スタンピード迎撃作戦
「あっ、バラッドさん!」
さっき声をかけてきた近所のおばさんとまた出くわす。
「どうしたんですか、そんなに走って」
「はぁっ、はあっ──残りますよ、ここに」
「えっ?」
「それじゃ、失礼します」
「あっ、ちょっと!」
俺が向かったのは貧民街の東にある庶民区。
そこのアパートに住むベックの部屋だった。
「ベック!」
「うお! なんだ、バラッドか……どうした、お前がここにくるなんて珍し──」
「悪いが、俺はベレットには行かない」
「は? はぁ⁉︎ おい、ちょっと、どういうことだ──」
「悪いが、約束は守れそうにない。お前たちで行ってくれ!」
「おい、待てって!」
後ろで何かを叫んでいる声もしたが、気にせず自分の家に走って帰る。
「ちっ……どういうことだよ!」
ベックの恨めしそうな声が庶民区に響いた。
◇
「これより、スタンピード迎撃作戦を開始する!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
「……」
周囲の男たちが怒号をあげる。
領主指揮のもと、領地の騎士団が矢面に立ってスタンピードの対処は立案された。
参加費用は一人あたま銀貨一枚、10匹殺す度に銀貨一枚が増えていくイージー仕様だ。
しかし、それ以上に討伐品の回収が困難となる。大抵は適当なカウントになるので、こういう大規模作戦の後には報酬で揉める冒険者も多い。
それでも銀貨三枚以上は確定だから、この機に張り切るやつも多かった。
「行くか……」
「おい、バラッド!」
どこかで俺を呼ぶ声がする。
恨めし気なその声に振り向くと、そこには──
「バラッド、何勝手に突っ走ってんだ!」
「アタシはこうなる予感がしてたけどね」
「ぼ、僕、スタンピードなんて初めてなんですが……」
「大丈夫だ。ここにいる全員で対処する」
「っ……お前ら!」
冒険者だらけのギルド内で、どうにか人ごみをかき分けていつもの場所に抜ける。
そこにはベレットに向かったはずの四人の姿があった。
「どうしてここに……」
「どうして、じゃねえ! お前、昨日俺に言うだけ言いやがって! 理由も言わないんじゃ分からないだろ!」
「何が……」
俺の疑問に隣にいたマゼンダが答えた。
「こいつが情けなくアタシのところに来てさ。アンタが残るって言い出したけど、どうしようってうるさいから」
「だって、仕方ないだろ⁉︎ 俺だけじゃ判断できねえよぉ!」
「だから、アンタはモテないんだよ! もうちょっと男を磨きな!」
「んだとぉ⁉︎」
マゼンダとベックが喧嘩しだす。二人をよそに、今度はベンダーとバーバラが寄ってきた。
「二人とも……」
「バラッド、お前には何度か助けられたことがある。このパーティの全員がだ。言いたいことがあるなら早めに言ってくれ」
「そ、そうですよ。一人だけなんて水臭いです」
「すまん……だが、ベレットに避難するんじゃなかったのか? 俺が残るからってそんな──」
「いつまでウジウジしてんだい!」
「イッタ!」
背中に焼き印が押されたような痛みが走る。
「マゼンダっ……つぅ、痛ってえな! 少しは加減しろ!」
「そうだよ、アンタはそうでなくちゃ」
「何がだ!」
「言いたいことはさっさと言えってんだ。聞いてただろ?」
「……」
唖然として周りを見る。
ベンダーも、バーバラも、マゼンダも、ベックも、俺を見ていた。
俺の言葉を待っていた。
「……すまん」
「まぁ、どうして心変わりしたのかは聞きたいけどね」
「女か、女なのか?」
「ここに住んでる女が引っ越せないって言い出して……あるな」
「バラッドさん、いつの間に……⁉︎」
「……」
感動した俺が間違っていたかもしれない。こいつら、俺を揶揄いたくて戻ってきたのか?
「なあなあ、どうなんだ? バラッドさんよぉ」
「ベック、その指をやめろ」
「あぁ? うりうり〜」
「……」
「アタシが背中押してやったおかげだね。紹介ぐらいはしてもらおうか」
「背中押したって……何のことだよ。俺はそんな覚えないぞ」
「はぁ〜? アタシがそろそろ結婚しないのかってけしかけたから、その気になって作ったんだろう? 恥ずかしがんなよ、男だろう?」
「勘違いも、甚だしい……」
さっきからこいつらの良いようにされている。
まぁ……迷惑をかけたのは事実だし、甘んじて受け入れないこともないが──
「第一陣はすぐに並べ!! 第二陣はしばらく経ってから迷宮に入る!!」
「……始まったな」
「あぁ」
ベックと迷宮の入り口を見る。他の三人も騎士たちの声に耳を傾けていた。
「しばらくは大丈夫だろう。入るとしたら第三陣ぐらいからか」
「あの、大丈夫なんですか……? スタンピードって、下手したら迷宮が崩壊するんでしょう?」
「バーバラよ。んなこと最初からわかってただろう? アンタは何のためにここに来たんだよ」
「マゼンダ……それは分かってるけどさ」
「──大丈夫だ。領主が金を出し渋ってるって話だったが、存外に冒険者の数も多い。それに迷宮崩壊なんて滅多にないからな。俺たちも二度スタンピードを経験しているが、どれも参加して生き残っている」
「そうなんですか、良かった……」
俺たちのテーブルを囲むように、ギルドを埋め尽くす冒険者たちが蠢いている。
今が冒険者たちの稼ぎどきだ。特に最初は血の気が多い。
少しすれば段々と消耗したやつが現れて静かになっていく。むしろ、ギルド内の熱気が持つか否かでスタンピードに対抗できるかが決まると言ってもいい。
