ご褒美

 近くの川で汚れを落とす。

 

「……臭くないよな」

 

 匂いを嗅ぐ。

 

 臭かった。けど、もうこれ以上はどうしようもない。

 

「……これは──」

 

 川のほとりに聞いたことのある草があった。

 

「……植物臭いのと、汗臭いのじゃ前者の方がまだマシだな」

 

 臭い消しになるというそれを体に擦り付けて、家路を辿る。

 

 一度、入口の方をノックしてから入った。

 

「帰ったぞ」

 

 中にいたニーニャは、パッと振り返って立ち上がると、何も言わずに俺の方にやってきた。

 

 そのまま抱きつかれる。反動で少しだけ後ずさって、両手で彼女のことを抱き留めた。

 

「──お帰りなさい」

「ただいま、ニーニャ」

 

 しゃがんで、彼女の目尻に浮かんだ涙を拭き取る。随分と心配をかけたようだ。

 

「悪かったな、心配かけた」

「……三日もお帰りなられなくて、心配しました」

「悪い」

「いいです。こうして、帰ってきてくださいましたから」

 

 ニーニャは俺の胸に頬を擦り付けるように左右に首を振った。

 

 スンスンと鼻を鳴らして俺の顔を見る。

 

「この匂いは……?」

「あー、迷宮って結構汚いからな。体は洗ったんだが、匂いが酷くてな……それで、川辺に臭い消しに使える植物みたいなのがあったから、しないよりはマシじゃないかと思ったんだが……どうだ?」

「……確かにしないよりはマシですね。ただ、男性の体臭とこの匂いとでは正直微妙な気もします」

「そうか……」

「落ち込まないでください! 主人様が考えて行動に移したのは素晴らしいことです!」

「……ありがとう」

 

 もう一度、彼女を抱いた。


 臭い身体で申し訳ないが、彼女の柔らかさを全身で感じたかったのだ。

 

 彼女の肌はまるで赤ちゃんのようにスベスベだ。ニーニャの体温が買ってやったドレス越しに伝わってくる。


 十分に彼女の柔らかさを堪能して解放した。

 

「お疲れ様でした」

「……あぁ、疲れた」

「もう何日も致しておられないのではないですか?」

「っ、そうだった。ニーニャ、ずっとご飯を食べてないが、大丈夫だったか⁉︎」

「──大丈夫です。ご主人様にいただいたお金でご飯も食べられましたし、悪い人にも絡まれませんでした」

「それなら、よかった……」

 

 スタンピード前に治安が悪くなると言うことも稀にある。逆に犯罪者ならさっさとずらかる場合もあるが、そこは街と場合による。

 

 俺が一回目にスタンピードを経験した街じゃ、酷い有様だった。


 魔物よりも人災の方が厄介という始末で、二回目は逆に不思議なほど穏やかだった記憶がある。

 

 彼女を一人にするのは気が引けたが、流石にスタンピードの途中でギルドを抜けることはできない。そんなことをすれば同業者の不安を煽ってしまうからだ。


 明確にスタンピード中は禁止行為とされている。

 

「主人様はとてもお疲れだと思います。ですので、今日はお任せください」

「ニーニャ、何を──」


 彼女は、二つの親指を俺の下履きにかけると、そのままずり下ろした。

 

 そのまま肌着を取り払って、俺の逸物を取り出してしまう。

 

「待て、やめ──」

「主人様は何もしないでください」

「うくっ」

 

 久しぶりの感覚が俺の下半身を包んだ。

 

 彼女は俺の制止を聞かずに口をつけた。そのまま、小さな口が俺のを包み込んで、ぬるぬると奥まで誘っていく。

 

 あぁ、と声が漏れる。


 穴に入り込んだ感触に、許してしまったという虚脱感と男としての高揚や充足感が舞い込んできた。

 

 小さな舌が、俺を愛撫する。

 

「ニーニャっ、やめ……っ」

「ひふでもだひてくだはい」

 

 咥えられたまま喋られただけで出てしまいそうだった。

 

 あぅ、あぐっ、と情けない声を出してしまう。

 

 腰が抜けてしまうかと思うほど気持ちが良かった。腰砕けという言葉があるが、今がそれに近いだろう。尻子玉を抜かれたような感覚だ。


 女性の口でされるのが、こんなに気持ちいことだとは思いもよらなかった。

 

