クソッタレな朝焼け

「──くそっ、また血がかかった!」


 マゼンダが叫ぶ。フォローしろということだ。

 

「カバーする!」

「サンキュ!」

 

 彼女に迫ってきていたゴブリンを始末して、周囲のコボルトも貫く。

 

 そろそろ刃が脆くなってきたな。柄だけでどれだけ持つか。

 

「バラッドさん、これ!」

「バーバラ、悪い!」

「ありがとうと言ってください!」

 

 新たな槍と交換する。

 

 こういうとき、冒険者は自分の武器を戦っている奴らに預ける。なりふり構ってなどいられないのだ。


 戦いが終わったら自分の武器を回収しにくるが、ボロボロになっていることも多い。

 

 かといって、ここで出し惜しんでいれば本当に迷宮が崩壊する。スタンピードの際には高い報酬が出るが、実は武器の修理でそれなりに出ていくのだ。

 

 大抵はそれに合わせて、スタンピード後に獲物を新調するのが定番だ。

 

「58! この槍いいな! 誰のだ!」

「知らねえよ! 自分で探してくりゃあいい!」

 

 まるで水を切るように魔物を貫ける。

 

 喉を切り裂き、顔面を貫き、物干し竿のように振り回してもびくともしない。

 

 完全な鋼鉄か。外見の割に軽いのもいい。

 

「アクアフレイム!」

 

 詠唱に、周囲の冒険者が道を開ける。

 

 魔術師の詠唱は本来いらないものだ。しかし、狭い迷宮内で広範囲に効果ある魔法を使うためには、こうして名前を宣言して周囲に知らせた方がいい。

 

 全員が退避すると、バーバラは魔法を放った。

 

「うわぁ、とんでもねぇ……」

「バーバラ、後どれくらい残ってる」

「今のですっからかんです……回復にはもう少しかかるかと」

「分かった。お前は一度上がってろ」

「はい、分かりました」

 

 とんでもない火力の青炎が魔物どもを焼き尽くす。

 

 いつもより範囲が広い。スタンピードだから魔法も大盤振る舞いということか。

 

 火だるまの魔物達に近づかれないように槍組が牽制しながら火が収まるのを待つ。

 

 魔物共は魔法の威力を見て、俺たちに飛び掛かるのに少々戸惑いを覚えたようだった。

 

「行くぞ、バーバラ、ベンダー!」

「人使い荒いんだよ!」

「二人とも、深く行きすぎるなよ!」

 

 三人で切り込む。先人を切れば他の冒険者も踏み出しやすいだろう。

 

 この好機を逃してはいけない。今のうちに後退した前線を元に戻さなくては。

 

 ◇

 

「はぁっ、はぁっ──!」


 疲労が全身に溜まっている。手の動きが若干鈍い。間接に違和感がある。

 

「っ──185!」


 コボルトを1匹始末する。槍が重い。こいつの獲物、ちょっと作りが悪いんじゃねえのか? 妙に重く感じる。

 

「おい、バラッド! そろそろ休め!」

「断る……っ」

 

 冒険者の数が少ない。三日目だから仕方がないだろう。

 

 だが、まだ魔物達の勢いが削がれていない。もう少しだ。もう少しのはずなんだ。

 

 これは俺のわがままから始めた戦いだ。なら、俺がけりをつけなくては。

 

「っ……186!」


 コボルトの死体が奥へと投げ込まれる。

 

 バラッドの様子をベンダーは注意して見ていた。


(バラッドは疲労はしてるはずだ……だが、いまだに動きには乱れがない。集中してるのか……? 極限状態で感覚が研ぎ澄まされている……いや、それも長くは続かないはずだ。今はまだ体力が切れてないからいいが、本当に限界が来れば──)

 

「一度休め! お前、このままだと本当に死ぬぞ!」

「はぁっ、はぁっ……187!」

「っ……」

 

 妙に感覚が冴え渡っている。

 

 体が鉛のように重いのに、どう動かせばいいかわかる。

 

 気を抜けば倒れてしまいそうだ。だが、集中と静止の間で精神が研ぎ澄まされている。

 

 この感覚だ。これならまだ戦える。

 

