14. 透明人間
あれから、私とレイはいつでもどこでも一緒にいる。それが当たり前になっていった。
その日も、一緒に夕食をとってから、私の居間で勉強や訓練の話をしていた。いつもの日常。
「セシル様、そろそろ夜も更けてまいりました。レイには退出していただきます」
侍女のマリアが、寝支度をするために入ってきた。それと同時に、レイは一人掛けのソファーから立ち上がり、頭を深く垂れた。
「長居をしました。申し訳ありません」
レイが急にかしこまった態度を取ったので、私も寝そべっていた長椅子から、身を起こした。さすがに、ダラダラし過ぎかもしれない。
「下がっていいわ。続きは、明日の朝食で聞かせてちょうだい」
「かしこまりました」
明日もレイと一緒にいられる。教官の弟子なんてやめちゃえばいいのに。そうしたら、もう任務に行かなくていい。
そう思いながら、ぼんやりと部屋を出ていくレイの後ろ姿を眺めていると、マリアが咳払いをした。
「なあに、どうしたの?」
マリアは私を立たせると、後ろを向かせて部屋着の紐を解きだした。
「少しは立場を
「ええ? ずっと前から、こうしてるじゃない」
「王女様はもうすぐ十五歳でしょう。レイは十七で立派な青年。外聞が悪いんです」
「なあにそれ? 私はレイの主人よ。一緒にいて何が悪いっていうの?」
マリアはため息をついて、そのまま黙ってしまった。変な人。言いたいことがあれば、ちゃんと言えばいいのに。
「明日も少し早めに起こしてちょうだい。朝食前に、お化粧を手伝ってくれる?」
「それはいいですが、セシル様はお化粧なんて必要ないですよ。素顔でもとても美しいですからね」
私は鏡に映る自分を、マジマジと見つめた。銀髪も灰色の目も気に入っているけれど、イマイチ迫力に欠ける。胸も大きくないし、体つきは華奢でメリハリがない。
「だって、クラスメートはみんなお化粧してるし、レイ目当ての子も多いのよ。私が一番綺麗だって、レイに思い知らせてやらないと」
「だから、それはどうしてです? どうして、レイにそう思ってもらいたいんですか?」
「もちろん、私がレイの主人だからよ! 他の子のほうがいいなんて、絶対に思われたくないわ」
「……そうですか」
マリアはまた、深いため息をついた。疲れているのかしら。少し休暇をあげたほうがいいかな。
「ねえ、マリア。数日、お休みをあげるわ。実家にでも帰って、ゆっくりしてらっしゃいよ。私のお世話はレイに頼むから」
「とんでもありません! レイと二人っきりなんて。そんなことしたら、陛下に怒られてしまいます」
陛下って。お父様とマリアのお休みには、なんの関係もないように思うけれど。
「お父様は私のことなんて覚えてないわよ。今の首席はレイだし。対戦は見に来ても、お父様の目に私は映らないわ」
「セシル様は王女ですよ。陛下にとっては掌中の珠。そろそろ婚約相手について、お考えになっているはずです」
「まさか! お父様には、未婚の王女が私の上に、まだ……、八人いるわ。身分から言っても、そちらの方々が先よ」
正妃様にも、高位貴族出身の側妃様にも、同じ年頃の娘がいる。母親の実家が後見して、絶賛売り出し中のはずだ。
「姉上様とはお呼びにならないんですね。半分は血のつながった姉妹ですのに」
「私の姉はフローレスお姉様だけよ。あとの方々は私達を姉妹なんて思っていないわ」
王女たちは、平民の血が入った私たちをいないものとして扱っている。透明で見えないみたいに。
彼女たちの関心事といえば、より高位の結婚相手を得ることだけ。その障害にならない私たちには無関心だ。
「それは、お二人の美しさを知らないからですわ。次の陛下主催の宴には、すべての王女様方の出席が義務付けられています。絶対にお婿様選びの場ですよ」
「ああ、あれね。王太子の誕生祝い。面倒だから、病欠したいわ」
つい最近、お父様は後継者を得ていた。私の異母弟。宴ではその披露が予定されている。
「それはいけません。御母上様にも迷惑がかかりますよ」
今度は私が、深いため息をつく番だった。あの母の顔を立てるためだけに、宴に出るなんて気が重い。ストレスで本当に病気になってしまいそう。
「なんとかサボる方法はないかしら。怪我とか……」
「無理ですよ、セシル様。王族の義務を放棄すると、権利も剥奪されますよ。私やレイのお手当も、国庫から出ているんです」
そうだった。私はお父様のすねかじり。まだ、王族としての務めもないし、自分で稼げる年齢でもない。ここから放り出されたら、行くところがないんだった。
「仕方がないわ。宴には参加するわよ。マリアとレイがいないと、私が困ってしまうもの。マリアのお給金ってどのくらいなの?」
「そんなこと、お教えできませんわ。でも、十分にいただいております。セシル様のお世話は、とっても大変ですからね!」
そのときは知らなかったのだけれど、マリアは住み込みメイドと同じ待遇で、私の侍女としての特別手当はもらっていなかった。
レイは奨学金として学費を出してもらっているだけ。つまり、私への奉仕はタダ働き。
それなのに、マリアもレイも、そのことは一度も口に出したことはなかった。私だけが主人ぶって、わがまま放題をしていただけだったのだ。
それを知っていたら、私はあの夜会でもっとうまく立ち回ったと思う。そう言い訳したところで、あのときに時間は戻らない。
あの夜の一曲のダンスが、私を取り巻く人たちの運命を変えてしまった。そして、それからずいぶん長く、私はそのことを後悔することになるのだった。
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