7. 腹黒王太子
「わが麗しの婚約者殿。さらに美しくなりましたね」
正面ロビーで私の前に跪いているのは、隣国の王太子アレクシス。子どものくせにバカみたいに整った綺麗な顔に、どう見ても嘘くさい笑顔を浮かべている。
「ありがとう。あなたも相変わらずね」
胡散臭い子だけれど、将来の隣国国王だと思えば、礼を欠くことはできない。挨拶のキスを受けるために、私はさっと右手を差し出した。
周囲から黄色い歓声があがる。……悲鳴?
アレクは外面だけはすこぶるいい。どうやら、ここにもファンがたくさんいるらしい。でも、このパフォーマンスには、何か絶対に裏がある。第一、この子は私の婚約者でもなんでもない。
「とりあえず、施設を案内しますわ。視察でいらしたのでしょう?」
「その前にセシルの部屋に行きたいな。馬車の旅で疲れてるんだ」
大嘘つき。どうせ近くまで瞬間移動装置を使ったんでしょ。お忍びでもない限り、隣国からずっと馬車で来るわけがない。
「ご気分がよくないなら、少し休まれたら? お部屋を用意しますから」
「君が看病してくれたら、すぐに治ってしまうと思うな」
こいつ、わざとやってるな! 分かったわよ。部屋に連れてってあげるから、そのわざとらしい演技はもうやめて。
立ち上がったアレクに、私は目で合図した。これ以上、余計なことを言うなと。それに気がついているはずなのに、アレクは涼しい顔で微笑んでいる。悪ガキ!
「レイ、部屋へ戻るわ。午後の訓練には遅れるって、講師に言っておいて」
「承知しました」
レイが立ち去ろうとしたところを、アレクが呼び止めた。
「ああ、君がセシルの従者か。話は聞いてるよ。すごい使い手なんだってね。後でお手合わせ願いたいな」
「お心のままに」
アレクが差し出した右手を握ることなく、レイはその場に跪いて臣下の礼を取る。その様子に、また周囲から頭に響くような悲鳴や歓声があがった。
まあ、その気持ちは分かる。金髪と眼鏡で知的なハンサム王子と、平民で黒髪黒目の野性的なイケメン従者。タイプの違う二人が対峙している光景は、女子には目の保養だ。
しかも、この二人の魔力はたぶん互角。そんな二人の対戦が控えているとか、男子だって興奮するだろう。
その二人の間で、私は何ともきまり悪い。とりあえず、ここは退散するに限る。侍女のマリアに目配せして、私の部屋に走らせた。突然の来客で、まだ支度が整っていないから。
「レイはもう行っていいわ。アレク、こちらへどうぞ」
「彼も一緒にどう? 僕はかまわないよ」
うるさい。黙ってろというのに、まだ言うか? レイが注目されるようなことはしたくないのに! 覚えておきなさいよね。これというタイミングで、絶対に仕返ししてやるんだから。女の恨みは恐ろしいのよ。
「アレク、私の部屋は男子禁制です」
「そうなんだ。じゃあ、僕は特別なんだね。嬉しいな」
完全に遊んでる。一体全体、アレクは何をしに来たのよ? 前回会ったときに、ちょっと悪戯とか意地悪はしたけど、まさかそれを根に持った仕打ち? 王太子のくせに心が狭いっ! 器ちっちゃいっ!
アレクは私の不機嫌なんて何処吹く風。胡散臭いくらいに満面の笑顔だ。とにかく、早くここから退散したい。ここじゃ、言いたいことも言えない。
「あー、疲れた。ね、お茶入れてよ」
私の部屋に入るなり、アレクはソファーにどかっと腰を下ろした。
この子はいつも、私の前でしか本性を表さない。猫かぶりというか、なんというか。今もまるで遠慮がない。
「何しに来たのよ。まさか、あんな仲良し演技をするためじゃないでしょ?」
「ひどいな。セシルに会いたかっただけなのに」
「真面目に答えなさいよ」
腕を組んで睨みつけると、アレクはちょっと肩をすくめた。
カワイコぶりっ子したって、その手には乗らないわよ。あんたのことなんか、お見通し。王族の義務なしに、こんなところまで来ないでしょ。
「この訓練所の視察だよ。我が国でも、高等学園に魔法科を設置しようと思ってるんだ。魔術師は国の宝だから」
「そんなことだろうと思ったわ。つまり偵察ってことね」
「まあね。それに君の噂が気になったから」
「噂? なんのことよ」
私の噂なんて、ろくなことじゃない。味方のいないぼっちの王女。平民混じりの化け物魔女。どうせ、そんなところでしょ。
「すごい従者を連れてるんだってね。君より強いって聞いたよ。そんな子、今までいなかったじゃないか」
「ああ、そのこと。そうね、レイは私より強いけど……」
でも、アレクとは同等。もしかしたら、劣るかもしれない。アレクみたいに小さなときから英才教育を受けているわけじゃないし、ここに来てまだ半年だし。
「レイっていうんだ。従者にするなんて、お気に入りなの?」
「まさか。あの子は平民なのよ。だから、貴族社会への通行証みたいなもの」
「ふうん。じゃあ、もらっていい? 対戦相手がほしかったんだ。父上に頼んで、貴族の養子にしてあげるよ」
「ダメよ、ダメ! あの子は私の騎士になるの。そう決まってるの!」
私がそう言うと、アレクがくすくすと笑った。なんだが、バカにされているみたいで、すごく腹が立つ! このこと、忘れないんだからね。いつか絶対にアレクを困らせてやる!
私はそのとき、そう心に誓った。そして、その誓いが果たされたのは、それから何年も後のことだった。
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