「──がはっ……! お前、いきなり何しやが──」


 急にベンダーに殴られた。そのまま後ろに引き摺られて後方へと下がっていく。

 

「本気で死にたいのか! 頭を冷やせ!」

「……」

 

 まだやれたが、頭ではそろそろ限界だと分かっている。大人しく地上まで連れられた。

 

「──ぶはっ」

「これで頭でも冷やせ!」

 

 おまけに水までぶっかけられた。ここまでする必要はなかったんだが……

 

「…………悪い。ありがとう」

「たくっ……お前に死なれたら寝覚めが悪い」

 

 ベンダーとの話し声が大きかったのか、マゼンダがむくりと起き上がった。

 

「いたっ」

「……お前、また潜ってたんだろ」

「……ああ」

 

 彼女の顔が至近距離にある。マゼンダはまるで酔っ払いのように肩を組んできて、全体重を俺の背中に乗っけてきた。

 

 まだ寝ぼけてるのか……

 

「……寝るぞっ」

「お、おい、ちょっと待て。せめて汗を──」

「ん〜、うるさい!」

 

 地面に無理やり寝かせられて、その上からマゼンダに馬乗りにされる。

 

 そのまま、こいつは俺の上で寝入りやがった。本気で半分寝ぼけってやがったな……

 

「……」

「……おい、ベンダー。ちょっと助けてくれ。流石に汗を流さないと気持ち悪い」

「……そこで反省することだな」

「お、おい。待てよ。冗談だろ? もうずっと土と埃まみれなんだって! マゼンダもそれじゃ嫌だろ⁉︎」

「……んん、うるさい。周りが起きる。静かにしろぉー」

「こ、こいつら〜」

 

 恨めし気な声が口から漏れる。


 ベックも、バーバラも、マゼンダも、疲労困憊で眠っていた。

 

 これだからスタンピードは嫌なんだ。馬車馬みたいに働かされる。それで貰える報酬は実のところ釣り合っちゃない。

 

「……まあ、いいか」

 

 冷たい地べたは俺から体温を奪い、次第に微睡の世界へと誘っていった。

 

 ◇

 

「……」

 

 次に起きたら朝だった。不自然なぐらいにギルドがおとなしい。きっとスタンピードが終わりを迎えたんだ。

 

「終わった。残る魔物どもも時期に討伐されるし、もう俺らの出番もない」

「……そうか」

 

 ベンダーの知らせを聞いて、俺はマゼンダの下敷きになりながら返事した。

 

「おい、マゼンダ、起きろ。終わったらしいぞ」

「んん? あぁ……」

「起きろ。もう終わりだ」

「んぁ……」 

 

 起き上がって、マゼンダの体を揺らす。

 

 こいつ……うつ伏せで寝てやがるせいで、胸とか色々当たってんだよ。汗臭えけど、男の情意を煽るとか思わねえのか……?

 

 ……思わねえか。こいつ、半分男だし。

 

「ん……終わりか?」

「ああ、そうみたいだ。俺たちが寝ている間に終わったらしい」

「んぁ……そういえば、昨日、お前、ベンダーに叱られてたろ」

「……起きてたのか」

「いやぁ? 何となく声が聞こえてたが、すぐに寝たからな。どうせお前が休まないとかであいつがキレたんだろ?」

 

 ベックの言う通りだった。バーバラを見るとまだ眠っている。魔法使いの魔力切れは相当辛いと聞くし、そっとするべきか。

 

「おい、マゼンダ。朝だぞ」

「んん……」

 

 まだ寝ぼけているマゼンダは、ごしごしと目を擦ってまだ俺の膝の上にいた。

 

 だから……男の朝は色々あるんだって。配慮しろよ。だから、まだ行き遅れなんだぞ。

 

「んん……」

「おいこら、二度寝しようとすんな。起きてんだろ」

「ふわぁあ……終わったか」

「ああ」

 

 すっと彼女は立ち上がる。

 

 寝起きは悪いくせに、起きたらすぐに立ち上がれんのな。こいつ。

 

「……変なことしてねえよな?」

「ぶっ飛ばすぞ」

「てことは、寝たんだな。よしよし」

「……」

 

