迷宮崩壊
「……すまん。途中から、いや最初から冒険者談義になってしまったな」
「いえ、私はついていくのに難しかったですが、本職の方ならもっと話が合うでしょう。それに最初から相手のプライベートを聞き出しすぎるのもよくありません」
「そうか。いや、槍の話をされて、つい話し込みそうになってな。咄嗟に歯止めをかけたが、おかげで話を切り上げることになってしまった」
「いきなり長話を持ちかけるのもそれはそれで窮屈に思われてしまいます。盛り上がらないようであれば、今のように出直すのもありですよ。回数を重ねていけば自然と話せるようになります」
「そんなものか」
「そんなものです。主人様は筋がいいですね」
「……ありがとう」
きっとこの子は人のいいところを探すのが上手いのだ。そして、それを自然と伝えられる……俺にこんな芸当ができるのだろうか?
今の俺には到底無理なように感じる。
「今のように会話をしていって、まずは顔見知りになりましょう。それから友人として仲を深めるのです」
「……今のでは、顔見知り程度までしか無理なのだな?」
「はい。やはり、友人となるためには一緒にいて心地がいいと思われなければなりません。主人様も多少無理して話していましたよね?」
「ああ……」
「相手も同じです。主人様が気を使う時、大抵相手も気を遣ってしまうものなのですよ」
確かに、そういうものかもしれない。
「なら、多少肩の力を抜いて話しかけた方がいいのか?」
「そうですね。ただ、相手によっては軽薄と取られてしまうかもしれないので、今のやり方が無難ではあります」
「……難しいのだな」
「はい、人の心とはそういうものです」
決して「女心は」とは言わない。きっと男の心も同じぐらい面倒なものだと言うことか。
「主人様のご趣味は何ですか?」
「……あまりないな。槍の手入れとか、近所のガキと遊んだりとか」
「それはいいですね。武具の手入れをする男性というのは格好いいものですし、悪い印象はそうは与えません」
「そうなのか……? しかし、冒険者というのはあまり良い印象を与えないが……」
「──そこは人柄でカバーできます。肩書きで警戒していたけれど、話してみると案外話しやすかったというならむしろ加点要素になるでしょう」
「そうか……」
「子供に慣れているというのも優しそうなイメージをつけられます。積極的に活用しましょう!」
「だが、露骨にアピールするのもどうなんだ……?」
「そんなことは女性は気にしませんし、第一気づかない場合が多いです。露骨にアピールしていたとしても、恋愛の相手を探しているんだな程度にしか思われません。それは決して恥ずかしいことではないのです!」
「……そうなのか」
「はい、そうなのです!」
「……ありがとう」
また癖で頭を撫でてしまう。不快に感じてはいないだろうか?
「……主人様」
「なんだ?」
「あまり、女性の髪を軽率には触らないでくださいね」
「あっ、すまん……」
「いっ、いえ。私は良いのですが……」
俺が手を離すとすこしだけしょんぼりとしてしまった。
若干気まずい雰囲気が流れる。俺は空気を変えるために質問した。
「それからは、どうすればいいのだ?」
「……そうですね。ある程度、本音で話すのは大事ですかね」
「本音で話す? どういうことだ?」
「……例えば、高価な武具を見て手を出したくなるけれど、どうにも金額が高くて届かないというような、本心だけれど情けないと思われない範囲の本音を伝えたり、とかですね」
「情けないと思われない範囲の本音……難しいな」
「はい。これは一つ一つ学ぶしかありません。基本的に男として情けなくないか逐一判断して、問題ないものだけは相手に出してみたりですね」
簡単に言ってくれるが、それって相当難しいのでは……?
