16. 共和国と元首
一通りの挨拶が終わると、お父様は王太子と共に退場した。宴に残った王族は王女だけ。
王族には国の代表として、招待客を楽しませる義務がある。たとえそれが、自分を高く売るための、嘘くさいお芝居であったとしても。
「私たちと踊りたがる殿方はいないわ。お客様の接待は、他の方々にお任せしましょう」
高位貴族や来賓は、みな貴族の母を持つ姉たちに群がっている。あわよくば婿になろうと。愛人の座を狙ってか、既婚の王女たちすら、ダンスを申し込まれていた。
「お姉様の言う通りね。私たちは不要なんだわ」
出口に向かおうとしたとき、会場がざわめいた。国王主催の宴に、遅れて入ってきた招待客がいたからだ。シャザード教官と見たことがない紳士。
長い金髪を後ろで一つに束ねたその人は、男性なのに女性のように綺麗な顔をしていた。教官より少し年上に見える。
お姉様がドレスに裾をつまんでお辞儀をしたので、私もそれに倣う。教官は私たちの挨拶に気がついて、こちらに向かって歩いて来た。
「シャザード様、ごきげんよう。お父様はもう退出してしまったのですが……」
「存じております。身分柄、陛下と同席は許されません。退出されるまで、外で待つようにとの指示にて」
「そんなことを。申し訳ございません」
教官の言葉を聞いて、お姉様は青くなった。高名な大魔術師であっても、平民は貴族の権利を得られない。こんなときまで、この国は特権階級を誇示する。
「はじめまして。教官のご友人でいらっしゃいますか? セシルと申します。こちらは姉のフローレス。お会いできて光栄ですわ」
教官と外で待っていたとしたら、この人も平民の出なのだろう。見た感じでは分からないけれど、そう考えて差し支えない。
末席であっても、私は王女。身分に関係なく、ゲストをもてなす役目がある。お父様の愚行を挽回出来れば、私がここにいる意味もあるはず。
そう判断して右手を差し出すと、その人はその場に跪いて、私の手の甲にキスを落とした。どうやら、こういう場には慣れているようだ。
「王女様からお言葉をいただくとは、ありがたき幸せ。共和国代表のトリスタンと申します」
「共和国……、ですか? 元首が民間から、投票で選ばれるという?」
「よくご存知ですね。その通りです」
「国民の平等を謳った、新しい考え方ですわ。でも、すでに存在するとは、知りませんでした」
「おっしゃる通りの新興勢力です。北の小さな地方で、細々と生きております」
「興味深いわ。お国のこと、お話しいただける?」
私がそう言うと、トリスタンという北の代表はにっこりと微笑んだ。良かった。この国の王族にも、革新的な体制を受け入れる度量があると。そう思って貰えれば上出来だ。
それにしても、この人はやっぱり女性みたいに線が細い。ものすごい美人。
「もちろんです。セシル王女、ダンスのお相手をお願いできますか?」
「喜んで」
私たちがホールに出たのを見て、教官がお姉様をダンスに誘った。たぶん、私たちが悪目立ちしないように、気を使ってくれたんだと思う。
「元首というのは、誰でもなれるものなのですか?」
トリスタン元首の巧みなリードで軽やかにステップを踏みながら、私は早速そう尋ねた。
「そうですね。共和国には身分はありません。誰であっても、自分の国の経営を任せられると思った者に投票し、その数が最多であるものが元首になります」
「斬新だわ。そんなことが本当に可能なの?」
「もちろん、簡単にはいきません。選ばれる人材の育成と選ぶ能力のある国民の教育。これを全国に浸透させることが必要です」
「全国! 身分に関係なく、平等な教育とチャンスが与えられるのね! すばらしいわ」
「……王女様は、王族なのに進歩的な考えの持ち主なのですね」
「新旧に関わらず、良いものを取り入れてこそ、国は繁栄するんじゃないかしら。国を富ませることが、王族の務めでしょう?」
私の知ったかぶりな意見を聞いて、元首はとてもうれしそうに目を細めた。あまりに綺麗な笑顔で、なんだかドキドキしてしまう。この美貌も、彼が元首に選ばれた理由の一つだと確信した。
「王女様がいれば、この国は安泰でしょうね。陛下は幸運だ」
そうだったら良かったけれど。お父様には私の声なんて届かないし、話を聞く気もない。この国は、何も変わらない。今のまま、特権階級が利益を搾取していくだけ。
「どうでしょう。封建社会では、女性の立場は弱いですわ。王女だって、何一つ思い通りになりません」
「我が国に、おいでくださいませんか? 女性であっても、その能力を存分に活かせる生き方ができますよ」
「まあ、私なんて。そんなたいした能力は……」
「王女様の聡明さは宝です。その強い魔力も。理想の国が築けるでしょう」
背筋にゾクリとした冷気が走った。この感じには覚えがある。狙われた獲物が動けなくなるような。自分より強い相手と戦うときの、あの感覚に似ている。
この人からは、魔力のかけらも感じない。それなのに、勝てる気がしない。
たぶん、強靭な精神力のせい。この人のこのカリスマ性こそが、共和国の元首にならしめた理由だろう。
緊張で足がすくんだところで、丁度よく曲が終わりを告げた。元首は私の手に軽くキスをして、体を離した。
「お相手いただき、ありがたき幸せ。お手が冷えていますね、温かい飲み物をお取りいたしましょう」
「結構です。こちらこそ楽しかったわ。ごきげんよう」
なんとか笑顔でそう言って、私はその場を離れた。それでも、いつまでも足の震えは止まらなかった。
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