 動かない口に無造作に放り込むのとは違う。意思を持って、ぺろりぺろりと温かな肉の中で気持ちい場所を弄られるのだ。


 ニーニャが頑張って、健気にも俺のそそり立ってしまったものを可愛がってくれている。


 そう認識すると、俺は我慢できなくなった。

 

「だ、出す──」


 言うが早いか、俺は彼女の口の中で絶頂してしまった。

 

 彼女の口腔の奥にめがけて発射する。ニーニャはそれを、咳き込むこともなく喉を動かして飲み干してしまった。

 

 トロトロか、どろどろか。自分でも分かるほど、勢いよく、大きく射精した。彼女の唇からは一滴の漏れもない。


 心地がいいと思わされるほど、その感覚に支配された。

 

 すぐにリロードが行われる。俺のものはまだ猛りを鎮めていなかったのだ。


 ニーニャは一度口を離すどころか、もう一度俺の愚息を奥まで受け入れて、最後の一滴まで搾り取ってくれた。


「あぁっ」

 

 もう一度声を出す。今のは明確に喘ぎ声になってしまった。我ながら情けない。

 

「あっ、あっ」

「──ん……一杯、出されましたね」

「はっ、あぁっ……」

「……まだ、満足されてないのですね」

「ニーニャ、もういい──あぁっ」


 彼女の肩を持って制止しようとしたが、まだ芯を抜き切っていない俺のものを見ると、彼女はもう一度むしゃぶりついてきた。

 

 また俺のを舐めずる。その感覚に腰が抜ける。イッたばかりの刺激に強烈な刺激が投げ込まれて、次は心地のいい暖かな感覚に浸された。


 下半身がまるでぬるい湯に浸かったようだ。安心する快楽が優しく俺を包み込んでいる。すぐに俺は腰をついてしまった。

 

 ニーニャの頬っぺたが包み込んできて、ぬるぬると口を蠢かせていた。彼女の仕草に労りが見えて、俺は拒絶することをやめてしまう。

 

 押し倒された俺は、二度も彼女に搾り取られた。三日、彼女に何も与えていなかったことを考えればこれはその分の精算だったのかもしれない。

 

 俺の方も、ずっと昂っていた闘争本能が生殖という形で発散されていく。人は極限状態に陥ると勃起すると聞いていたが、それは本当のようだ。

 

 今朝起きた時からいきり立っていたし、ベックやバーバラも同じ状態だった。ベンダーは違ったが、どこかのタイミングで抜いたのかもしれないな。


 冒険者の多くもズボンを膨らませていて、スタンピードの後じゃよくあることだから誰も指摘しない。それがマナーだからだ。

 

 きっと、我先に帰った俺は風俗に行くか自分で抜きに行ったのだろうと思われただろうな。それがこんな形で慰められるとは。

 

「あぁ!」

「ふ、ん……ちゅるるる」

「あっ、ニーニャ、そんな、こと……」

「ん……はぁ。主人様、前もお伝えしましたが快楽を快楽として認識することは何も悪いことではございません。それを追い求めるのが人間という性にございます」

「だが、そんな……」

「主人様は、今回のご褒美として存分にお求めになさればいいのです──ちゅっ、ちゅっ」

「あっ……」


 口で、何度も。

 

 求められて、激しくなって。

 

 まるで女のような声をあげてしまった。


 それはきっと俺のためにしてくれていることなのに、奉仕と何も変わりがないだろうに、まるでニーニャから求められているような口使いにいい気になってしまう。

 

 俺の牡茎はバカみたいに何度もむくりと起き上がった。射精のたびに、馬鹿の一つ覚えのように芯を取り戻す。まるで終わらせてほしくないかのように。

 

「まだ、満足されていないのですね」

「待て、もう十分だ……!」

「なら、もう一度だけ」

「待て……あぁっ」


 もう一度だけ抜かれる。やはり、彼女のそこは極上だった。


 下半身に溜まった疲労感が心地いい熱へと変えられる。もう一度搾られて、俺はようやく落ち着きを取り戻した。

 

 自分の下半身に何度も口づけをされた。そう思うと、もう起き上がらない愚息が心地良くなる。心が密かに癒される。

 

 まるで女がされるように内股に何度も接吻をされて、稲穂を頬張られるのは夢のように気持ちが良かった。

 

 満足だ。でも、どこかもっとして欲しいと、女のように愛して欲しいとも思ってしまう。おかしな話だ。

 

(ニーニャに……愛されたい……)

 

