9. 真剣勝負

 二人の対戦は、訓練場の中央で行われることになった。王太子の対戦を片隅ではさせられないという理由で。

 訓練生たちは、防護結界が張られている外部座席に移動させられる。正しい判断だと思った。この二人が本気になったら、大変なことになるから。


 二人の力量を知っているのは、私と教師陣だけ。たいていの者は、流れ弾すら防げない。防御できるだけの魔力を持つものは、たぶん上級生に数人。魔術師としての将来を嘱望された者たちだけだ。


「まずは、君の実力を見せてよ。じゃなきゃ手加減もできないからね」


 出た、腹黒王太子。これがこの子の正体。綺麗な顔に優美な笑みを浮かべているけれど、実はこういうやつなのよ。レイがこんなあからさまな挑発に乗るとは思わないけれど、アレクって本当にいい性格してる。


「お気遣いは無用です。殿下のお気のすむように」


 それでも、レイは王族に対する礼を欠かさない。平民だろうと王族だろうと、勝負中は対等なのに。


「ふうん、じゃあ、僕から行くよ」


 アレクから攻撃魔法が繰り出され、レイからは迎撃魔法が放たれる。


 レイの魔法が凍氷なら、アレクは稲妻。性質は全く異なるのに、見惚れてしまうような美しい閃光が飛び散る。対戦を綺麗だと思ったのは、これが初めてだ。


 力は互角…ではない。微かにアレクが勝っている。たぶん、コントロールという点で。アレクは魔力を吸われないように、レイに到達する前ギリギリのところで止めている。あれではレイは防御するだけで精一杯のはず。

 ほんの少しの時間で、アレクはレイの実力を読み切った。やっぱり只者じゃない。おばば様は、なんと言ったっけ? 選ばれし者。その意味が分かった気がした。


 余裕の表情を浮かべるアレクとは対象的に、レイは必死で活路を探しているように見えた。レイは勝つ気だ。絶対に諦めないという気概が見える。


 私と対戦したときは、あっさり自分から負けたのに。どうみたって、公平じゃない勝負なのに。魔力は対等でも、平民の新入生が、帝王教育を受けた王子に勝てるわけがない。


「まだまだ。それじゃ、防ぐだけで消耗しちゃうよ」


 その言葉に煽られたのか、レイの目がアレクを捉えてギラリと光った。


 なんと表現すればいいのだろう。野生の猛獣が獲物をみつけたような輝きだ。レイの瞳から目が離せない。背筋がゾクゾクする。あれが本物の魔術師の姿。戦う男子の目なんだ。


 レイ、頑張って!


 口に出して応援したわけじゃない。でも、心が勝手にそう叫んでいた。無意識にその声を魔法で飛ばしてしまったのかもしれない。聴こえるものには聴こえる魔伝テレパスで。


 それに気がついたのは、その瞬間にちょっとだけアレクに隙きができたから。レイはそこを突いて、攻撃魔法を発動した。氷の刃が稲妻を突き破っていく。


 勝てる! 


 そう思ったときには、レイの魔法はアレクの迎撃で粉々に砕け、制御を失って四方八方に飛び散った。


「セシル! 危ないっ」


 アレクがそう叫んだとき、一瞬、何を言われたのか分からなかった。レイの魔法の破片が、こちらに真っ直ぐに向かってくる。審判として場内にいた私は、対戦に夢中になっていて、防御シールドを張るタイミングが一瞬遅れた。


 撃たれる!


 その瞬間、私の周囲に防御シールドが張られた。レイと対戦したときと同じもの。だめ! こんなことをしたら、魔法がレイに反転してしまう!


 私の不安は的中し、レイは自分の魔力の反転とアレクの魔法の両方を受けて、場外に跳ね飛ばされた。会場中から悲鳴があがる。


 底知れない恐怖が襲ってくる。レイは私をかばった。そのせいでレイが!


 レイに駆け寄りたいのに、足が震えて動かない。講師や救護班が、レイに向かって走っていくのが見える。どうしよう! レイが死んじゃう!


「大丈夫。あいつは自分にも防御シールドを張ったよ」


 足が震えてその場に崩れ落ちそうになったとき、アレクが後ろから私の両腕をつかんで支えてくれた。私はそこから一歩も動けないまま、レイが立ち上がってこちらに頭を下げる様子を見ていた。


 レイは生きている! 無事だ!


「律儀だね。まだ臣下の礼を取るんだ」


 アレクは感心したような声を出したけど、私にはそんなことを考える余裕はなかった。


「レイは大丈夫? 死んだりしないよね?」


「大丈夫だよ。魔力と生命力はかなり消耗してるけど」


 そう聞いて、私は気が抜けてしまった。アレクがそう言うなら大丈夫。よかった。本当によかった。レイが死んじゃうと思ったら、目の前が真っ暗になった。怖かった。


「僕の攻撃を防ぎながら、セシルにも防御シールドを張るなんて。どんな戦いをしてるんだか」


「アレク、やりすぎだわ。レイは初心者なの。もう少し手加減すべきよ」


「そんなことしたら、僕が危なかったよ。ね、あの子、僕にくれない? 気に入ったんだ」


 アレクの手を腕から払って、私はキッと彼を睨みつけた。レイをあんな目に合わせたくせに、どの口が言う?


「ダメよ。レイは私のものなんだから! ずっと、私のそばに置くの! 誰にもあげない」


「だろうね。あいつもセシルから離れる気はないよ。本気で僕に勝ちにきたのは、そのためだしね」


 アレクの言葉を最後まで聞かずに、私はレイを追って医務室のほうに駆け出していた。

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