episode_013

 その頃、和明と仁は、池袋のカラオケボックスにいた。

「お前、無茶しすぎだよ、仁。どうするんだよ、こんなことして」

 二人の目の前には、アタッシュケースに入った1キロの覚醒剤が置かれていた。

「いつまでも田淵の言いなりになんかなれるか。あぶない橋は、俺らばかりが渡って、自分は、家具屋のオーナーだ。だから、コインロッカーからこいつを取り出した時、ふけようと思ったのさ。このあたりで、ひと山当てて、男になるんだよ。南さんが、ケツもってくれるから、大丈夫だって」

「南さんって、信和会の?」

「そうだよ。この話がまとまれば、南さんも幹部になれるって言ってたし。ちょっと決めるか」

 仁がパケをだして、準備する。エスを深く吸い込む。和明もそれに続く。

「たまんなねぇな。美林閣から田淵が仕入れて、俺らがさばく。考えたら、ばからしいよな」

「そうそう。直接取引すれば、田淵が抜いてる分、こっちの儲けになるわけよ。『大体、堅気のくせにこんなもの扱って田淵が、おかしい。ちょっと中国にコネがあるんだか、なんだかしらねえが、素人に舐められてたまるかって』南さんが言ってた。田淵をしめたあと、美林閣とも話つけるって、言ってるし。今回の分はいつものとおり、田淵が先に払ってるから、美林閣も文句ないだろうしな」

「そうだよな。俺も、大きくなりたいんだよ、これに賭けるわ」

「後は、いつもの通り、俺らが店の客にこれ売って、また、儲ける。この先、金貯めたら、俺らが直接、美林閣から仕入れて、売ればいーじゃん。南さんに、上がりのいくらかを入れれば、ケツ持ちしてくれるし」

 和明は、史子とやっている所を思い浮かべ、激しく勃起していた。


「会長、申し訳ございません」

 翌日、自分の部屋で田淵は電話をしていた。

「申し訳ないで済まないのは、田淵もわかるだろう。何年、これで、しのいでるんだ」

 信和会会長の大野は、声を荒げることはしなかったが、逆にそれが、大野の怒りを表していることを、田淵は知っていた。

「なぁ、田淵、お前は賢い。だから、どうすれば良いか、わかるな?」

「もちろんです」

「俺には、お前が必要なんだ。お前のおかけで、俺は、もう一歩高いところへ行けそうなんだよ」

 田淵は、信和会の金をきれいにする、いわゆるマネーロンダリングを担当していた。その手法は、金をきれいにするだけでなく、田淵の才覚で大きな利子も生んでいた。S&Dが、その最たるものである。大野は、その利子を使って、組織の上部団体である日本最大の暴力団赤塚組の幹部になろうと画策していた。

 田淵は企業舎弟にあたるが、表面上、信和会とのつきあいは一切ないように見える。信和会の中でも、田淵の存在を知っているのは、トップの三人だけだ。これは、大野が周到に用意をして、表の顔として機能するようにしたためであり、こういった狡猾さが大野を今の地位までにした。田淵もそれに応え、そして、それ以上に貢献しているため、組織内での地位は高く、大野以外は、こういったもの言いで田淵と話すことはできない。

「会長には、分に余る処遇をして頂き、感謝しております」

 田淵のビジネスは、中国から覚醒剤を運んでくる隠れ蓑としてスタートした。そして、その成果を認められて、今の仕事をするようになった。本来であれば、マネーロンダリングだけに集中すべきところだが、田淵は中国サイドに多大の信用を得ており、いくつかある覚醒剤ルートのうち、美林閣ルートだけは、田淵が担当していた。また、このルートは、今では、トップの三人だけが知っているもので、そういったこともあり、組の人間を使わずに、ホストにプッシャーをさせていたのだ。

「だったら、その恩をちゃんと返してもらおうじゃないか。今日、山岡が、おもしろい話をもってきた」

「山岡がですか?」

 山岡は、信和会でナンバースリーの地位にあり、金庫番である。ナンバーツーの辺見が、力で伸してきたのに比べ、力でなく頭で伸してきた山岡は、その仕事柄からも田淵とつきあいが深く、二人は仲が良かった。

「うちに若いのに南っていうのがいるんだが、半端もんで、困っていた。こいつが、美林閣ルートを仕切れると山岡に言ってきたそうだ。ブツは抑えたとな。どうやら、飼い犬に手を噛まれたようだな、田淵」

