マゼンダのダウン

「……質問はありか」

「……」

 

 こくんとアイツは頷いた。二択の質問以外よこすなということだろう。

 

「……悪い。聞きたいんだが、今まではどうしてたんだ。お前がそういうふうになるの、少なくとも見せるのはこれが初めてだろ」

「……あんまり見せないようにしてた。お前ら、男だろぅ? そのお前らに、言ってもしゃあねえじゃねぇか」

「なら、我慢してたってことか?」

「……そういう日も、ある。無理な日は、休ませてくれって言ってたろ?」

「……そうだな」

 

 そうか、こいつがちょくちょく休んでたのは月の日だったのか。

 

 戦闘狂の癖にしっかり休みは取るんだなと感心していたが、そもそも戦えないと分かっていたから事前に申告していたのか。

 

 ……待てよ。もしそれがなかったら、こいつは永遠に戦い続けたんじゃねえか?

 

「……おっかねぇ」

「何がだ?」

「……別に」

「おまぇぇ……失礼なこと考えただろ」

 

 鋭いんだよな……

 

「ああ」

「お前ぇ〜、バラッド〜」

「分かった分かった。悪かったよ」

「……なら、謝れ」

「ええ?」

 

 何だか棘があるな。

 

「……悪かった」

「……ん、よし」

「何だそれ」

「んん、うるさい!」

 

 マゼンダはしばらく横たわって、腹を痛そうに抱えていた。

 

「いてぇよぉ……」

「いつもこんななのか」

「……」

 

 フルフルと首を振る。違うのか。

 

「なら、今日は何でそんなにきつい」

「……わかんねぇ」

 

 掠れるような声だった。

 

「……そうか」

「昨日は何ともなかったのに、いきなり来やがったぁ……! 殺してやりてぇ、こいつぅ……!」

「何と戦ってんだよ」

 

 痛みとさえ戦うとか、どんだけ戦闘狂なんだ。

 

「最近変だしよぉ……」

「どうした」

「何でもねぇ……!」

「……そうか」

 

 しばらく黙ったまま一緒にいる。

 

 よくよく考えたなら、こういう場面は男に踏み込んでほしくないんじゃなかろうか。

 

 出て行ったほうがいいかな……?

 

「……そろそろ行くぞ。ベンダー達が待ってる」

「待てぇ……」

「どうしたよ」

「…………行くな」

「そうは言ってもな」

「行くな」

「……」

 

 まるで子供みたいにマゼンダは言ってた。

 

「……」

「……」

「……しゃあねえな」

「……」

「ベンダー達には後で謝ろう。一緒に謝ってやるから」

「……アタシは悪くない」

「なら俺一人でいいよ」

「……嘘だ、ごめん」


 痛みは人を随分素直にさせるらしい。それだけ辛いということだろう。

 

 しばらくマゼンダと一緒にいる。

 

 馬小屋みたいな場所だったが、次第にマゼンダの様子も落ち着いてきた。

 

 きつい時は心細くなる。こいつもきっと誰かを頼りたかったんだろ。

 

「……悪い。もういいぞ」

「いいのか?」

「ん……」

「……それじゃあ、行くからな。なんか買ってきてやろうか?」

「……」

 

 マゼンダは首を振る。

 

「分かった。しばらくは休みにしよう」

「それは──!」

「一日二日で治るもんなのか?」

「……違う」

「なら休め。仕方ねえだろ」

「……すまん」

「謝んな。前に助けてもらったろ」

 

 そういうと、マゼンダは少し疲れたように髪を乱しながら──


「あぁ」

 

 ほっとしたような顔をしていた。

 

 ◇

 