「みんな、こんなことをしているのか……」
「こういった地道な積み重ねをしていけば、必ず良い女性と巡り会えますよ」
今度はニーニャが俺の頭を撫でようとしてくれる。
しかし、身長差からかニーニャは背伸びをするだけで俺の頭には届かない。
俺がしゃがむとようやく彼女の手元に俺の頭が来て、嬉しそうに撫で始めた。俺も嬉しい。
「ニーニャが必ず素晴らしい女性と主人様を引き合わせて見せます。ですから、今しばらくお付き合いください」
「ああ、ニーニャの言うことはためになるからな。頼らせてもらうよ」
「はい!」
本当に可愛らしい笑顔だった。
◇
「……本格的に慌ただしくなってきたな」
「そうだな……」
ギルド本部は昨日の喧騒とは打って変わって、ものものしさをどこか纏っていた。
何人もの騎士がかわるがわるギルドに入ってきては職員に聞き取りをしている。この光景を見ると本当にスタンピードが始まるんだなと思わされた。
「それで、どうするんだい。リーダー?」
「……」
皆の視線がベンダーに集まる。マゼンダの問いかけに、少々悩んだ末に答えた。
「……今回のスタンピードには不参加の方向で行こうと思う」
「それなら、さっさとずらかろうか」
「ああ、どうやら上は予算の方で揉めているらしい。出ないということはないだろうが、そういった内情は冒険者に伝わってしまう。下手をすれば本当に迷宮崩壊が起こるだろう」
迷宮は継続的に魔物を排出し続ける。
原理は不明だが、昔からそういうものだ。それを防ぐために俺たち冒険者は日々魔物を狩っていくのだが、それが間に合わないこともある。
魔物がわんさか溢れ出すスタンピードという時期に十分な冒険者を集め切らなければ、魔物の侵攻を抑えきれなくなりやがて街に魔物が溢れ出してしまう。
迷宮崩壊とはそういうものだ。
「なら、次の拠点はどうするんですか?」
「そうだな……俺はベレットがいいと思っているが、皆はどう思う?」
「俺はブランダがいい。あそこのねーちゃんは最高だって評判だからな〜」
「アタシは断然ベレットだね。わざわざブランダまで行くのは遠い」
「僕もベレットで……あ、ただブランダは港が近いので他国の本とかあるかも……」
「……俺もベレットだな。正直、そんなにブランダまでは行きたくない」
「えー⁉︎ 何でだよ〜、同じ独り身の仲間だろ〜?」
「それは全員一緒だろっ!」
あ、やべ。
「……」
「……」
「……」
「……」
空気が沈む。
自分で言っておいて何だが、そういえば全員リア充とは程遠かったんだっけか。
「わ、悪い……」
「……それじゃあ、とりあえずベレットに避難だな。同じように考える奴も多いだろうから移動は早めにしよう」
「もし迷宮崩壊が起こらなかったら?」
「だとしてもここには帰ってこない。わざわざ帰ってくるのは二度手間だからな」
「そうかい。アタシは別にいいけどね」
「俺もそれで構わないぜ」
「ぼ、僕も……」
「俺もだ」
「分かった。それじゃあ、そういう方向で」
すぐに面々は解散する。
全員で足並みを揃えるのではなく、各自で荷物をまとめて別々で目的地に向かうのだ。馬車が同じになれば道中一緒になるかもしれないが、基本的には別行動である。
薄情に思われるかもしれない。しかし、元来冒険者とはこう言うものだ。
やることが決まったら各々迅速に行動に移す。それがやれないやつから死ぬのだから、生き残ってきた奴らというのはどこかドライな性格を帯びているのである。
俺もその一人である自覚はあった。
「お前はどうするんだ?」
「……何がだ?」
帰る途中、いつものようにベックが肩を組んでだる絡みしてくる。
「何がって、淫魔だよ。淫魔。連れてくのか?」
「……そうだが?」
「怒んなって。何も言ってねえじゃねえか」
「別に……怒ってなんか──」
「へいへい、ならそういうことにしておきますよ」
「……」
何なんだこいつ。いきなり怒ってるとか怒ってないとか。
「だが、情をかけんのも大概にしておけよ」
「……」
その言葉はどこか芯を挿していた。
まるで俺の心を見透かしたように、ベックは言った。
「お前のそういうところを凄いと思ってる。でもな、人間やれることは限られてんだよ」
「……知ってる」
「自分一人のことで精一杯だ。それなのに、他人のことまで背負おうとして馬鹿を見るなんざ、それこそバカのすることだぜ」
「言われなくても分かってる!」
言い方が荒立ってしまう。こいつの善意であることは承知している。
それでも、今はそのことを突きつけられたくはなかった。
「なら、いいわ」
「……」
「お前もさっさと来いよ〜。ベレットにもいい姉ちゃんはいるらしいからな〜」
「……分かったよ」
あいつの足取りを、俺は羨ましく思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます