35. 子の父親
「そこまで!」
審判がそう叫んだとき、私はレイに馬乗りになっていた。剣の切っ先が、レイの喉笛に迫っている。
剣を持つからと、スカートは履いていない。それでも、私を邪な目で見る者をあぶり出すためには、ある程度の露出が必要だった。白いシャツは、ボタンが三つ目くらいまではだけている。太もものあたりは、スボンが破けて肌が露出していた。
木刀で、どうやって布を破るのか。そんな芸当ができるくらいだから、レイはどうせ手を抜いたんだ。それでも、見た目は私が勝ったような格好。
「口ほどでもないわね。弱い男に興味はないわ」
「男の真価は、ベッドの上で測るものだ。王女にはまだ難しいか」
私はそのまま立ち上がった。続いて床から身を起こしたレイに、尊大な態度で命令する。周囲に聞こえるように、大きな声を出す。
「それなら、強い男を進呈なさい。その価値、見極めてあげるわ」
「……お心のままに」
これでいい。私を狙うものはレイに接触する。こんな茶番に簡単にひっかかるような、バカな部下はいらない。その意図がなんであったとしても。
そうして、レイの厳重な審査に合格したものだけが、私の側近となる。もちろん、ベッドでの相性なんて確かめたりしないけど。あれは、ただの餌だから。
部屋に戻ってシャワーを浴びると、私は身動きしやすいシンプルなドレスに着替えた。夕食までは執務室で、宰相様の仕事の補佐をする。
王宮に住むようになってから、私は宰相を味方につけると決めた。そのために、お父様のいない時間を見計らって、執務室を頻繁に訪れた。
もちろん、最初は煙たがられたけれど、回を重ねるうちに信頼関係ができた。私の意見に耳を傾けてくれるようになり、彼の政策から学べるようになった。
政治のことが分かってくると、いろいろなことが見えてきた。この国が持ちこたえているのは、優秀な重臣たちがいるから。この者たちが離反すれば、腐敗した貴族たちに食い潰されるだろう。
「北方の動きが、おかしいのです」
宰相様が、私を別室に呼んでそう言った。年齢はお父様よりも少し上くらい。宰相様は、私の叔母、先代の王女を妻に迎えている。つまり、私やフローレスお姉様にとっては、義叔父となる人だ。
「お姉様に、何かあったのですか?」
「どうやら、元首のお手がついたようです」
「は? それは、結婚した……、ということですか」
「正式な結婚ではありませんが、生まれてくる子を認知すると言っています」
「宰相様、お姉様のお腹の子は……」
「存じています。ですが、元首が自分の子だと言い切れば、こちらはどうすることもできない」
「そうね。お父様はなんと言っているの?」
「女だったら……」
「いらないのね。お父様らしいわ」
私の言葉を、宰相は聞こえなかったふりをした。そのくらいには、私たちはお互いを理解していた。
「男でも女でも、可愛い我が子に違いありません」
「どうかしら。父親によりけりだけど」
「王女は、どう思われますか」
「これで決定ね。シャザードは生きているんだわ」
「そうですね。あるいは、そう見せる作戦」
「難しいわね。この半年、未だにシャザードの行方は不明。あちらも、焦っているのかもしれないわ」
どちらにせよ、お姉様とその子は、共和国にとって利用価値がある。だから、こういう提案をしてくる。そして、その価値があるうちは、お姉様たちは生かされる。
「お父様の意向を、そのまま伝えましょう。こちらの手のうちを明かす必要はないわ。王の血筋として、王位継承権の有無だけを問題にすればいい」
「私も同意見です。無関心を装うのが得策でしょう」
意見が一致したところで、私はその場を辞した。今はまだ、うかつに動く時期じゃない。共和国はこちらの出方をうかがっている。それなら、それを逆手に取って、余裕あるフリをするほうがいい。
「教官は、お姉様のそばにいるのかしら」
レイの髪をそっと撫でながら、私は昼間に宰相から聞いた話を切り出した。
深夜、私たちは何重にも張った結界の中にいる。今夜も互いを殺し合うことなく、寝室での戦いを終えていた。ベッドでのレイの指南は容赦なく、殺されないためには命懸けで挑むしかない。
そんな厳しい修行なのに、毎夜、喜びが全ての感情を凌駕する。この不謹慎な事実は、レイには絶対に内緒だ。
「もし一緒なら、フローレス様をあのままにしておくはずはない」
「レイも、お姉様は正気じゃないと思っているのね」
「あのとき、フローレス様は死ぬ気だった」
そうだと思う。お姉様は自分の存在が教官を迷わすと知っていた。魔術師の妻として、教官のお荷物になりたくないと思っていた。
「知ってるわ。覚悟をして北へ行ったの。それなのに……」
失敗してしまった。私の言いたいことが分かったのか、レイはすぐに否定した。
「師匠が、フローレス様を止めたんだ」
「どうやって? お姉様は教官が望まなくても、一緒に死ぬつもりだったわ。魔術師の誇りを守るために。説得も脅しも効かないはずなのに……」
レイは私を抱いていた腕をほどくと、上掛けをバサっとはねのけてベッドから降りた。鍛えられたレイの背中の筋肉は引き締まっていて、その逞しさに何度見てもドキドキしてしまう。
赤くなった顔を見られる前に、私は、毛布で体を隠しながら、ベッドの反対側に足をついた。そして、椅子に放り出してあった夜着を、すばやく身につけた。
そのとき、レイが絞り出すように言葉を発した。
「俺のせいなんだ」
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