3. 運命の恋

 王家に流れる強い魔力は、必ず男子に受け継がれる。そして、その魔力量の多さゆえに、母体の許容範囲を超えてしまう。王族に男子が極端に少ないのは、そういう理由だ。だから、国王が見境なく女を漁るのは王家存続のため。


 もちろん、それは建前で実際は好色のせい。なぜって、国王の愛人はみな見目麗しい女性に限られるから。そして、母たちの美貌のおかげか、この国の王女たちは世界でも美人姉妹と誉が高い。


 そんな側妃たちに中でも、私の母は群を抜いて美しかった。ほんの少しだけ魔力を持った平民の踊り子で、お金に目がくらんで王の子を宿した。

 男子を産めば、すぐに側妃に取り立てられたのに。期待に反して、生まれたのは娘だった。それが私だ。


 そうして、母は生んだ娘を育てることなく、おばば様に押し付けたのだ。王家の魔力が発動することを期待して。


 おばば様の養育で私に強い魔力が発動したのは、それから七年後だった。それを機に、私と母は王都に召喚された。母は魔力ある子を産める器として。私は父王の手駒として。


 フローレスお姉様も、私と似たような境遇だった。その母は希代の歌手で、側妃になる前に亡くなっていたけれど。


「誤解せんでおくれな。お前の姉がどうというわけじゃないんよ。ただ、シャザードの情の深さが心配でのう。あれがここにいる理由は、その恋人のためだけじゃ」


「教官は子供たちのためにいるんだって、お姉様はそう言っていたけど」


 世界中から仕事の依頼がある高名な魔術師。だから、この国にいるのはまれで、お姉様はいつも寂しそうだった。あの人は仕事が恋人だと、だから自分は一番じゃないと、そう言っている。


 それでも、夜になるとお姉様はそわそわして、いつも窓の外を見ていた。いつ教官が来てもいいように、毎晩のように念入りに支度をして。お姉様が恋人を待って窓辺に立つ姿は月の女神のように美しくて、私ですらぼうっと見とれてしまうくらいだった。


 そして、ほんのたまに闇に紛れて教官が来ると、私はいつも別階の部屋に引っ込んだ。二人の逢瀬を邪魔するほどバカじゃない。十歳の私だって、もうそのくらいの配慮はできる。


「本来なら、この施設は一国家のものであってはならんのじゃよ。魔力は神の恵みじゃ、独り占めしていいわきゃない」


「それは分かるけど……」


 この施設が成り立っているのは、教官の名声のおかげだった。国際社会からの非難がないのは、彼の魔術師としての功績があるからと言ってもいい。

 父王の私利私欲が慈善事業として評価されているのは、教官が監修しているという事実によるもの。そして、その教官の後見をしているのが、世界に名の知れた西の賢者おばば様だからだった。


「シャザードはわしの後継者にはなれん。今期こそ、いい候補者がいればいいがの」


「おばば様、それなら私は? 私なら情に流されるなんてことないわ。好きな人もいないし、できるとも思わない。おばば様の意志を継ぐわ」


 私がそう言うと、おばば様は顔をクシャクシャにして笑った。小さい頃からずっと、おばば様は私を可愛がってくれた。その恩に報いたい。


「早まってはいかんぞ。王女さんは世界を救う恋をするんじゃよ」


「ええっ? それは、おばば様の予言?」


「いや、乙女の勘じゃ」


 おばば様、乙女って……。ああ、そうか。いくつになっても、私たちは乙女なのかもしれない。


「分かったわ。じゃあ、そういう人に巡り会えたら、一番におばば様に報告するわね」


「楽しみにしておるよ」


 私たちはお互いに微笑みあった。大好きなおばば様。私には祖母のような、母のような、親友のような人。大切な師匠。


 そうして、私たちはいつもの女子会を終え、明日の魔力戦の準備に入った。おばば様は審判、私は最終戦の相手として。


 教官の短期研修を終えた新入生たちが、その成果と実力を見せる魔力戦。それを勝ち抜いた者は、最後に首席者と対戦する。今は私の役目だ。

 今まで何期も対戦したけれど、私が負けたことはない。今回もおそらくストレート勝ち。私を守れるのは、私だけ。


 私はそう思いながら、宿舎から施設への道を戻っていた。そして、裏庭で私は小鳥助けたレイに出会ったのだ。


 黒い髪に黒い瞳。貴族には見ないような野性的な美貌。スポーツではなく、自然の中で鍛えたような逞しい肢体。日に焼けた健康的な肌。

 無愛想で無表情なのに、感情がないというわけじゃない。たまに見せる感情の振れに、私の気持ちまで揺さぶられてしまう。


 レイはこの先ずっと、命をかけて私を守ってくれることになる。そして、私もレイのために命を賭ける。生涯にただ一人の愛する相手として。


 あれは私にとって運命の出会いだった。そして、レイにとっても。


 ただし、私がそれに気がつくのは、それからもうちょっと先のこと。初めて会ったとき、私はまだ子どもで、恋というものがどういうものかも知らなかったから。


 そして、ようやくそれを知ったときには、私たちはもう過酷な運命の渦に巻き込まれていたのだった。

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