43. 美形の公爵家令息
レイの故郷から、アレクの国へ。孤児院を出た数日後には、予定通りに隣国に到着した。
この国の王都は、活気が溢れている。街には人が集い、市場には品物が豊富に出回る。何よりも民の笑顔が明るく、飛び交う声に活気がある。
街中の花壇には花が植えられ、女性たちは明るい色の服を着る。男性たちは忙しく働き、子どもたちの笑い声が絶えない。
「ローランドと申します。お目にかかれて光栄です」
アレクの部下だというその男は、ちょっと見ないような美青年だった。まさか、顔で部下を選んでいるとは思わないけれど、アレクと並べば、ちょっとした見ものだろう。なんというか、薔薇薔薇しい倒錯の世界にいざなわれるような?
「宰相殿のご子息ね。お父君のご高名は、我が国にも届いています」
「恐れ入ります」
跪くローランドに右手を差し出すと、彼は優雅な手付きで、その甲に敬愛のキスを落とした。さすがに宰相の息子。筆頭公爵家の令息は、他国の王女を前にしても、堂々としたものだ。
ここは街の中心。中央に大きな塔を置いた広場の前だ。貴族用の宿を訪ねてきたのは、アレクの側近だという青年。ローランドというらしい。
「早速だけど、アレクはどこ? ここにいると聞いたのよ。でかけているの?」
「はい。今は市街で少々調査を」
「まあ、何を調べているのかしら?」
「帝王教育の一貫です。平民も声を聞くのも、王太子としての務めですから」
さすが国王陛下の片腕といわれる敏腕宰相の息子。機転が利くわね。味方かどうか分からない私に、そうそう簡単に王太子の目的なんて言えるわけがない。
「そうなのね。どこに行けば会えるの?」
「殿下は身分を隠して、市場で労働に従事されています。王女様が出向く場所ではありません。私が連れてまいりますので、この部屋にてお待ちいただけますよう」
しかも、この宿にはアレクの気配は微塵も残ってない。隠れ家は別のところにあるんだろう。身元が知れないよう、おそらくは貴族が出入りしない場所に。
「ありがとう。でも、私もこの国はひさしぶりなの。ちょっと周辺を見て回りたいわ」
「承知いたしました。それでは護衛を」
「大丈夫よ。警護は私の従者がするわ」
この国で落ち合えるよう、あらかじめ国に連絡してあった。レイが選んだ私付きの精鋭少数の騎士団。その中でも、特に信任の篤いものを従者に指名した。レイの腹心の部下たち。
ローランドは、側に控える従者たちにチラっと目を走らせてから、了解したように黙って頷いた。目立たない服を着せてはいるけれど、騎士としての気配はまだ消していない。見るものが見れば、どのくらいの使い手かは分かるだろう。
「殿下は、平民に紛れすぎない身なりをしています。すぐに見つかるかと」
「そう、ありがとう。玄関まで送ってくださる? 学園のことを聞かせてほしいの」
ローランドはすぐに立ち上がって、手を差し伸べてきた。こういうスマートな対応は、身分柄やはり慣れているんだろう。女性の扱いに相当長けている。
自然光に照らされるステンドグラスを見ながら、赤い絨毯の張る廊下を歩き、大階段を降りる。その間、私は学園に新設した魔法科について、いろいろと質問した。
「歴史は浅いですが、評判は悪くないようです」
「画期的なシステムね。自分で科目を選べるの?」
「はい。魔法の程度によって。必要だと思ったことを学び終われば、普通科に転科も希望できます」
「あなたは?」
「私は特別クラスに。殿下と行動を共にしています」
「ああ、そうなの。アレクは魔法科じゃないのね」
「殿下にはもう魔法は学ぶ必要ありませんから。主に政治経済と軍事を」
つまり、学園の魔法科は魔術師の養成が目的じゃないんだ。魔力を社会で有効利用するために、その使い方を学ぶ場所。
「生徒のニーズに合わせているのね。個人の特性に合わせた教育は、将来の適材適所に役に立つ。さすがアレク、抜け目ないわね」
「はい。若者は国の宝ですから」
自分も若いくせに、まるで年寄りのようなことを言う。私が思わず笑みを漏らすと、ローランドは少しきまり悪そうな顔をした。弟みたいに、やんちゃで可愛い男の子。そういった印象だ。
「あなた、歳はいくつなのかしら?」
「殿下と同じです」
「私と一緒だわ。婚約者はいるの?」
どさくさに紛れた不意の質問に、ローランドは一瞬ためらったようだった。それでも、そこはうまく表情を作ってさらりと返答してきた。
「親が決めた許婚がおります」
「素敵ね。あなたのお相手なら、さぞ可愛い方でしょう」
「はい」
なるほどね。親が決めたというなら、身分も釣り合うお似合いの相手なんだろう。
「いつか紹介してちょうだい。是非、話をしてみたいわ」
「それは光栄です。彼女も喜ぶでしょう」
この男はとても頭がいい。社交辞令をすんなりと受け流した。私もそれを受けて、適切な返答をする。
「楽しみにしているわ」
他国の王女と将来の宰相夫人になる令嬢。もし会うことがあるとすれば、それはずっと先のこと。そのときは、そう思っていた。
でも、実際には、もっとすぐに私は彼女と知り合うことになった。そして、それはおそらく、互いに避けることのできない宿命の出会いだった。
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