44. 残念なイケメン王太子

「ここでいいわ」


 正面玄関まで来たところで、私は着ていたマントのフードをかぶった。平民には見えないけれど、人避けの魔法をかけてある。よほど注意しないかぎり、目を向けられることはない。この魔法を見破るくらいの、相当の使い手でない限りは。


 ローランドと別れてから、騎士たちには目立たないよう指示を出した。彼らが雑踏にまぎれてから、私はざっとあたりを見回した。特に危険は感じないけれど、人通りの多い道を選んで歩く。


 微かに感じるアレクの魔力。それが強くなる方向に行けば、最終的には本人に行き着く。聞いていたとおり、アレクの魔法の気配は市場から流れてきた。


 市場。多くの人が集まる場所。各国からの品々を持って、外国の商人も出入りする。アレクもたぶん、共和国のことを調べているんだ。それ以外に、この大陸に不可解な動きはない。西側は平和だし、東は同盟で結ばれている。


「変ね。市場じゃないわ」


 アレクの気配は、なぜか市場の裏にある路地から感じられた。さっと周囲に目を走らせて、騎士たちの位置を確認する。護衛もいるし、魔法も使える。裏通りに入っても大丈夫だろう。


 アレクを目指して路地に入ると、入り組んだ道が交差する辻に出た。アレクの気配がする左の路地を覗くと、アレクと女の子が目に入った。


 壁に身を寄せた女の子にかぶさるように、アレクが壁に手をついていた。もう片方の手で、女の子の金色の髪を弄んでいる。女の子は町民風だけれど、どう見ても貴族。しかも、恐ろしく可愛い。


 アレクのほうからは好意がガンガンにダダ漏れているのに、女の子の感情は非常にフラット。あのアレクの美貌を前にして冷静さを失わないなんて、あの子はなかなか見どころある。


 私はとっさに身を隠して、建物の影からことの成り行きを見守った。こんな面白いこと、見逃せない。これをネタに、後でアレクをいじってやる!


「絹みたいに綺麗な髪だね。瞳も煌めく宝石ようだ」


 は? その歯の浮くような口説き文句は一体何? 今どき、そんなことを言う男がいるんだ! アレク、あんた大丈夫?

 案の定、女の子は頬を引きつらせて固まっている。それはそうだ。いくらアレクが超絶イケメンとはいえ、そのセリフはダメでしょ。はっきり言って引くわー。


「君を褒めてるんだけど。喜んでくれないの?」


 残念アレク。そりゃ、褒められて嫌な子はいないと思うけど、路地で素人の女の子相手に……。怪しすぎる! 実際、喜ぶどころか、女の子はもう逃げ腰。これは完璧に失敗よ。


 それにしても、あのアレクが! あの子に夢中で、こんな近くに私がいるのに、魔力の存在にすら気が付きもしないなんて!


「おかしいな? 女性を喜ばせるには、まずは容姿を褒めることだと教わったのだが」


 はあ? だれがそんなこと教えたのよ。さては、ソッチの指南をしてくれるご婦人ね。そのままベッドへ誘うならいざしらず、その気のない相手にグイグイ行くなんて。ほんと、応用が効かないのね。レイはそんな教え方はしなかったわ。閨の教育係、変えたほうがいいかも。


「うーん、これでダメなら、次は」


 アレクは完全にテンパって、オロオロと落ち着きがない。あの美貌だし、女の子にドン引かれる経験なんてないんだろう。あの子の気を引けなくて、そうとう焦ってるっぽい。ああ、あれじゃダメ。私がプロディースしてあげたい!


 万策尽きたのか、アレクは女の子の顎に指をかけて上を向かせる。ええっ! ここで顎クイ? まさか、こんな市中で実力行使に出るつもり? それはダメよ! 下手したら、犯罪者よ! やーめーてー!


「喜んでもらえた?」


 私の心の叫びも虚しく、アレクは女の子にキスをした。青くなってわなわな震える女の子に向かって、そのドヤ顔! 喜ばれるわけがない。


 バシーン!


 女の子が思いっきりアレクをひっぱたいた。渾身の平手打ち! しかも両手で。当然の仕打ちだ。よくやったわ。アレクはご愁傷様だけど。


 明らかに怒り心頭の女の子。反対にアレクはなぜぶたれたのかも分かっていない。ちぐはぐな会話のやり取りを得て、困惑したアレクを置いて女の子は走り去った。


 痛そうな両頬を両手で包んで立ち尽くすアレクに、私は背後から声をかけようと近づいた。すると、アレクがぼそっとつぶやく声が聞こえた。


「信じられない。まるで地上に降りた天使だ」


 チーン! これはダメだわ。


 アレクの恋は、かなり前途多難な模様。この男、優秀なくせに恋愛だと、全く使い物にならないと判明。痛すぎる!

 でもまあ、いいもの見ちゃった。これをネタにすれば、アレクは意のまま、思いのまま。ここに来て、ラッキーだったわ。


「アレク、浸ってるところ悪いんだけど、急ぎで相談したいことがあるの」


「セシルか。覗き見とは趣味が悪いな」


「あら、気配は消してなかったわよ」


「気づいてたが、取り込み中だった」


「ふうん。婚約者である私の存在を無視するくらいに?」


「誰が婚約者だって?」


「あなたが言ったのよ」


 私がさっと右手を差し出すと、アレクは渋々と私の前に跪く。そして、私の手の甲に形だけのキスを落とした。


「わが麗しの婚約者殿。さらに美しくなりましたね」


 アレクの全く感情がこもらない声が、がらんとした路地に響いた。

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