15. 家畜たちの宴

 王宮の大広間は色とりどりのドレスで、春の花園のように賑やかだった。参加者は王族と高位貴族、そして各国大使と来賓だけ。


 名目は生まれたばかりの王太子のお披露目。だけど、実際はどう見ても王女姉妹の品評会。未婚の姉たちは、それぞれの母方の家の威信をかけて、艶やかに煌びやかに装っている。


「家畜市場ね。人身売買みたい」


「セシル、聞こえるわよ。黙って」


 その言葉を聞いて、フローレスお姉様はそっと私に耳打ちした。


 平民を母に持つ私たちは、王女としての体面を保てる程度に着飾って、目立たない位置で会場の様子を眺めている。


 異母姉の配偶者たちは、王子誕生で王位が遠のいたことに落胆しているはず。それなのに、上辺は嬉しそうな顔をして、義弟となる王太子の誕生に祝いを述べていた。


 くだらない茶番。


 この国の王家には、男の子が授かりにくい。最近の研究で、魔力が拮抗しない相手とは子ができにくいということが判明した。特に男の子はその傾向が強い。


 それが、魔力が強い王家の後継者問題につながっているのだ。


 王太子の母は魔力はさほどない。奇跡的に未熟児で弟を出産した後、ずっと目覚めないという。


「お父様、嬉しそうね。あんなお顔で笑うのね」


「私も初めて見たわ。魔力戦のときは、いつも渋い顔をされているの」


「お祝いを奏上しましょう。ほら、もうすぐ私たちの番よ」


 十七人いる王女姉妹。正妃腹の第一王女を筆頭に、母の家格によって祝辞を述べる順番が決められていた。私とフローレスお姉様は、なんでも順番は最後になる。


「フローレスでございます。陛下にはご機嫌うるわしく。王太子殿下のお誕生、心よりお祝い申し上げます」


 ドレスの裾をつまんで、優雅にお辞儀をするお姉様に、お父様は感情のこもらない声で言った。


「シャザードの子はまだできないのか」


「申し訳ございません」


「役立たずが。引き続き励め」


「承知いたしました」


 え? 何それ。お祝いに対する返答もないなんて! しかも、お姉様を子を産む道具みたいに。お父様は血も涙もない人。思っていたとおりだわ。


 フローレスお姉様が下がったので、次は私が進み出た。本当は挨拶なんかしたくないけれど、これは王女の義務。怠ってしまっては、私に付き従ってくれている者たちに迷惑がかかる。


「セシルです。お父上様にはご機嫌うるわしく。王太子殿下のお誕生、心よりお祝い申し上げます」


 儀礼に従って、決められた言葉を繰り返す。これで私の出番は終わりだ。


 早々に引き下がろうと思ったところで、父に呼び止められた。


「あの施設内で、いろいろ調べ回っているそうだな」


「は? あ、いえ、あの、色々と不具合がありますので……」


 教官不在中に、貴族たちの賄賂が横行し、講師である優秀な魔術師に腐敗が広がっている。お金次第で、生徒のクラス分けや卒業後の進路まで、不正に取り決められているらしい。


 あの施設は王立だし、そういうことは見逃せない。王女の仕事として、それに関して調べたことを、宰相様宛に報告していた。まさか、お父様がそれを知っていたなんて!


「余計なことをするな。あそこは魔術師を懐柔する場だ。捨て置け」


「でも、学び舎ではすべての生徒が平等に扱われるべきです。不公平は……」


「優秀な者は特別に取り立てる。それでよかろう」


「そういう話では……」


 奴隷市場。アレクが言った言葉が蘇る。この国はどこもそうだ。この宴もあの施設も。宮廷も政治もすべてが力で動く。それが魔力であれ財力であれ身分であれ。


 施設で子どもの頃から、そんな世界を見せるなんて。お父様は未来に地雷を埋めているようなものだ。 何もかもを力でねじ伏せる体制。そんな国が栄えるはずはない。このままでは、いつかきっとこの国は滅びる。


「レイと言ったな。シャザードの弟子」


「はい。今は首席です」


 なんで、ここでレイが出てくるの? お父様はやっぱり、娘よりも強い魔術師のほうが気になるんだわ。私の話なんて聞いてくれない。


「なぜ彼を従者に選んだ?」


「それは、私と並ぶ魔力が……」


 そう言いかけてハッとした。お父様の意図が分かった気がしたから。

 お父様はこう言いたいんだ。人のことを言えるのか。お前だって優秀なものを選んで、特別に取り立てているだろうと。


 唇を噛んで黙った私を見て、お父様は愉快そうな笑みを浮かべた。私の敗北を心から楽しんでいる。今の私では、まだ知略でお父様を攻略することはできない。完全な勉強不足。


「まあいい。お前には期待している。いずれ魔力の強い孫を産め」


「……恐れいります」


 そうだったんだ。私もフローレスお姉様と同じなんだ。王家に後継者をもたらす道具。お父様にとっての価値は、私の魔力なんかじゃなくて、魔力がある男子を産む器としてだけ。家畜。


 一体何をうぬぼれていたんだろう。強い魔力のおかげで、お父様にきちんと存在を認められていると思っていた。王女だと、娘だと、そう思われていると。


 お父様はお父様。何も変わらないというのに。


 父国王の前を辞して元の位置に戻ると、お姉様が心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「セシル、顔色が悪いわ。お父様への挨拶も終わったし、もう退出しましょうか」


「大丈夫です。まだ王女の勤めは終わっていないもの。ダンスのお誘いをうけなくちゃ。素敵な男性、いるかしら?」


 私は無理に笑顔を作って、会場の方を見るフリをした。頭でっかちで空っぽな自分が、すごく情けなかった。

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