女の日

「──聞いたか。騎士団の話」

「知らん。どんな話だ?」

 

 ある日のギルドにて、珍しくベックと二人で先に集合を待っていた時だ。

 

「何でも王都の方からヤベー奴がやってくるってよ。今回のスタンピード絡みで」

「……? スタンピードは終わったろ。それで、なんで王都から騎士を寄越すんだ」

 

 タイミングとしては遅すぎる。スタンピードの前ならまだしも、そんな後から来られてもという話だった。

 

 しかし、ベックは俺の問いかけに顔を寄せてくる。余り聞かれてはならない話ということか。

 

「何でも、今回のスタンピードはおかしいって話だ」

「どういうことだ?」

「なんか、人為的にとかなんとか」

「……スタンピードが、か?」

 

 にわかには信じ難い話である。

 

 人為的にスタンピードを起こすなど、果たして可能なのだろうか。

 

 人が天候を操ろうとするようなものである。

 

「分からん……そういう話になってるんだが、どうにもスタンピード絡みでやってくるらしくってな。だったら、なんかあるんだろって話になって……」

「それでどうして人為的に起こされたって結論になるんだ。話が飛躍してるだろう」

「それがな。やってくる連中が、どうにも対人特化の奴ららしい」

「……」

 

 スタンピードに関して調査するなら迷宮を探索するだろう。

 

 それなのに人相手に有利なやつを遣すとなれば、そこに人が介入しているということになる。

 

 だから、人為的なものじゃないかって話か……筋は通ってるな。

 

「逃げるか?」

「いやぁ、微妙そうだ。下手に逃げて嫌疑をかけられでもしたら目も当てられねえ」

「相手がどのぐらい深刻に捉えてるかによるな」

「全くだよ。王都の連中はそのままのうのうと都で燻ってればいいのに」

 

 しばらくしてベンダーとバーバラがやってきた。

 

 マゼンダがまだいない。あいつが最後か、珍しいな。

 

「マゼンダは?」

「まだ来てないのか」

「変ですね。いつも真っ先にいるのに」

「腹でも下してんじゃねえか」

「それなら、誰かが様子を見てくる必要があるな……バラッド」

 

 なぜだか、ベンダーは俺を呼んだ。

 

「お前が行ってこい」

「えっ? 何で俺なんだ。マゼンダの家なんて知らないぞ⁉︎」

「ほら、庶民区の東にあるとこだよ。ボロ屋の、知ってんだろ?」

「知らねえよ! ていうか、ベック。知ってんならお前が行け!」

「え〜、俺ぁ行きたくねえよ。万一あいつの虫のいどころが悪かったら俺、殺されちまう」

「俺だってアイツが不機嫌な時に一緒になりたかねえよ……!」

 

 その言葉に周囲は少し鼻を曲げた。

 

 一体、何なんだ……?

 

「……とにかくバラッド、お前が言ってこい。本当に体調不良かもだしな。それなら今日は休みにしよう」

「最近、休んでなかったしな。ちょうどいいだろ」

「おい、お前ら。勝手に……」

「ほら、行ってこい。バーバラもそれでいいよな?」

「……はい」

 

 少しだけ俯いているバーバラに、声をかけるベンダー。

 

 俺はベックに押されてギルドから追い出される。

 

 まじで、一体何なんだよ……⁉︎

 

「ほらっ、行ってこい!」

「いたぁ! おいベック、覚えてろ⁉︎」

「へえへえ、覚えておきますよ。記憶料銀貨一枚な」

「ふざけんな!」

 

 そんなわけで、俺は慣れない庶民区に向かうことになった。

 

「……たく、何なんだよ。ベンダーもベックも」

 

 バーバラも様子がおかしかったし、一体何なんだ? あいつら、俺を嵌めようとしてるんじゃなかろうか。

 

「……ここだったよな」

 

 そこはボロ屋と言って差し支えないほど寂れていた。ここに住んでいるのか、あいつ。

 

「おーい、マゼンダー? いるか〜?」


 どの部屋にいるか分からない。ベックに聞いておくんだった……

 

「おーい、マゼンダー。いるか〜」

 

 声をかけながら一つ一つ見ていく。

 

 探し人というアピールをして、部屋を覗いて行った。

 

 中にいた奴には多少怪訝な顔をされたが、これなら不必要に警戒も買うまい。

 

「おーい、マゼンダー」

「──んぁ〜」


 どこかで呻き声が聞こえた。

 

 ここか……?

 

「おい、マゼンダ?」

「……ぁ〜? バラッド……何でお前が……」

「大丈夫か。集合にいなかったから」

「あぁ〜……わりぃ、ちょっとダウンしてる……」

 

 マゼンダは床に寝っ転がって項垂れていた。体調悪いのか。

 

「大丈夫か」

「いやぁ……だいじょばん。腹いてぇ、きちぃ……」

「変なもんでも食ったか」

「……そういうのじゃねぇ」

 

 うめくようにバーバラは答えた。

 

 変だな。どうせこいつのことだから、美味そうなもんを拾い食いしたとかそんなんだと思っていた。

 

 まじで病気か? そうなると、こいつに金はあるのか?

 

 ベンダーにパーティ間の貸し借りは厳しく言われてるし、下手に俺が手を貸すわけにも……

 

「……」

「……んぁ、そういうんじゃなくてだなぁ〜」

「喋んな、きついだろ」

 

 俺の制止を聞かず、マゼンダは続きを話す。

 

「……んぁー、あるんだよ。そういう……」

「……?」

 

 そういう……? なんだ?

 

「……」

「……あ」

「……」

 

 もしかして、あれか? ニーニャに聞いたあれなのか?

 

「……バラッド──」

「あー、もしかして、あれか。女の、あれか」

「ぁ〜、まぁ〜、そうだよぉ〜……」

 

 かなりきつそうに項垂れていた。

 

 そうか、こんなにきついのか。知らなかったな……

 

「……大丈夫か」

「んぁ〜、だいじょばん。というか、お前に知られたのがショックだ……」

「何でだよ」

「……」

 

 しまったな。

 

 ベックにどの部屋かは聞いてなかったし、ニーニャにこういう時どうすればいいかも聞きそびれている。

 

 本当に準備不足だな。彼女ニーニャがいたら怒られるな。

 

「……なんか食うか」

「ん〜、食欲ねぇ……」

「そうか……」

「……」

 

 しばらく沈黙が落ちる。こういう時、出て行かないほうがいいよな?

 

「……何で知ってた?」

「あぁ?」

「だから、何で知ってたんだ!」

 

 なんか、こいつ、情緒不安定だな。ニーニャに聞いた通りか。

 

 女は月の満ち欠けに合わせて体調が悪い日があるという。

 

 その日に性行為は行ってはならず、できる限りそっとしろと言われた。

 

 できれば、優しくしてやれと……精神が脆弱になるというのが彼女の言だ。

 

 大変なんだな、女って……

 

「……」

「……」


 マゼンダが睨んでくる。機嫌悪いのはわかるが、そんなに怒ることか?

 

「……知り合いに聞いたんだよ」

「女か……?」

「何でそんなこと聞くんだよ」

「女か!」

「……ちげぇよ」

 

 少なくとも、俺の女じゃねえ。

 

「女心には得意っぽいけどな」

「……恋愛相談が云々とか、言ってたやつか」

「それそれ、そいつに聞いた」

「……ならよし」

 

 まじで、何なんだ……?

 

「……」

「……」

「……なんか、話せ」

「はぁ?」

 

 なんかって何だよ。

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