24. 誇り高き魂

 隣室で繰り返される激しい行為が終わるまで、私たちは何も話さずに待っていた。レイも私も、すでに身支度を終えている。


「終わったようね。何か食べ物を用意しておきましょう」


「そのまま座っていてください。手配しますので」


「ええ、お願い」


 私の従者として、レイはこの屋敷には何度も出入りしている。私よりもずっと、裏方に関しては詳しい。もしかしたら、レイの好きな人はメイドの誰かかもしれない。


 レイが出ていってからそれほど間を置かずに、隣室のドアが開いた。きちんとドレスを身に着けたお姉様が、私に気づいて声をかける。


「もう起きていたの? レイの具合はどう? 大丈夫?」


「はい、もうすっかり。あの、教官は……」


 私がそう言いよどむと、お姉様は頬を少し赤らめた。真珠のように輝く肌に、真紅の花びらを落としたように充血した唇が艶めかしい。全身から立ち上る色香に、妹も私でもめまいがするくらいだった。


 お姉様は教官に愛されると、大輪の薔薇のように美しく咲き誇る。


「眠ったわ。ごめんなさい、うるさかったでしょう」


「い、いえ! 私もレイも、お、起きたばかりで。本当に、全然! な、何も、聞いてないので!」


 盗み聞きをうまく誤魔化せていない私の言い訳を、お姉様は微笑みながら聞いていた。そうよね、恋人たちの愛の営みは、別に恥ずかしがるようなものでもない。


「お姉様、私たちどうしたらいいの? 王宮に知らせないなんて、まさか、教官はまだこの任務を降りないつもり?」


「もう少し回復したら、戻るそうよ」


「そんなこと絶対にダメ! 一度失敗している任務よ? 今度こそ殺されてしまうわ」


「レイは連れていかないとおっしゃってたわ。危険だからって」


「レイだけじゃなくて、教官も危険よ! お姉様、引き止めて。お願い!」


 そう懇願する私に、お姉様は黙って首を横に振った。


「それは無理なの。ねえ、セシル。男の方が自分で決めたことを、邪魔してはいけないわ。私たちにできるのは、信じて待つことだけ」


「教官が死んでも? お姉様は、教官を愛してないの? 見殺しにするつもりなの?」


「愛しているからよ。私のことは気にせずに、望む道を歩んでほしいの」


「死ぬことが望みでも?」


 お姉様の瞳が微かに揺れた。


「そうよ。誇り高いシャザード様が、私のせいで信念を曲げて生きるなんて。あっていいわけがない」


「お姉様……」


 信じた道を外れて生き続けること。不本意に縛られて、自由を奪われたままで。それは、死ぬより辛いこと?


「セシル、よく聞いて。人を愛するということは、その人を尊重することなの。考えや生き方、悩んで出したはずの決断を、決して否定してはいけないわ。どんなに辛くても、行かせてあげなくちゃいけないときがくる」


「それは、その人が死ぬとき……ということ?」


「そうね。旅立つときは、人はみな一人よ。肉体が滅ぶとしても、魂は自由であるべきだわ。シャザード様には、魔術師としての志を全うしてほしい」


 私は今まで、お姉様の何を見てきたんだろう。優しくてか弱いとばかり思っていた。でも、お姉様は公平で公正で、そして誰よりも強い心の持ち主。教官がお姉様を愛して止まないのは、自分がお姉様の愛に支えられていることを知っているから。


 お互いを尊敬し合うこと。それが愛し合うということ。


「よく分かりました。お姉様の気持ちを尊重するわ」


「ありがとう。セシルの気持ちも分かるのよ。レイには残ってもらいましょう。彼には彼の生き方があるわ。シャザード様と運命を共にする必要はないの」


「それは、レイが決めることだわ」


 ちょうどそのとき、レイが朝食をのせたトレイを持って、部屋に戻ってきた。お姉様を見て、レイはすぐに教官の様子を尋ねた。


「フローレス様、師匠はどんな具合でしょうか?」


「今は眠っているわ。目覚めたら出発されると思う」


「では、すぐに準備いたします」


「そのことだけど、シャザード様はあなたを残していきたいとおっしゃっているの」


「どういうことですか? 弟子はこの任務に足手まといだと……」


 レイの顔が青ざめた。今回の失敗に、責任を感じているんだ。詳しいことは聞いていないけれど、レイをかばって教官は倒れたから。


「そうじゃないの。あなたはまだ若いし、あなたの人生があるわ。シャザード様は、無理にあなたを自分の生き方に巻き込みたくないと。そう思っているの」


「自分の意思で、弟子として師匠と行動を共にしています。無理強いなんてされていません」


 レイの言葉を聞いて、お姉様は今にも泣きそうな顔で、笑みを浮かべた。こういう顔は、妹である私にも見せたことはない。


「ありがとう。あなたが一緒にいてくれるなら、本当に心強いわ。でも、それには一つだけお願いがあるの」


「お願い……ですか?」


「ええ。ここを出る前に、セシルときちんと話し合ってほしいの」


「フローレス様」


「レイ、死ぬ覚悟で望まなければ、この任務は失敗します。だから、心残りを排除なさい。悔いを残さずに戦い抜けるように」


 お姉様はそう言うと、二人分の朝食を持って隣室に戻っていった。残された私たちは、部屋の空気が、さっきよりもいっそう重くなったのを感じていた。

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