4. 人生初の好敵手

 強い。これがあの子の実力? 本当にあのレイって子なの? 新入生は基礎魔法しか知らないはずなのに、どんな攻撃を仕掛けても跳ね返される。全く手加減していないのに!


 短期研修を終えた新入生が、魔力レベルを披露する御前試合。勝ち抜きトーナメントの最終戦は首席生徒との対戦になる。首席というのはここで一番強い生徒。つまり私だ。


「なんで攻撃しないのよ! 撃って出なさいっ。チャンスなのよ!」


 あの子は無傷で私の攻撃を受けているだけじゃない。だって、まるで魔力を吸い取られるような感覚がする。


「ご指導ありがとうございます」


 あの子は攻撃魔法を防ぎながら、私に向かって丁寧に返答する。


 指導ですって? この状況で劣勢の私が何を指導できると言うのよ! しかも、そのへりくだった態度は何? 私が女だから? 王族だから? 手加減してやってるって余裕?


「機を逃すなと言っているの! 油断すると命取りよ」


「心得ています」


 バカにしてっ。私には本気を出せないってこと? やる気がないなら、私が出させてやる!


「後悔するわよ。この勝負、私がもらうわ」


 新入生には使えない高度攻撃魔法。反撃なしでは防ぎきれないはず。実力を出し惜しみしたら本当に怪我する。腕の一本や二本、折れてもおかしくない。


 眩い閃光を放って繰り出した攻撃魔法に、向こうからも攻撃魔法が出た。上手く行った!


 そう思ったのも束の間だった。私の魔法が跳ね返されて、あの子の攻撃と共にまっすぐにこっちへ向かってくる。防御をする時間がない! このままではやられる!


 とっさに体をかばうと、目の前に微かな光のシールドを感じた。誰かが目に見えない強力な結界を張っている。


 誰? 教官? おばば様?


 ……違う。これはあの子。レイの魔力だ! 攻撃と同時に防御魔法をかけた? どんな力よ! でも、これじゃ、あの子に攻撃が戻ってしまう。


 案の定、彼は反転魔法を受けてその場に崩れ落ちた。


 あれだけの攻撃を受けても、まだ片膝をついて立っている。自分にも防御魔法をかけたんだ! そんな余裕あったの?


「負けました」


 審判が判定を言う前に、あの子がそう言った。どんな勝負も、負けを認めたほうが負ける。魔力戦では勝負を放棄してはいけない。


「勝負あり! セシル王女!」


 おばば様の声が聞こえた。ギャラリーから歓声が沸く。私への称賛と歓喜の声が叫ばれる。


 違う。勝者は私じゃないわ! みんな、見ていなかったの?


「……お手合わせ、ありがとうございました」


 救護班が到着する前に、あの子は私に王族への最敬礼した。それでも、決して私と目を合わせない。気まずそうに目をそらしたままだ。自分のしたことが私の誇りを傷つけたと、あの子は知っているんだ。


 悔しい。悔しい。悔しい! この私がこんな目に遭わされるなんて。情けをかけられるくらいなら、負けたほうがましだった。許せない。絶対に許さない!


 そう思うのに、この不思議な気持ちは何だろう。


 初めて互角に戦える相手。訓練を積めば明らかに私を超える実力の持ち主。そんな子が存在するなんて。私に好敵手ライバルができた。そんなことがこんなに嬉しい。


 私は魔力の化け物なんかない。あの子と同じ普通の人間なんだ。


「どうじゃったね、今回の対戦は」


 いつの間にか、おばば様が私の隣に立っていた。禁止されている高度魔法を使ったことも、誰が真の勝者なのかも、この会場では教官とおばば様だけが知っている。


「完敗です。私の負け。反則負けだし、実力でも負けたわ」


「お前さんのいいところは、そういうとこじゃのう。ええ子じゃ」


「あの子、どこから来たのかしら。おばば様、知ってる?」


「大陸の西端の村を覚えているじゃろ。島への船がでる。あそこの孤児院出身じゃ」


 野外劇場のある村だ。小さい頃に何度かお芝居を観に行ったことがある。あの村の牧師さんは魔法を使える人で、おばば様に師事していた。そうか、だからあの子はあんな魔法を。


 救護班に肩を貸されて歩いていく男の子を見つめながら、私は西の果ての村のことを思い出していた。厳しい自然に囲まれた貧しい村。カモメと羊しかいない。


「おばば様、知ってたのに黙っているなんてひどいわ。あの子、牧師様から学んでたんでしょう。初心者じゃないなら、もっと違う戦い方ができたのに」


「魔力のコントロールだけは習っておったろうの。他の子どもたちに危険が及ばないようにな」


 あの孤児院には、何度かお布施を届けたことがある。特に強い結界が張っているようには見えなかった。確かに、あの子の魔法が暴走したら、他の子どもたちが危ない。


「あの子、気に入ったわ。私の騎士にする」


 それには父王の承認が必要だ。私は客席を見上げ、ローブの端をつまんで父王に頭をさげた。年に三回、この試合でしか会わない父。国王陛下。父にとって、私の価値はこの魔力だけ。


 それでも、十七人もいる王女のうち、その一人の試合に足を運ぶなんて、この父にとっては異例なことだ。存在を認識されているだけでも奇跡。


 父は私に軽く頷いてから席を立った。教官と何かを話しながら、護衛たちに守られて去っていく。国王の退場に会場全体が頭を下げた。


「あの子はまだ修業が必要じゃよ。敵をかばうなぞ、その発想が命取りじゃ。優しさは毒なんでの」


「あの子、私を助けたのよね」


「そうじゃな。その隙を突かれれば、あの子は死ぬ。王女さんは負けとらんよ。最後に生き残るのはお前さんじゃ。やはり、あの子も後継者には向かんのう」


 そう言って、おばば様は大きなため息をついた。


 確かに、昨日のあの子は優しそうだった。でも、今日、私の前に立ったあの子には、優しさよりも冷静さと傲慢さを感じた。同じ子なのに、どうしてこんなに印象が違うんだろう。どっちが本当のあの子なんだろう。


 おばば様と一緒に退場しながら、私は昨日のあの子の笑顔を思い出していた。

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