8. 策士の挑発

「やっぱりお気に入りなんじゃないか。相思相愛なの?」


「なによ、それ! そんなんじゃないわよっ。変なこと言わないで! それに、あの子は私のものでもないわよ。教官の直弟子なんだから!」


 特待生として最上級クラスに入るための条件は、教官の弟子として実戦で学ぶこと。その条件通り、すでに何回か教官は小さな討伐にレイを伴っている。

 今は戦場となっている国はないので、たいていは魔物退治や諜報活動らしいけれど。守秘義務があるとかなんとかで、詳しいことは教えてもらえない。


『最上級クラスがいいんだ。どうしても。あのクラスには、セシル王女がいる』


 レイの言葉を思い出して、私は急に顔が熱く感じた。


 あれは、えっと、私と同じクラスがいいってことだよね、たぶん。それって、レイは私のことが? いや、まさかね。そんなわけない。私はいい主人じゃない。わがままだし、いじわるだし、優しくない。お世辞にも一緒にいて楽しい相手じゃないもの。


 きっと私に負けたくないんだ。レイにとっても、私が初めてのライバルのはず。クラスのせいで、遅れを取りたくなかったのよ。


「へえ、大魔術師と実戦に出てるんだ。ますます興味あるな。ね、対戦させてよ」


 なぜかニヤニヤ笑いながら、アレクがそう言った。


 こんな顔を見たら、ファンも幻滅するに決まってる。ほんっと、ええかっこしいなんだから。


「どうせ、そのつもりで来たんでしょ。隣国の王太子の意向に、背けるわけないじゃない」


「うん。こういうときに王族って便利だよね」


 マリアが淹れてくれたお茶を飲んでから、アレクは立ち上がった。


「そうと決まったら、さっそくお手並みを拝見したいな」


「ちょっと、疲れてたんじゃないの?」


「あれは嘘だよ。セシルと気楽に話したかったから」


「やっぱり! もうっ、どこまで猫かぶりなのよ」


「お互い様」


 この開き直った態度! 腹黒策士! こいつに好きな子ができたら、絶対にいじめて困らせてやるっ。そりゃ、女の子に罪はないから、ほどほどにしておくけど。


 私たちが訓練場に入ると、場内が一斉に頭を下げた。慣れていることとはいえ、本当に王族は面倒くさい。みんなだって、さぞ迷惑に思っているだろう。

 でも、今日はアレクが一緒なので、少しは気が楽だった。この子もずっと、こんな環境で過ごしていると思うと、なんとなく仲間意識が湧く。


「邪魔してごめんね。訓練を見せてもらうよ。続けて」


 アレクがそう言うと、みなが一斉に持ち場に戻った。


 一対一の対戦型。ペアになるのは実力差の少ない者同士なので、私の相手はいつもレイだった。私が不在なので、相手がいないのはレイ。あとは、対戦なんてできないようなレベルの貴族の子女が見学しているだけ。


 会場の端に立っているレイを見つけると、アレクはなぜか私の手を握った。なんで、ここで手をつなぐ必要あるのか。この子の考えることは、まったく理解できない。


「アレク、手、離してよ」


 無理やり笑顔を作ってそう言ったのに、さりげなく振り払おうとした手を、さらにぎゅっと強くつかまれてしまった。 アレク、まさか怖いとか? ないよね、この程度の対戦で。


「ねえ、レイのところに連れてってよ。彼の実力をみたいんだ」


「それはいいけど、なんで手をつなぐのよ」


「なんでって、挑発だよ。本気出してもらわないと、実力なんて測れない」


 ますます意味が分からない! これのどこが、なんの挑発になるのよ? でも、レイがアレク相手に本気を出すかは、確かにあやしい。私に対してだって、微妙に手加減してるように感じる。


 とりあえず、アレクをレイのところに連れていこう。この子のお守りはもうたくさん!


 私たちは対戦中の会場を横切って、真っ直ぐにレイのほうに向かって歩いた。アレクは訓練の様子を興味深そうに眺めながら、ゆっくりと移動している。

 早く解放されたい気持ちが強くて、つい手を引いて歩くような形になってしまう。人が見れば姉が弟を引っ張って歩くという、微笑ましい風景だ。


 それなのに、レイはいつも以上に無愛想で、なんとなく不機嫌にも見える。半年も一緒にいれば、たとえ無表情とはいっても、ある程度の感情の動きが分かる。

 何を怒っているんだろう。訓練に遅れたこと? でも、この場合はしょうがないよね。だって、来賓の接待も王族の仕事だし。


「やあ、レイ。いつもセシルがお世話になっているんだってね。ありがとう」


「恐れ入ります」


 私の手を握ったまま、ニコニコ愛想を振りまくアレクとは対照的に、レイの声は冷たかった。レイはやっぱり怒ってる。理由はよく分からないけど、アレクが嫌いみたい。


「対戦してもらえるかな」


「お望みでしたら。いつでもお相手いたします」


「ありがとう。セシルが心配でね。従者が弱かったら、いざという時に危ないから」


「それは……」


「君には荷が重いようだったら、僕がセシルを守るよ。国に連れ帰ってね」


 え、何それ。そんな話、聞いてない。私が隣国に行くわけないし、アレクだって王族としての義務がある。私にかまっている時間はない。


 それなのに、なぜかその場の空気が張り詰めた。これは殺気?  空気が微かに震えている。対戦中にも感じたことがない波動。誰が出しているの?


「その目、いいね。さあ、対戦しようか」


 周囲のキリキリした空気に気がついていないのか、アレクがのんきにそう言った。そして、二人の真剣勝負が始まったのだった。

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