第2話子豚のラブロマンス

「ねぇ、お願いしますよ~シチローさん」

「お願いしますよって……キミ、本気で言ってるの?」


ここは、新宿のとある居酒屋。シチローは、知り合いの情報屋である25歳の青年『新田晃にったあきら』という男と二人で飲んでいたのだが、突然この新田に個人的な相談を持ちかけられてしまった。


「だって、今フリーですよね?彼女」

「確かに、彼氏がいるって話は聞いた事が無いけど……」

「だったら問題無いじゃないですか、是非上司のシチローさんの力で、仲を取り持って下さいよ」


つまり、そういう事である。


「しかし……よりによって、コブちゃんに惚れるなんて……新田君も変わってるね」

「何言ってんですかっ!子豚さんの、あのチャーミングで大らかな性格、サイコーじゃないですか!」

「まぁ…………大らか過ぎなのもね……」


同じ頃『森永探偵事務所』では……


「ヘックショイ!」

「あれ、コブちゃん、風邪?」

「フッフッフ…きっと、どこかのイケメンが私の事を噂してるんだわ」


結局……居酒屋で新田にたらふく酒を飲まされ、すっかり上機嫌になってしまったシチローは、新田の頼みを引き受けてしまったのだった。


(いやあ……我ながら、軽率だったなぁ~

とりあえず、コブちゃんのを聞いておかないと……)


シチローは、さりげなく子豚に質問をしてみた。


この“さりげなく”というのが大事である。


あまりストレートな質問をすれば、子豚に変な疑問を持たれかねないからだ。


「ねぇ、コブちゃん。

コブちゃんが最近ハマっている有名人って誰かな?」


我ながら、これは上手い誘導だとシチローは思った。


これならきっと子豚は、今流行りのお気に入りのタレントや、イケメンスポーツ選手の名前を挙げて来るに違いない。


「う~ん…最近ハマっている有名人ねぇ……」

「誰か一人位いるだろ?誰か?」


ところが、子豚が口にした名前はシチローの想像とは少し違っていた。


「アヴリル・ラヴィーン」

「あ…アブ……?」



【アヴリル・ラヴィーン】

1984年9月27日生まれ。

全米の音楽シーンをリードし、日本でも若い女性中心に絶大なる人気を誇る、シンガーソングライターの女性ポップロックシンガーである。


「あっ!コブちゃん、あたしも好き~『スケーターボーイ』最高だよね」



隣にいたひろきが、アヴリルのヒット曲を引き合いに出して、子豚に賛同したが


(…誰だよそれ…?)


洋楽のヒット事情にうといシチローは“アヴリル”の事を知らなかった。


「あっ!もしかして、シチロー知らないんじゃないの~」

「そ、その位知ってるさ!今、人気絶頂の外人だろ?」


ひろきに馬鹿にされ、とりあえずそう言って誤魔化すシチロー。


確かに、アヴリルなんて日本人でない事位は判るが、肝心な事……アヴリルが女性である事すら、シチローには分かっていなかったのだ。


(まぁいいさ…そんなに有名人なら、新田君が知ってるだろう……)


とにかく、この貴重な情報を新田に伝えるべく、シチローはその夜、再び新田を居酒屋へと呼び出した。


「それで、どうでした」

「うん、貴重な情報を入手したよ…コブちゃんの理想の男性像というのは、驚くなかれなんと外国人なんだ!」

「えっ!そうなんですか!……さすがは子豚さん、目の付けどころが違う……それで、その外国人って誰なんです?」


しかし、新田にその外国人の名前を訊かれると、シチローは天井を見上げ、口ごもってしまった。


「え~とねぇ……え~と…誰だっけ…」


居酒屋で飲んだ酒のせいか、性格のいい加減さによるものなのか、肝心の名前がなかなか出て来ないシチロー。


「ちょっと、シチローさん!呼び出しておいて、それは無いでしょう!

ちゃんと思い出して下さいよ!」


「え~と……確か、アブなんとか…アブ……」


そこまで聞いた新田は『アブ』のつく外国人を、必死に頭の中に思い浮かべていた。


そして、真っ先に思い浮かんだ名前を叫んだのだ。






「わかった!『アブドラ・ザ・ブッチャー』だ!」

「そう!それっ!そんな感じだった」


って、全然ちげ~~だろっ!



