月の日
竜人族というのがいる。
見た目は人間だが、硬い鱗に鋭い爪、それに黒翡翠のような角を持つ奴らだ。
異様な外見を持つ彼らは身体能力に優れており、しばしば魔力量もずば抜けている。そのため、昔から戦争などで重宝されてきた。
彼らは数が少ないながらもその能力の高さから覇権を得た人間族の社会でも一定の評価を受けている。
軍人や法務官、魔法使いとして活躍する中には竜人であるものも多い。普通の人間との人口比も鑑みれば驚異の割合だ。
彼らのコミュニティは徹底した男性社会により支えられている。男性が中心となって運営されており、女性はしばしば虐げられる立場にあった。
しかし、単に女性が苦痛を強いられるというだけではない。男の方も何かあれば全ての責任が問われるし、高い能力を当然のように求められる。
基本的に全てがストイックなのだ。過剰と言ってもいい。あらゆる側面において極端なのが竜人族という存在なのだ。
彼らの社会では実力主義が過剰なほど敷かれている。苛烈な競争によって多くのものが傷ついていた。
それ故に竜人族はしばしば攻撃的な一面を持つ。あまりにも大きい文化の違いにしばしば周囲の人間族は恐怖を感じるほどだった。
そんな竜人族の一人である、女にして近衛騎士小隊長という軍役を任じられている〈リンデファ〉は自分の執務室の扉を開いた。
「待たせたな」
「……」
室内には既に男性近衛がいた。彼の存在を無視するように椅子に腰掛ける。
ぎしっと椅子がなって、彼女は机に肘をついた。
「王都より通達だ。二日後よりフーダラの街へと向かう」
「……急な話ですね。何かあったのですか?」
「お前は余計なことを聞かなくていい。ただ命令に従え」
「……はい」
返事をした騎士は少年のようにも見える。
何せ、15歳で近衛騎士になってからまだ三年しか経っていないのだ。年齢的にはバラッドが冒険者になったばかりのタイミングである。
彼の名前はギルヴァ、リンデファの実の息子だった。
高い身体能力と剣の腕、更に魔法の素養を買われ近衛に最年少で入隊した。
そこまではよかったものの、一般的に竜人族は能力は高いが気性が荒い。
そのためにしばしば人間族からは敬遠されていた。彼もまた母親が指揮を取る部隊に配属されている。
文句を言える立場でないのも分かっているが、ギルヴァはその人事に人族の竜人族に対する疎外を感じとっていた。
「スタンピードのことは聞いているか?」
母が、今は上司の人が口を開いた。
「はい。なんでも十日ほど前にスタンピードが起こったとか」
「それがどうにもきな臭いという話だ。調べるぞ」
「……」
余計なことは聞くなと言いつつ自分に話を振る母親に思うところもあったが、それ以上にスタンピードがきな臭いという話は良くわからなかった。
それでなぜ対人特化のこの部隊が動かされるのだろうか。普通は対魔物を想定された部隊が動かされるはずだが、人為的な何かが介入する余地があるというのか。
スタンピードなど、雨が降ったり火山が噴火したりするのと同じだというのに。
しかし、聞いても母は答えてはくれないだろう。
立場的にも副官である彼には情報はもたらされない。
リンデファのいう通り、言いなりになるしかないのだ。
「……了解しました」
「お前は各隊員に連絡しろ。一人でも遅れる奴がいたら置いていく」
「分かりました、失礼します」
ギルヴァは礼をしてその場を去った。
竜人族は男性中心の社会だが、同時に実力主義でもある。
彼らの定義では雄とは「強き者」なのだ。故に女であろうと「雄」にはなれるし、世帯を率いることもできる。
竜人族社会においてリンデファがギルヴァの上に立つのもまた許されることだった。
◇
「……頭が重い」
マゼンダは馬小屋のような寝床で目を覚ました。
朝の冷気が彼女の体を固めている。起きあがろうとすると体の随所から悲鳴が上がって不快感が湧き上がった。
「気持ち悪りぃ……」
昨日、彼女は突然
仲間達に事前に知らせることもなく無断での欠席だ。きっと心配をかけただろう。バラッドが自分の家にまでやってきて安否を確認しにきたほどなのだ。
罪悪感に苛まれる。これまでそういったことはないようにしてきたのに。