ここの連中の士気が完全に失われた時点で、迷宮崩壊は発生するのだから。
「しばらくは休もう。出番になったら潜る」
「バラッド、今日はお前が一番働けよ〜」
「分かってる」
「いつもバラッドさんが一番働いてますけどね……」
◇
「──二十一」
視界の端のゴブリンが吹っ飛ぶ。魔物の集団にゴブリンの死骸が投げ入れられて、少しばかり奴らの勢いが削がれた。
「バラッドの奴……」
やはりと言うべきか、速い。
バラッドの槍捌きはこれまで同じぐらいの使い手を見たことないぐらいに速い。それは冒険者どころか騎士達を入れてもきっと屈指の実力だろう。
槍の素人である自分でさえも手だれだとわかるぐらいに洗練された動きだ。一才の無駄がない。機能美さえもある動作だ。
周りに比べて突出したスピードで魔物を処理していく。バラッドの動きが早すぎて、そこだけ魔物がいないぐらいだ。
後方の冒険者がその光景を呆然として見ている。確かに、今でこそ見慣れたが、俺もこいつと一緒のパーティじゃなかったら今頃あんなふうに馬鹿面晒して呆けていたかもしれない。
双剣で敵を斬りつける。コボルトだ。刃が通りずらい。
スタンピードのヤバさはいつ起こるか明確にわからないところにある。それから一度起こり始めると本当にひっきりなしに魔物が湧いてしまうところだ。
迷宮は本来、持続的に魔物を生むもののペース自体は緩いものだ。
だんだんと溜まってくるから、それを間引きするのが冒険者の仕事だ。彼らは数を増やさない限り、積極的に地上に上がってくることもない。
しかし、スタンピードになると話が別だ。まるでどこかに魔物を貯めていたように、一気に魔物が押し寄せてくる。
地上を目指して、本当に行き着く暇もなく魔物がやってくるのだ。スタンピードに合わせて迷宮の出口を封じた街もあったが、その結果起こったのは出口の崩壊と溢れかえった魔物の暴走だ。
迷宮の入り口を閉じると言うことは、冒険者も中に入れなくなる。数を一切減らしていない魔物達が外に出て、隣町まで被害が出る結果となった。
壊れない出口など存在しない。時間が開けば開くほど、より強力な魔物が大量に迷宮内に保存され、何かの拍子に放出される。
だからこそ、スタンピードでは迷宮で昼夜問わず冒険者が戦い続ける必要があるのだ。
「──三十二」
「バラッド! 飛ばしすぎんなよ!」
「ベック、分かってる!」
俺の獲物をバラッドに横取りされる。双剣じゃやりづらい相手と判断して、すぐに処理をしていた。
「俺の獲物を取るんじゃねえよ!」
「悪かった。だが、獲物というなら困ることはないだろ。前を見ろ」
「はっ、確かにな……!」
魔物の群れに突っ込む。精々、夜までに魔物達の勢いを削いでおかなければ。
◇
「ん……」
目を覚ます。迷宮の出口から金属音や冒険者達の怒号が遠巻きに聞こえて、松明の明かりに目を開いた。
「……」
「バラッド、起きたのか」
「ベンダー、状況は?」
「今のところ、抑え込めている。だが消耗が激しいな。やはり、冒険者の数が少し足りない。今のうちにもう一度潜るべきだろう」
「起こすか?」
ベック達を見る。俺たちはギルドの中で仮眠をしていた。何かあったらすぐに出られるように、マゼンダに至っては地面の上でごろ寝している。
「いや、いい。まだ休ませていよう。バラッドは体の方は大丈夫か?」
「ああ、もう少しやれる」
「それはよかった。数的に言えば後半分も過ぎてない」
「……だったら、もうちょい頑張らないとな」
「無理するな」
「しねえよ。けど、俺がお前らを引き留めちまったんだろ。なら、責任は取る」
「……頼んだ」
「おう」
先日のことを思い出す。
ベックの部屋を去った後、俺はなぜだか走って家へと帰った。
『お、お帰りなさい。突然どうなさったんですか?』
『──はぁっ、はぁっ、いやな。この街から出て行かないことにした』
『えぇっ⁉︎ でも、スタンピードで街が危ないんじゃ……』
『別に迷宮が崩壊すると決まったわけでもない。冒険者達が頑張れば抑え込める』
『けど……』
急に言われて戸惑っていたのだろう。俺は彼女の頭を再び撫でた。
『ごめんな、勝手に決めて』
『……どうして、出て行かないことにしたのですか?』
『ん〜、何でかなぁ?』
『……』
本当に何でかはわからなかった。
だけど、あの子の顔を見て、表情を見て、言葉を聞いて、また諦めたくないと思った。
今までは仕方ないことは全て受け入れてきて、どうしようもないと甘えてきて、自分には救えないのだと切り捨ててきたものが多かった。
だけど、どこへも逃げられないガキどものことを思い出して、また俺は見捨てるのかと思った。
あの時のように、俺が自分の生まれ故郷を捨てて魔女から逃げたあの時のように。
『逃げるのはもう、嫌なんだ』
『……わかりました。このニーニャ、最後まで主人様のお側にいます』
『ははっ、危なくなったら逃げてくれよ』
『絶対に離れません』
『……』
もう一度だけ頭を撫でた。
「ニーニャ……」
「彼女か?」
見上げる。
ベンダーは物珍しそうな顔をして騎士が見張る迷宮の入り口を眺めながら聞いてきた。
「……いんや、そういうんじゃねえ」
「そうか」
冒険者達の夜は更ける。こうして、一日目は終了した。
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