「──うっ、はぁ……」

「ん……治まりましたか?」

「……あぁ、すまん。ありがとう」

「ありがとう、だけで良いのですよ。それに、ダメだダメだと言いつつ、ここが喜んでいるようでは話になりません」


 いじらしく中指で萎んだ陰茎をなぞられた。


「っ……すまん」

「謝らないでください。私はそのためにいるのです」

 

 しばらくニーニャはそっとしてくれる。男が出した直後に気怠いのも察してくれているのだろう。本当にいい子だ。

 

 ──不自然なぐらいに、男に都合がいい。


「……」

「……主人様は、絶倫なのですね」

「それは……三日空いてて、戦闘もあったから──」

「それもあるでしょうが、主人様は私が目覚めてから、一度も満足するまで致しておられません」

「それは……」

「今日、満足するのに四度も必要だったのはそういうことです。きっと主人様は性欲が強いタイプでいらっしゃるのですね」

「……そうか」

 

 彼女に背を向けて、少し背中を丸める。

 

 聞きたくないことだった。昔から知っていることではあったが、彼女の口から聞くと余計に自己嫌悪に浸りたくなる。

 

「……主人様、性欲が強いことは悪いことではございません」

「……ニーニャは優しいからそういう。だが、女性は嫌うではないか」

「それは、男性の性欲を嫌っておられるのではないのです」

「嘘だ」

「本当です」

「嘘だ」

「ちゅっ──」

「っ……」

「本当です」

「……」

 

 また唇を奪われた。


 彼女の方を向かされて、端正な顔が間近に迫った。

 

 瞳をつぶった彼女の顔は、やはり美術品のように美しくて、俺の方なんか向いちゃいけない人物のような気がした。

 

「……主人様」

「なんだ」

 

 紅の瞳が俺を見つめる。彼女に目を合わせられるたびに、俺は目を盗まれるのだ。

 

 本当に、ずるい。


「彼女らは怖いのです。知らないゆえに怖く、主人様のように恐れています。それでも自分に性欲を向けられること自体に嫌悪を感じるわけではありません」

「それは嘘だ。見知らぬ奴から性欲を向けられれば怖いものだろう」

「それは見知らぬ者、だからでしょう? 知らぬから怖いのです」

「……」

「知っていれば、本当は嬉しいんですよ?」

 

 まるで宥めるかのようなその声に、俺の心はひどく安らいでしまう。


 彼女の繊細な指が、今度は俺の前髪を撫でた。それがひどく嬉しくて、愛おしくて、泣いてしまいそうになるのをグッと応える。

 

 悔しいと思う間もなく、俺は彼女の頬に手を差し伸べた。

 

「……分からない」

「知っていきましょう」

「……ああ」

「主人様は、金銭欲の強い人をどう思われますか?」

「……がめつい奴だ、とは思う」

「では、嫌いですか?」

「……分からない」

「お嫌いではないはずです。迷惑をかけられれば嫌いにもなるでしょうが、金銭欲が強いこと自体は何の問題もないでしょう?」

「……そうだな」

「性欲も同じです。皆にあります。主人様にもあります。強さにも違いがあります。主人様は、たまたま強い部類の人であったに違いありません」

「……そうなのか? 俺が醜いわけではなく」

 

 彼女を前にすると本音をするすると出してしまう。

 

 それは、ともすれば一つの答えを求めているようにも聞こえる。けれど、その時の俺はそこまでの打算を張り巡らせる余裕さえなかった。

 

 下半身に甘い疲労感が横たわる中で、心地よい充足感に包まれながら俺の思考は鈍化する。

 

 次第に、ここ三日での疲れが再び出てきて眠くなってくる。女神のような彼女に手を伸ばして、あやすように救いを求めた。

 

「醜くなんかないです。素敵なことですよ。女性をたくさん求められます」

「……それは、いいことなのか?」

「いいことです。それを望んでおられる女性も多くいます。ただ、出し方には気をつけなければいけませんけどね?」

「……善処する」

「はい。善処するだけで結構です。できる限り。それだけでいいのです」

「……ああ」

 

 だんだんと眠気が出てくる。そんな俺を見て、彼女は一緒に添い寝をしてくれた。

 

「愛欲は、抱いてもいいのですよ」

「……ぁぁ」

「主人様は素晴らしいお方です。自分の生で他人を傷つけぬよう配慮できるお方です」

「ありがとう、ニーニャ」


 トントンと背中を叩かれる。母がするようなそれに、ひどく懐かしさを覚えた。


「ですから、明日からも主人様が満足されるまで、最後まで求めてください」

「……おやすみ」

「おやすみなさいませ、主人様」

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