「というわけで、マゼンダは休みだ。しばらくは休ませてやってくれ」

「あいつが休むなんてなぁ。戦闘ゴリラでも雌ってことか」

「……ベックさん、流石に言い草が酷すぎますよ」

「わりぃわりぃ」

「ベンダー、どうする。このまま四人で潜るか?」

「……いや、やめよう。マゼンダの対応力は貴重だ。彼女がいないなら今の迷宮は潜らないほうがいい」

「魔物が少ないからいけんじゃねえのか? 稼ぎどきだろ」

「だからこそ、だ。そういうのは油断を生む。ここは万全をとって休もう」

「分かりました」

「分かった」

「へいへい、分かりました。リーダー様」

 

 ベンダーはベックの嫌味ったらしい言い方に少し眉を顰めていた。心労えぐそうだな、こいつ……

 

「バラッドさん、マゼンダはどうでした?」

 

 解散の直後にバーバラは聞いてくる。

 

 よく二人で喧嘩しているが、なんだかんだで心配なんだな。

 

「キツそうだったよ。昨日は大丈夫だったのに突然って言ってた」

 

 あれ、こういうのってどこまで話したらダメなんだ?

 

 一応、女としてのアイツのプライベートってことになるよな?

 

 だけど、仲間の状態の情報共有も大事なのでは……?

 

「そうですか……」

「心配なら見舞いに行ってやったらどうだ? あいつ、寂しがってたぞ」

「えっ、マゼンダが、僕をですか……⁉︎」

「ああ、いや。単純に人恋しいみたいな、痛みできつい時はみんなそうだろ」

「そ、そうですか……」

 

 バーバラは俯く。


「……」

「……いや、やめておきます」

「そうか」

「僕が言ったら追い返されそうなので」

「そうはならんだろ。結構甘え調子だったぞ。帰ろうとしたら、帰らないでくれーみたいな」

 

 あっ、今のは余計だったな。すまん、マゼンダ。

 

「……それはバラッドさんだからですよ」

「え? どういう意味だ?」

「……」

 

 俺たちの会話を、ベンダーも視線をこちらに向けて聞いていたが、何も言ってこなかった。

 

 バーバラは結局言葉の意味を教えてくれなかったし、ベックに至っては帰り際に変なことを聞いてきた。

 

「また見舞いに行くのか?」

「は? 何でだよ」

「え、行かないのか?」

「あー……結構キツそうだったからな。行ってもいいんだが……流石にいかんだろ」

「なんでだよ」

「いや、ほら。女特有のアレなら、男が変に立ち入っていいものでもないだろ」

 

 そういうとベックはしばらく悩んでいた。

 

「ん〜、それもそうだな」

「どうしてそんなこと聞いてくるんだ?」

「じゃ、またな」

「あっ、おい!」

 

 ベックが自分の住む庶民区の方へと走り去る。

 

「……言うだけ言って、行きやがった」

 

 今日は皆んなおかしい。

 

「……」

 

 軒先をノックする。

 

 家に入ろうとして、足を踏み入れたところでニーニャの声がした。

 

「あっ、待ってください!」

「……あいよ」

 

 随分と慌てた声に、俺は一度足を戻して体の向きを変える。

 

 ごそごそと衣擦れの音が中から微かに聞こえて、しばらくするとニーニャが出てきた。

 

「お、おかりなさい! 今日は早かったですね」

「あぁ、今日は急遽休みになった」

 

 ようやく家に入る。彼女はいつものドレス姿に着替えていた。

 

「……」

「……あの、何か?」

「いや」

 

 言うのは野暮だ。

 

 いつもは几帳面な彼女が、そこにボロ布のローブを脱ぎ捨てていたり、入る時随分と驚いたように俺を呼び止めたり、正直露骨に証拠が残っている。

 

「……」

「……じゃあ、先生。今日も授業を頼めるか?」

「はっ、はい!」

 

 笑顔を取り繕った彼女の頭を撫でる。

 

 もう少し、ノックしてから入る時間を長くした方がいいな。

 

「まるで他人の家だな」

「何がですか?」

「いや、何でも」

 

 独り言を握りつぶして今日も授業を受ける。

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