42. 神が定めた道
「教官は、過去に戻ってやり直したいと思っているのかしら」
「どうじゃろのう。変えたいとは望んでおるじゃろな」
「おばば様、私に何かできることある?」
おばば様は少しの間、何かを思案しているようだった。そして、しばらくすると首を振ってこう答えた。
「ないのう。レイの訓練には、むしろ邪魔じゃ。かわいそうじゃが、蜜月はお預けだの」
「この島を出ろ、ということ?」
「それがよかろう。王女さんにとってもレイにとっても」
「そう……」
それならば、明日の朝に乗ってきた船で引き返すのがいい。大陸に渡って、あの村でレイを待っていたい。
「セシル、先に国に戻ってくれないか。調べてほしいことがある」
私の気持ちを読んだかのように、レイがそう切り出した。そう言われると思っていた。分かっていたけれど、少しだけ期待してしまった。あの村で待っていろと言われることを。
「何を調べればいいの?」
「北方の、共和国の状況を知りたい。俺がセシルと戻らなければ、あの男は情報を得ようと必ず接触してくる。それを利用してほしい」
「できるかしら。私一人じゃ、限界がある。協力者が必要だわ」
「隣国の王太子。アレクシス殿下はどうだろう」
「私も、そう思っていたところなの」
アレクなら、きっとすでにある程度の情報を得ているはず。こちらが掴んでいる情報と交換に、色々と聞き出せるかもしれない。
そうと決まったら、ぐずぐずしている暇はない。明日の船で村に戻れば、数日後には瞬間移動装置でアレクの国に着く。非公式ではあるけれど、友好国の王女が隣国を訪問する。共和国の目は私に向くだろう。
「明日、ここを出るわ。その足で隣国を訪ねます」
「そうだな。それなら、もう部屋に引き上げよう。明日は早い」
「まだ大丈夫よ。久しぶりに会ったんだもの、もう少しおばば様と」
「セシル」
レイが熱っぽい声で私の名を呼び、テーブルの上で組んでいた私の手の上に、自分の手を重ねた。その言動が意味することに思い当たって、私は全身がカッと火照った。
おばば様は知ってか知らずか、その様子をニコニコと眺めているだけ。
「そうね。今夜はもう、休もうかしら。おばば様、教官が戻ったら教えて。そのときは、ゆっくり話したいわ」
「おうおう、それがええ、それがええ。しばしの間じゃが、恋人同士に別れは辛いじゃろ。今夜はゆっくり二人の時間を持ちゃあいい」
バレてる。絶対にバレてる。羞恥で頭から湯気が出ているような気がした。
それでも。おばば様にお願いして、食器の片付けだけはさせてもらった。レイには先に戻ってもらったので、少しだけおばば様と話すことができた。
「お前さんたちは、らぶらぶじゃのお。一緒になるのかい?」
「子ができれば、お父様はレイを婿にしてもいいって……」
「赤ん坊かえ。それは、ちょいと難儀じゃのう」
「え、どうして? 私、赤ちゃん産めないの?」
「いやいや。機能は問題ない。ただ、魔力がのう」
「魔力? レイほどじゃないけれど、私だってそれなりに強いわ。バランスはそこまで悪くないと思うの」
私とレイに何か問題があるの? 確かに、これだけ体を重ねているのに、妊娠する気配もない。お姉様も時間がかかったけど、それは魔力差と頻度が問題だと思っていたのに。
「そうじゃな。だが、レイの魔力は強すぎる。子種は魔力を鎧にして、王女さんの血を弾く。訓練が必要じゃな」
「訓練? 何をすれば……」
「ああ、王女さんはそのままでええ。男のほうの魔力を合わせるんじゃ。精神の波動もな」
「そんなこと、できるの?」
「ま、レイならやるじゃろ。だが、普通の男にはできん」
「じゃあ、私は……」
「レイ以外の男じゃ、懐妊は難しかろうな」
そうか。お姉様が受胎したとき、教官は魔力も生命力も枯渇していた。それが幸いしたんだ。
「別にいいわ。レイの子しか、産む気ないもの」
「ほっほっほっ、盲目じゃのう。若い若い。努力するのはええこっちゃ。じゃが、子は授かりもの。宿命には逆らえんぞ」
「宿命?」
「さよう。神が定めた道じゃよ。それだけは、どうやっても抗えん」
「でも、道は選べるって。過去の選択は変えられないけど、未来の可能性は無限にあるんでしょう?」
「何でもかんでも、選べるわけじゃなかろう? 人は与えられた機会の中で、最善の決定をしていくしかないんじゃよ。運命は変えられるが、宿命は変えられん」
「難しいわ」
「いいんじゃよ。宿命のことは、巫女に任せておけばいい」
「巫女?」
「宿命を紡ぐ神に選ばれた乙女じゃ。この者の生き方が世界の道筋を決める」
「じゃあ、宿命を変えたいなら、その巫女の人生を変えるしかないのね?」
「ああ、それがシャザードがやろうとしていることじゃ。愚かなことよ。巫女であろうと人間であろうと、他人の心を捻じ曲げることはできん」
「そうかしら? お父様は誰でも彼でも、自分の都合のいいほうにねじ伏せているけれど」
そう言ってから、私はおばば様に洗ったお皿を渡した。おばば様はそれを布巾で拭きながら、何かを考えているようだった。
「人生の選択とはな、その本人だけができるものなんじゃ。無理を強いても、最後の選択は本人に戻る。それは誰とて同じこと」
「お姉様は言ってたわ。最後はみな一人だって」
「そうじゃな。死だけは誰にでも訪れる。巫女にもな」
「複雑なのね。その巫女は、今どこにいるの?」
「先代の巫女は死んだ。次代の巫女には、まだ選択肢が提示されていない」
おばば様はそう言うと、空を見つめながら小さなため息をついたのだった。
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