「申し訳ございません。今回の仕入れ代金は、私が責任を持たせて頂きます」

「そう、わかってるな、田淵。お前に力は求めていない、お前はお前のやり方でケツを拭けばいいんだ。南のことは、辺見にまかせる。あとは、中国側と話をつけてくれ」

「かしこまりました」

「それから、そっちの若いのはどうする? 辺見に任せるか?」

「いえ、それでは迷惑がかかりますし、私との繋がりが露見しかねません。元はと言えば、私の教育が至らなかったことが原因ですから、私が始末します」

「そうか。中国を使うんだな?」

「そうするつもりです」

「美林閣ルートも、そろそろ誰かに任せよう。山岡にやらせるから、これを機会に、中国側に話をして、お前は手を引け」

「かしこまりました」

「それじゃ、くれぐれも頼むぞ」

「間違いなく」

「あとで、山岡に電話させるから。本業に専念して、もっと稼いでくれ」

「はい、本当に申し訳ございませんでした」

 電話を切りながら田淵は、「本業に専念して」か、これで上納金の額がまた増えるな、と思い、普段はめったに吸わない煙草に手を伸ばした。


 和明と仁は、覚醒剤を持って、南のマンションにやってきた。

「よくやったぞ、仁」

「ありがとうございます」

「これからは、仁と大輝が、俺のチームだ、稼がせてやるからな」

「本当に大丈夫ですか?」

「口がすぎるぞ、大輝、素人の田淵に変わって、俺が仕切るんだ。俺の後ろには、信和会っていう金看板がついてんだよ」

「申し訳ございません」

「さて、次は中国と話をつける番だ」

「美林閣のオーナーは、楽という親父ですが、こいつは関係ありません。こいつの従兄弟にあたる謝という人が、ビジネスを仕切ってまして、打ち合わせで美林閣を使っているだけです」

「その謝ってヤツの連絡先はわかるのか?」

「謝の電話番号は知りませんが、俺らが良く接する、現場を担当している陳と林ってヤツらがいて、すぐ連絡がつきます」

「それなら、その陳か林に連絡しろ」

「陳は日本語わかりませんが、、林は日本語話せます。さっそく連絡を取ってみます」

「たのむぞ」


 麻菜のテーブルの客から、史子は場内をもらった。麻菜自身は、かなり酔っている。

「栗山さーん、もう一本飲んでいい?」

 甘えた声で、栗山に寄りかかりながら麻菜がいう。

「お前、ピンドン何本空ければ気が済むんだ」

 少なくなった羽振りの良い金融屋の一人である栗山がいう。

「麻菜、大丈夫? ちょっと飲み過ぎだよ」

「いいの。栗山さん、いいでしょ?」

「いいけど、その代わり、このあとつきあえよ」

「いいよ、栗山さんなら、ぜーんぶあげちゃう」

「麻菜さん、大丈夫ですかね」

 栗山の片腕と言われる専務の酒井が、史子に問いかける。

 酒井は、栗山と一緒に店に来ても、いつも大人しく飲んでいるだけで、指名嬢もいない。というより作らないようにしているように見える。

「玲香ぁ、今日、栗山さんたちとアフターつき合ってね」

「アフター、いいけど大丈夫?」

「だいじょーぶでーす。栗山さん、もっと飲もうよ」

 営業終了後、更衣室で着替えながら麻菜が史子に言う。

「今日、つきあってね」

 さっきまでのはしゃぎようとはうってかわって冷静だった。

「いいけど」

「あのね、今日、栗山さんと行くから」

「えぇ? 行くって?」

「そういうこと。玲香は酒井さんに送ってもらって。あの人、実は女に興味ないから大丈夫」

「それは、いいけど、本気なの?」

「まぁね、いろいろあってさ。必要なんだよね。栗山さん、出してくれるって言ってるし」

「まさか、遼介君のため?」

「ちょっとたまっててさ。あたしが支えるって決めたし、あいつ独立するつもりでいるから。独立してしばらくしたら裏に回って、一緒になるって言ってくれたし」

「一緒になるって・・・でも、それなら店で使わず、貯めればいいじゃん」

「バカだなぁ、玲香は。勉強はできるのに、こういうことはわかんないのね。・・・あたしだってわかってるよ、それぐらい。あいつの言葉、信用しているわけじゃない。多分、一緒になる気なんかない。でもね、そうしたいの、でね、ひょっとしたら、本気でそういう風に思ってくれるようになるかもしれないし」

「そっか、そこまでいうなら止めないけど・・・なんか」

「それ以上言わないで」

「わかった」

 店を出て、栗山達が待つ喫茶店に二人は向かった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る