episode_014

 二人一緒か

 店からでる姿を、路地から見ていたのは岡崎だった。

 あれ以来、スプレンディに行かなくなった、いや、行けなくなった岡崎は、店の前で史子を待つことにしたのだ。連絡する、と言いながら、史子からはメッセージも電話もなく、こちらから電話すると、着信拒否になっていた。そこで、史子と話をする機会を作ろうと考え、今日、初めてそれを実行したのだ。

 二人一緒じゃ、話ができないな

 それでも、二人の後を追いかけようとした。二人は、すぐそばの喫茶店に入った。ガラス張りの喫茶店をのぞくと、二人の男が彼女達を迎えた。

 アフターか・・・どうするかな。アフターが終わるまで待つか

 四人が喫茶店から出てきた。麻菜は、栗山に抱きかかえられるようにして歩いている。史子と酒井は、少し離れて、言葉を交わしている。

 酒井が止めたタクシーに、全員が乗り込んだ。

 新宿じゃないんだ、どこへ行くんだ。真由美はあまり楽しそうな顔をしてなかったな。多分、麻菜が無理矢理誘ったんだろう。それなら、真由美がどうにかなるわけではないだろうし

 そう思った岡崎は、始発までの時間をマンガ喫茶で過ごすことにした。

 運良く個室のブースに入ることができた岡崎は、携帯のタイマーを六時にセットして、眠りにつこうとしたが、眠ることができないのは、わかっていた。テレビのモニターを眺めながら、岡崎は思った。

 どうしてこんなことしているんだろう。真由美は、俺のことを思ってくれないのか・・・

 モニターには、ヒロインの女優が史子に似ているという理由だけで借りた、高レート麻雀がテーマのビデオシネマが映っている。

 ヒロインの女優が、負けてばかりで、借金が膨らんだ主人公に語りかけていた。

「どうして、また、負けて借金が増えるかもしれないのに、打ちにいくの」

「ここまできたら、もう、引き返せないんだ。負けたままでやめたら、そのままだが、打ちにいけば、勝つことができる」

「うちのお父さんもそういってたけど、結局、勝てないで終わったわ。そういう人を沢山見てきた」

「誰もが勝てるわけじゃないのは、知っている。でも、引き返せないんだ。打ちに行かなければ、俺が俺じゃなくなる」

「あなたはあなたじゃない。博打をしなくても、あなたよ」

「あなたは、あなたか・・・ じゃ、そのあなたっていうのは、どういう人間か説明してみろよ。博打を打たない俺っていう人間を」 

 俺は、なんなんだ

 岡崎は、持ち込んだ缶ビールをあおった。


 六本木の鉄板焼レストランで、軽く食事をしたあと、麻菜は、栗山とタクシーで去った。残された史子に、酒井が、よかったら軽く飲まないか、と誘ってきた。

「大丈夫、ぼくはゲイだから、玲香さんを襲ったりしないから」

 酒井が笑いながら言った。

 こぢんまりとしたバーのカウンターで、酒井が煙草に火をつける。史子は、注文したサンセットドライバーを飲んだ。

「おいしい。他のお店と全然ちがいますね」

「それはよかった、少し度数の高いテキーラを使ってるから、そのせいかな。ここ、いい店だから、玲香さんも気に入るじゃないかなと思ってね」

「六本木って、学校の友達とたまに来るんですけど、なんか、ちょっと馴染めなくて・・・。でも、ここにはまた来たいと思います」

「玲香さんて学生だったんだ、それじゃ、何している時が楽しい?」

「なんでしょう・・・今は、目標ができつつあるので、そのための準備をしている時ですね」

「目標か。ぼくも目標があったんだけどね。今は、栗山社長に使われる身だからね。でも、歌舞伎町っていう街にいるだけで、なんだか、楽しいよ。うち、金融屋だろう、たまに手荒いマネをしなくちゃ行けない時があって、そういうのはぼくの担当なんだけど、結構、疲れるんだよね。でも、歌舞伎町でご飯食べたり、飲んだりしていると、なんていうのかな、居場所を見つけた安心感っていうか、そういうのがあってね。本当にいろんなヤツがいるし」

