5. 素敵な子
「レイ! もう行くわよ。片付けて!」
私の命令には絶対服従。レイは一切、文句は言わない。どんな無理難題をふっかけても、それを黙々とこなしてしまう。無機質、無表情、無愛想。それがレイ。
私との魔力戦の後、その才能を評価されたレイは特待生として最上級クラスに入った。ただし、王女である私の従者として。
平民出身者が高位貴族の子女の中で学ぶには、実力以上の理由が必要だった。私はそれを利用して、まんまと彼を手に入れた。それは良かったのだけれど、なんだか思っていたのとは違う。
「モタモタしないで。次の訓練が始まるわ」
攻撃魔法の自主練。訓練室で使用した攻撃対象物を、レイは魔法で黙々と所定の位置に戻していく。もちろん、破損部分を修理しながら。
レイは私より二歳年上だ。いくら王族だからって、年下の女の子にこき使われたら、少しぐらい不機嫌になってもよくない? なんで怒らないの?
「着替えてくるから、中庭で待っていて」
何も言わないレイにイライラしたまま、私は訓練室を後にした。こんなことは望んでなかったのに。レイを私の人形にしたかったわけじゃないのに!
レイとなら普通の友達になれると思っていた。対等に言い合って、仲良くできると思っていた。
「セシル様、そんなに気になるなら、レイとよく話し合ってはどうですか?」
戦闘訓練用の防御服を脱いでソファーに腰掛けると、侍女マリアが制服を持ってきた。私が王女の身分を得てから、ずっと仕えてくれている。唯一、気心が知れた侍女だ。
「話すって、どう話せばいいのよ。何を言っていいか、分かんないんだもの」
「だからって、いつも命令ばかりだったら、レイだって話しにくいでしょうに」
「レイは話したりしないわ。口がないのよ!」
レイと普通に話せたのは、初めて会ったときだけ。次に会ったのは魔力戦。そのすぐ後からは従者としてずっと一緒にいるのに、ろくに口もきいてくれない。
「レイは、よく話しますよ? 女子にもモテますし」
制服を着せてもらいながら、私はマリアの言葉に目が点になった。
一体、レイって、本当はどんな子なの? 優しかったり、冷たかったり、無口だったり、饒舌だったり? まるで、お芝居に出てくる道化師みたい。一人で何役もこなしているのに、本当の姿は仮面の奥。見たいと思っても絶対に見せてくれない。
だからなのか、レイが気になって仕方ない。レイのことをもっと知りたい。それにしても、十二歳で女子にモテるって何? どういうこと? まだ子どもでしょ!
「そんなの、きっと見た目に騙されているのよ!」
「見た目にですか?」
「そうよ! だって、あの顔よ? めちゃくちゃカッコいいじゃない!」
「そうですか? でも、いくら顔が良くても、それだけじゃ……」
マリアは大げさに首をかしげた。
何を言っているのよ、この人は! レイが顔だけの男の子だと思っているの? 冗談じゃないわ。
「背だって高いし、足だって長いじゃない!」
「セシル様こそ、男を見た目だけで判断してはいけませんよ。大事なのは中身ですから」
ちょっと! レイの性格にダメ出ししてるの? ありえない。マリアってば、一体、何を根拠にそんなこと言ってるのよ!
「レイは成績だって優秀だし、魔法だってトップレベルの実力よ!」
「うーん、お勉強ができるだけじゃねえ。そういうのを自慢するようなプライドが高い男は、ちょっと遠慮したいですねえ」
マリア、喧嘩売ってるの? レイがそんな子のわけない! そりゃ、魔力戦で対戦したときは傲慢だと思ったわよ。でも、結局は私を助けたじゃない。誰かを痛い目に合わせたりは、絶対にできない子なのよ!
あのとき、レイは最上級クラスに入れる実力を証明したかったんだと思う。だって、どうしてもあのクラスで学びたいみたいだもの。だから、私を怒らせて本気を出させた。
実際、レイはクラスの誰よりも熱心で、講師陣にも一目を置かれている。どんなつまんない訓練でも、手を抜くことはない。
「そんな子じゃないわよ! レイはね、努力しているの。時間をみつけては、一生懸命、訓練をしてるんだから!」
「それ、コソ練って言うんじゃないですか? してないよって言って、影でガッツリ訓練してるガリ練くん?」
「違うわよ! 私の世話で忙しいし、平民だからって本を借りるのも一番最後なの! だから、隙間時間を使って勉強してるのよ。すっごく頑張り屋なんだから!」
私がこんなに怒ってるのに、マリアは始終笑顔を絶やさない。主の怒りを買ってるのに、一体どういうこと? この人もよく分からない。
「それは感心ですけど、頭でっかちは理性ばかりで。感情が乏しくなりますしねえ」
「待って! それも違う。無口だけど、レイは礼儀正しくて謙虚で、それに優しいのよ!」
「例えば、どんなときに?」
どんなときって! お願いしたらなんでも聞いてくれるし、私がやりやすいように立ち回ってくれるし、困ったときは助けてくれるし。さりげなく、間違いを指摘してくれるし、私をよく見ててくれるしっ!
「いつもよ! いつだって、どんなレイだって、とにかくレイは素敵な子なんだから!」
そうよ! 無愛想だけど、いつも優しいの。私を守ってくれるのよ。
「そうですか。じゃあ、やっぱりレイは、女子にモテて当然ですね」
私に制服を着せ終わったマリアは、まだ楽しそうにニコニコと微笑んでいる。それに引き換え、私はなんだか面白くない。胸がムカムカする。レイがモテると証明できて、何がそんなに嬉しいの? マリアって本当に意味不明!
「レイが待ってるから、もう行くわ!」
私はそう言って、この変な会話を打ち切ることにしたのだった。
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