【アブドラ・ザ・ブッチャー】

全日本プロレスの悪役黒人プロレスラー。

得意技は“地獄突き”。


「ブッチャーが理想の男性像だなんて……確かに、体型は似ているものがありますけどね……」


腕組みをして、辛辣な表情で頷く新田。


「本人に聞いたんだから、間違い無いよ

しかもに乗ってれば完璧だ!」


アヴリルの代表曲である『スケーターボーイ』は、かなり歪んだ解釈でこの中に盛り込まれてしまった。



♢♢♢



「コブちゃん、実は君に会って欲しい人物がいるんだけど……」


シチローは子豚と新田を引き会わせる事にした。


「私に会って欲しい人って、一体誰なの?シチロー?」


シチローは、一瞬考えたが……ここは正直に本当の事を話した方が賢明だと思い、子豚に新田の想いを伝えたのだ。


「オイラの知り合いに、新田という男がいるんだけど、実はこの新田君がコブちゃんの事をね…………」


シチローから、この話を聞いた子豚は、内心とても喜んでいたが、敢えてそれは表に出さずクールを装って答えるのだった。


「……私も罪な女ね……まあ、会う位なら会ってあげても良いけど……」

「本当に?いやあ~そう言ってもらえると、オイラも助かるよ」


交渉が成立し、満足顔で部屋を出て行こうとするシチローの背中越しに、子豚が付け加えた。


「ところで、その人ってイケメンなんでしょうね!」

「えっ?」


しかし、シチローはその子豚の問い掛けに、満面の笑顔でこう答えるのだった。


「それは心配いらないよ、彼はコブちゃんのそのものだから!」



♢♢♢



それから一週間後の日曜日の午後……


シチローが新田と子豚を引き会わせる場所に選んだのは、近所の公園だった。


シチロー、子豚の他、この話を聞きつけたひろきやてぃーだも当然、興味津々な面持ちでこの場所に駆けつけていた。


「ねえ、その新田さんてどこにいるのよ?」

「う~ん…もうすぐ現れると思うんだけど……きっと、色々と準備があるんだと思うよ」

「準備?……ああ、最近は男の人でも色々オシャレするもんね」


そんな話をしていると、まもなく……公園に面する駐車場に、颯爽と一台の真っ赤なスポーツカーが到着した。


「あっ、新田君の車だよ、あれ」

「キャア~~カッコイイ車」


子豚よりも、隣のひろきの方が黄色い声を上げていた。


しかし、子豚の表情も、まんざらでは無さそうだ。


真っ赤なスポーツカー、そして、ちょっとだけ遅れて登場するといった、新田のここまでの演出は、子豚の期待感を煽るのに申し分ない演出と言えた。


真っ赤なスポーツカーのドアを見つめる子豚の瞳は、心なしか少し潤んでいた。


「新田君……イケメンの新田君……」


きっと、あのドアの向こうからは、『佐藤 健』ばりの爽やかなイケメンがやって来るに違いない。


子豚の脳内では、そんな妄想がアドバルーンのように膨らんでいた。


そして、皆の視線が集中する中、そのスポーツカーのドアが静かに開いた……



♢♢♢



車の中から現れた黒い影。


いや、影では無かった。


黒いタイツと黒ブーツに上半身は裸。


その裸の上半身も、真っ黒に塗りたくり、頭はスキンヘッド!


『準備に時間がかかる』とは、この事だったのだろうか……


大音量で流れる、ブッチャーのテーマソング

』と共に、スケートボードに乗った新田 晃が子豚の方へ猛然と向かって来たのだ!


「子豚さあああぁぁぁぁ~~~~~ん」


「何よ……アレ……」

「あれが新田君だよ、コブちゃん」

「…………………」


子豚は、数秒間シチローの顔を無表情で見つめていた。しかしその後に、その顔を満面の笑みに変え、新田の方へと駆け寄って行ったのだ。


「キャア~~~新田く~~~~ん」

「子豚さぁぁぁ~~ん」


隣にいた、てぃーだとひろきが驚いたように顔を見合わせた。


「まさか、コブちゃん………」



「な訳ないでしょ!」


ガッシイィィーーン!


「ハウッ!」


往年の最強プロレスラー、『スタンハンセン』も真っ青の、が新田の喉元にめり込む!


そして、スケートボードから転げ落ち、仰向けに伸びている新田の上に子豚が乗った。


「ひろき!カウント!」

「ワン!ツー!スリー!勝者、コブちゃん」


新田の愛の告白は、子豚の一発のラリアットによって、脆くも崩れ去ってしまった。


そして、その原因を作った張本人シチローは、呟くのだった。


「う~ん……完璧だと思ったのになぁ……

やはり、男はなんだな……」



























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