「そうですね。私もこの仕事をして、世の中って本当にいろいろな人がいるんだな、と思うようになりました」

「六本木って、なんだかキライだよ、うちの栗山社長は好きみたいだけど。気取っててさ、そのくせ中身が無いヤツ多いし、ね、マスター」

 カウンターでグラスを磨いていた三十代後半に見えるマスターに向かって酒井が言った。

「六本木に飲みに来てて、嫌いはないだろう、シンちゃん。まぁ、俺も元々は新宿だけどね」

「マスターは、元々ゴールデン街で働いてたんだけど、マスターの彼氏が、ちゃんとしたバーをやれ、って、ここに店を持たせてくれたんだよね」

「彼氏?」

「マスターも、いや、本宮さんもぼくと同じでね。六本木で手広く商売していた本宮さんの彼氏は、結婚していて、一緒に住めないかわりにここにお店を作ったたんだ。いつでも本宮さんと会えるように。名義も本宮さんの名義にして。でも、お店を開いて二年後に交通事故で亡くなって。あれから、もう三年ですね」

「この秋で四年だよ」

「本宮さんには、本宮さんがゴールデン街で働いているときに、本当によくしてもらってて」

「あの頃、シンちゃん、ダンサーになる夢が破れて、荒れてた時期だったたな」

「酒井さんって、踊ってらしたんですか」

「シンちゃんは、モダンバレーをやってたんだけど、靭帯切っちゃって、踊れなくなってさ」

「そうだったんですか」

「本宮さんがいたから、ぼく、まともになれたんだけどね、歌舞伎町って、そういう街だよ、玲香さん。もっとも、今の仕事がまともとは言えないけど」

 酒井は笑いながら、ロックグラスを空けた。

「私、スカウトの人に六本木を勧められたんですけど、何故か、歌舞伎町が良くて。その理由が少しわかった気がします」

「でもね、歌舞伎町もいいことばかりじゃないし、ね、本宮さん」

「そうだね。これは、どこの街でもそうだけど、裏があるからね。玲香さんも気をつけた方がいいよ」

「ある人から、同じことを言われました。そして、その線を越えるな、と」

「それは、正解だよ」

 本宮の声を聞きながら、田淵とは、本当に終わったと史子は思っていた。


「岡崎課長、お電話です」

「どちらから?」

「山之内さんとだけ」

 夕方六時、なにもないので今日は帰ろうと思っていた岡崎に電話がかかってきた。

「もしもし、岡崎でございます」

「岡崎さん、新宿のクラブカイザー大輝だけど、覚えてるかな」

 岡崎は、平手打ちを食らったように顔をそむけ、声を落とした。

「どうして会社に電話をしてくるんだ、俺はなにもしてないぞ。電話切るからな」

「ちょっと待ってください。驚かしたのは謝りますよ、それに、この前は、失礼なことをしたかなと思って。それで、岡崎さんにお詫びのつもりで、いい話をもってきたんです。会社では話難いしょうから、次のスマホに電話してください」

 そういって和明は、自分の携帯番号を告げた。

「三十分後に電話ください、いいですか?」

「わかった、電話するから、会社にはかけてこないでくれ」

「大丈夫、岡崎さんが、電話をくれなら、もうかけないとお約束します」

三十分後、新宿駅の地下街から、岡崎は和明に電話をした。

「もしもし、岡崎だが」

「岡崎さん、公衆電話からですね、今、どこですか?」

「新宿駅にいるよ」

「それは良かった。実は、岡崎さんを玲香さんに会わせてさしあげようと思って」

「それは、ほんとか? 真由美・・・いや玲香とは全然連絡とれなくて、困っていたんだ」

「そうでしたが、玲香さんも、なんだか悪い気がしてるんだけど、言い出せなくて、と言っていましたよ」

「それじゃ、直接、玲香に連絡してみよう」

「いや、玲香さんは、ご承知の通り、意地っ張りなところがあるんで、多分、電話に出ないですよ」

「そうか・・・」

「そこで、私が玲香さんにも内緒で、岡崎さんと玲香さんを引き合わせますよ」

「本当か?」

「本当です。お詫びがしたいって言ったじゃんないですか。三時に美林閣に来れますか?」

「三時だな。必ず行く」

「営業終了後、私が玲香さんを美林閣にお連れしますから」

「わかった」

「それじゃ、後でお会いしましょう」

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