45. 騎士の魔力とシンクロ
アレクと二人で宿に戻ると、支配人は事情を察したのか、すぐに厳重な箝口令を敷いた。実際は命令なんて生易しいものじゃなく、魔法で口止めしたのだけれど。
それはそのはずだ。お忍びとはいえ、自国の王太子と隣国の王女が連れ立って宿に現れたのだから。こんなことが外に漏れれば、ある意味で王室ゴシップ。スキャンダルだ。
アレクは髪の色を変えていたし、いつもかけている賢そうな眼鏡を外していた。とは言え、この抜群に目立つ美貌。貴族を相手にする商売で、王族を見間違えるようなマヌケはいない。
「そっちの事情は、だいたい分かった」
「あなたのもね」
私たちは部屋に強い結界を貼ってから、お互いが持っている情報を交換した。アレクは賢い男なので、最初から私の目的に気がついていたらしい。シャザードの消息以外は、我が国の状況はだいたいつかまれていた。この国の諜報部員、侮れないわ。
「共和国に関しては、今はそれほど情報はない。隣国の王女と子を成したということで、元首の人気はうなぎのぼりだ。彼のカリスマ性だけが、独り歩きしている」
「王族が平民に降嫁する……、ね。いかにも喜ばれそうな話題ですもの」
これでお姉様のお腹の子は、元首の種だということになってしまった。事実はどうであれ、我が国がそう認めたのだから当然の流れだった。
「元首への国民の熱狂ぶりは異常らしい。まるで独裁者を崇めているようだと聞いた。それが共和政治の土台を揺るがしかねないと、元老院は警戒を強めているそうだ」
「内部分裂の可能性もあるってことね。共和国家なんて、まだ時期尚早だったのかしら?」
「身分を撤廃するのは悪くない。だが、まずは民衆の自覚が必要だ。国を動かす責任が自分たちにかかってくるということに」
封建制度の頂点にいる王族でありながら、アレクは万民の平等を説く共和政治にも理解が深い。
「アレクは本当に王族の手本ね。この国の民は共和制なんて興味も持たないわよ。こんな王族に統治されてたら、そりゃ文句も出ないわ」
「今は戦争がないからだろう。国同士の争いで民が死ねば、国内に不満が募って国力が衰える。そこを突かれて他国に侵略されたら、王族の信用なんて地に落ちる」
「それを分かっている王族が、どれほどいると思う? お父様なんて、全く理解してないわ。永遠に一族に王位が保証されていると思ってるもの」
「それが一般的な王族の考えだ」
話が一段落したので、私たちは結界を解いて、休憩することした。お茶を持って来たのは、黒髪の男。アレクの従者。騎士だろうか。ずいぶんと精悍な美青年だ。顔のいい男で周囲を固めるなんて、アレクはかなりナルシストかもしれない。
そう思ったところで、奇妙な感覚に捕らわれた。上手に隠してはいるけれど、この男は相当な魔力の持ち主。しかも、その魔力の特徴には覚えがあった。我が一族の魔力でも、嫡流ではなく傍流に流れるもの。
「カイルか、見回りご苦労だった。何か変わったことは?」
名はカイルというらしい。アレクのほうを見ると、意味ありげな視線を投げてきた。なるほど。そういうことか。アレクは知っていて、この男を側に置いているんだ。
彼はおそらく、私の大叔父の落し胤。我が王家の血を引く者だ。狂気を理由に幽閉された先王の弟。実際は甥であるお父様の罠にはめられた不運な王子。非業の死を遂げた大叔父様に、残された子はいなかったはずだ。
「特にはありません。ゴロツキどもの、ちょっとした小競り合いくらいです」
「そうか。ローランドは?」
「少し遅くなるようです。街で
「許婚か。男爵令嬢だったな」
「さあ。詳しくは聞いておりません。クララと呼ばれていました」
「クララ……」
アレクは何かを考え込むような仕草をしてから、カイルという騎士に退出を命じた。彼は私には目もくれなかった。一族の魔力のシンクロに、気が付かなかったのだろうか。
「アレクの周囲は、美形だらけね。そういう趣味なの?」
「実力主義だ。容姿は関係ない」
「そうかしら? 今の男も素敵だけど、ローランドも魅力的だったわ」
「彼が好みなのか?」
「まあね。スマートに遊んでくれそうでしょう」
「レイはそういうタイプには見えないが? あの男は一途だろう」
いきなりレイの名前を出されて、私は一瞬、怯んでしまった。そんな私の動揺を見て取ったのか、私でも思わず見惚れてしまうような笑顔を浮かべた。
「相変わらずだな。セシルはレイに夢中だ」
「レイは従者。それ以上でも以下でもないわ」
今はまだ……、ね。私は心の中でそうつぶやいた。いつか私に子ができたなら、私たちは結婚できる。お父様はそう言った。
「レイに会えなくて、残念だったな」
「またの機会に」
「ああ。早く戻るように、セシルのために祈っておくよ」
「じゃあ、私も願っておくわ。アレクがあの彼女にまた会えるようにってね」
「彼女って……、クララか? いや、あの子はローランドの許婚だ」
え、じゃあ、路地裏のあの女の子が、ローランドの幼馴染っていう……。
「それ知っててキスしたの? 臣下の婚約者に手を出すとか、とんでもない主ね」
「やはり見ていたのか。あのときは知らなかったんだ。今聞いて、思い出した」
アレクは少しだけ顔を上気させて、すぐに目を逸らした。どうやら、本当にあの子が好きらしい。
ようやく、昔の誓いが果たせるときが来たようね。あの子をネタに、アレクを揶揄える。
悪戯を思いついた子どもみたいに、私はワクワクする気持ちを抑えることが出来なかった。
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