 何でお前が俺の母親ヅラしてんだよ、という言葉は胸にしまった。

 

 一応心配をかけたつもりではあるからだ。

 

「それじゃあ、ぼちぼち報酬をもらいに行こう。バラッドはかなり目立ってたからな。報酬も弾んでもらえるんじゃないか」

「よっ、稼ぎ頭。ちょっと今月金欠なんで、奢ってもらえないっすかね」

「お前はどうせ女遊びに注ぎ込んだんだろ……お前に甘くしても堕落しかしねえから奢らねえ」

「え〜、そうは言うけどよ〜、大将〜」

「都合のいい時だけすり寄るな!」

 

 寝起きのせいか、いつもより三倍ましでうざったいベックを引き剥がしてギルドの受付に向かう。

 

「終わったか」

「ああ、終わりだ。今回は相当頑張ったようだな。ほれ」

 

 催促するまでもなく報酬が支払われる。

 

「金貨二枚だ。もらっとけ」

「……こんなにいいのか?」

「妥当な額だろう。それに、領主様がどうにかかき集めた予算が、集まった冒険者が少ないせいでかなり余る予定だからな。ちょいとおまけしてる」

「……ありがとよ」

 

 小銭袋にしまう。これでニーニャに何か買って帰ってもいいな。

 

 ああ、いや。ガキどもに何か遊べるもんを買ってもいいか。最近、遊びのレパートリーが頭打ちになってるようだからな。

 

 ……こういう使い方してるから、微妙に金が貯まらないのか。

 

「……なぁ、バラッド」

「なんだ?」

「だったら、アタシに奢ってくれよ」

「珍しいな。マゼンダがおねだりするなんて」

 

 そう言うと、また珍しい顔でマゼンダは怒り出した。

 

「おねだりなんて言い方はないだろう⁉︎」

「そんな怒るなよ……別にいいぜ。ただ、お前が奢れって言うのはあんまり聞かないからさ」

「……別にいいだろう? 大体、今回はアンタに付き合ってやったんだ。それぐらいはあって文句言われないだろ」

「ああ。スタンピードが終わったから近々出店も出るだろうしな。その時でいいか?」

「あぁ」

 

 そう言うと、どこかマゼンダは嬉しそうだった。


「……」

「あ、あの。バラッドさん。僕も、ご一緒していいですか⁉︎」

「ああ、いいぞ。何を奢ってもらうかちゃんと考えておくんだな」

「えっと、僕は奢っていただかなくても……」

「なら、バラッド。俺にも奢れ」

「何だよベック。お前も今回は稼いだんだろ?」

「だけど、お前ほどじゃない」

「友人の買春に出す金なんざねえよ」

「そうじゃねえよ。俺も混ぜろって話。ベンダーも来るよなぁ?」

「ああ、もちろん俺もバラッドの奢りだ」

「へえへえ、それじゃあお前ら。精々俺に首を垂れるんだな」

「ははぁ」

「調子に乗るんじゃないよ!」

「いてっ、お前なぁ!」

 

 こういう日常を、取りこぼさなくて良かったと心底思った。

 

「それじゃあ、俺はそろそろ帰るから」

「んだよー、今日も奢れよー」

「てめえはさっさと貯蓄を作れ。じゃあな」

 

 バラッドがいなくなって、周囲の面々は顔を合わせる。

 

「女だな」

「女ですね」

「女だな」


 男三人衆はうんうんと頷きあった。


「……そうとは限らないんじゃないかい?」


 マゼンダが異を唱える。


「いやいや、ここで俺らと別れてさっさと家に帰る理由なんてあるか? 最近帰るのもそそくさって感じだし、明らかにいるだろ。女」

「マゼンダが余計なこと言わなければ、あいつもまだこっち側だったのにな……」

「わ、アタシのせいじゃないだろう⁉︎ っていうか、だったら祝福しなよ!」

「そうと決まったわけでもないですけど、どう考えてもそうですよね……」

「……」 

 

 バーバラの言葉に、マゼンダは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……小僧が生意気言うんじゃない!」

「いたっ、マゼンダ! 一体幾つになったら僕を子供扱いしなく──」

「一生かかってもないね、そんなの!」

「この、バカマゼンダ!」

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