃くなった。


『今ね、アクアちゃんの姿、みんなに見えるようになってるんだよ』

「あ、そうなんだ」


 ただ手のひらサイズのままだからか、神官たちはいまいち気づいていない。

 声だけがしたから、キョロキョロしている。


『ここよ、ここ』

「ん、んおああぁぁっ!?」

「なな、な、なんだこれはっ」


 アクアディーネは少し大きくなった。身長五〇センチぐらいに。


『アタシが水の大精霊、アクアディーネよ』

「み、水の? は、はは、な、なにを言っているんだ」

「そ、そうだ。水の大精霊様が、こんなちんちくりんなわけあるか!」


 アクアディーネは顔に笑みを浮かべている。

 うん、あれは怒ってるなぁ。


『ちん、ち、くりん……ですってぇぇ』


 ごごごごごごごっていう効果音が聞こえてきそうだ。

 かわりに水の体がぼこぼこと沸騰しはじめ、そして少女の姿から大人の女性へと変貌した。

 そのサイズは人間と同サイズに膨れ上がっている。


『これでおわかりかしら? わたくしが水の大精霊、アクアディーネだということを』


 返事がない。

 ただの屍……ではなく、魂が抜けたように呆けている。


「だ、大精霊様、ですか? 水の大精霊……」

「んな、え? さっきのちっせぇのが、このべっぴんだってのか?」


 先に声を出したのは町長とギルドマスターだ。

 マスターのべっぴん――という言葉に機嫌をよくしたのか、アクアディーネはギルドマスターに微笑みかけた。


『んっふ。正直者は嫌いじゃないわよ』

「ふぉおおぉ」


 おいおい、誘惑してんじゃねぇよ。


「だ、だい、だだ、だい、み、」

「水の、だい、大精霊!?」

『そうです。数百年前、そなたらの言う尊師に騙され、神殿の地下で力を奪い続けられた水の大精霊ですわ』

「「ひっ!」」


 三人は肩を抱き合い、その場でがくぶると震えだした。


『お前たちが町へ来たのは、水没した神殿の件でしょう?』

「え、水没?」 


 どういうこと?


『だってこの者らは雨をずぅぅーっと願っていたのですもの。だから百年分の雨を大サービスしてあげたんですわ』


 ひゃ、百年分!?


 アクアディーネさん……実はしっかり復讐していたんだな。

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