「くそっ──」
次からはもっと自分の体調に気を配らなければいけない。いや、だとしても今回のような事態は予測し得ないだろう。
残念ながら、これからも。
なにせ、一昨日まで本当に予兆がなかったのだ。つもならだんだんと体が重くなって時期だと分かるのに、今回はそれもなかった。
最近、マゼンダには一つの悩みがある。
それは、なぜだか感情的になりやすいことだ。
自分の情緒に振り回される。
それはマゼンダにとって耐え難い苦痛だった。
自分が女性特有の悩みで振り回されるのが許せない。そんな軟弱な理由でへばってしまう自分の体も、自分自身も、何もかも許せなかった。
心が目に見えないものに振り回される感覚がしてうざったい。自分の女としての部分が不愉快ったらありゃしない。
いっそのこと、下半身のものを全て切り落とせればいい。
学ばず血を垂らすこの股も、定期的に使い物にならなくなるこの体も、戦闘の時に邪魔になる胸もみんな嫌いだ。
男に生まれたら良かったと何度思ってきたことか。それでも彼女はどうしようもなく女性なのだ。いくら祈ろうとその願いは叶わない。
男性であったなら、もっと戦えたはずだ。仲間とだってもっと打ち解けられたはずだ。バラッドとだって、もっと仲良くなれただろう。
後悔ばかりが募っていく。羨望ばかりが溜まっていく。無念だけが自分を蝕んだ。
もし、男に生まれていたら。
「……はぁ」
気怠い体を起こして、立ち上がった。
──きっと、バラッドは私が女の事情で休んだと正直に伝えただろう。
それは自分が一番危惧していたことだ。けれど、もう遅い。後の祭りなのだ。
バラッドのせいではない。それ以外に私の無断欠席を説明しようがないし、あってもアイツでは思いつかなかっただろう。
女が女特有の理由でへばって、それを周囲に説明する時の誤魔化し方なんてバラッドが知るわけない。それはマゼンダにとっても好ましくある。
仲間が自分を女として見るのが嫌だった。そうならないためにこれまで自分のそういった部分を極力見せないようにしてきた。
なのに、昨日は随分と甘えたことを言ってしまった。まるで懸想している男に頼る女のような態度でバラッドの優しさを利用してしまったのだ。
そんな自分が許せない。
バラッド相手に自分の弱い部分を曝け出してしまったこともまた問題だった。
恥ずかしい。死にたい。消えいりたい。
弱気になった自分がマイナスな方向へと思考を誘う。できるなら昨日の自分を引っ叩いてやりたい。
周囲に女だからってできない奴と思われたくなかった。
女だって、男と同じようにできるのだと示したかった。
女だからと、戦場は似合わないなんてクソみたいなことを言われたくなかった。
それを言われないために今まで男らしくしてきたのだ。
周りのクソどもに文句を言わせないために誰よりも一番に魔物に突っ込んでいって、荒々しく魔物を仕留める。
その姿を見せれば立ち所に同業者の男達も自分を認めてきた。自分たちは対等だったはずだ。
それが昨日の一件でおじゃんになる。きっと、仲間達は今回のことで自分への見方を変えるだろう。配慮のある、少し憐憫の滲んだ視線を向けてくるはずだ。
それは自分にとって最悪なことであったはずだ。
なのに──
「……顔洗おう」
ふらふらの足取りで家を出る。
──それなのに、最近になって女に生まれて良かったと思うようになってしまった。
でなければ、バラッドと出会えなかったと。
アイツに女としてみられる機会さえなかったと。
バカなことを、男だったとしてもアイツとは出会えただろう。むしろ同姓の方が友人としてもっと仲を深められたかもしれない。
そう罵る自分がいても、私は女としての自分の言葉を否定しきれなかった。
「──ぷはっ」
井戸で水を汲んで、顔面に冷たい水をぶちまける。
幾分か気分がシャッキリとした。
「んん……ちょっと、歩くかな」
性欲処理用のサキュバスですが、ご主人様(23歳・独身冒険者・女性不信)に恋愛を教えようと思います どうも勇者です @kazu00009999
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