サキュバスの恋愛講座 ⑶

「これはモテない男性がしがちな行為なのですが、女性と関わるときに最初から恋愛的なゴールを見据えようとする場合が多いのです。つまり、恋人になりたいと言った欲を最初から抱く方。これは節操がないと言います」

「うぐ……身に覚えがある」


 耳が痛い話だ。


「決して否定しているわけではありません。しかし、女性はそう言った下心に敏感です。というより、そういった欲を抱いたままだと態度に露骨に現れます。そうではなく、まず女性と異性としてではなく『友人として』積極的に仲良くなろうと試みるのです」

「……男友達にするようにか?」

「難しいですね。確かにそうなのですが、では例えば本当に同性の友人にするような態度をとっていいかというと、そうではありません。最終的には恋愛的な関係を目指すわけなので、その候補から外れてしまうような振る舞いは避けるべきです」

「難しいな……なら、どうすればいいんだ」

「そうですね……まずは相手の趣味を知ること。これにも聞き方があります」

 

 馬鹿正直に聞いてもダメなのだろう。これまでの話を聞いていれば、それぐらいは分かる。

 

「私が聞いた例ですと『暇な時はなにしたい?』ですとか『億万長者になったらどうしたい?』などですね」

「……そんなのでいいのか?」

「いいのです。友人らしい切り口でしょう?」

「……そうだな」


 彼女の話は妙に納得させられる。


「これが『趣味は何か』などと相手の素性を探るような様子を見せてしまうと恋愛的に狙っているのだと思われてしまいます。そうなれば心の距離は遠くなってしまうでしょう。そうではなく、あくまで『友達として貴方のことが知りたいよ』といった態度で近づくのです。あ、それと近づきすぎは──」

「よくない、だろう。友人とはいえ異性なのだから適切な距離感があると」

「はい、その通りです」

「……友人にやるように、とはいうが今までとは少々勝手が違うのだな」

「そうですね。ですが、やり方を覚えれば異性の友人として付き合うのも可能ですよ」

「下心を抱きすぎないために『友人止まりの友人』を作る、か。それならば欲張りすぎることもないということだな?」

「……まさにその通りです。主人様は本当に理解がお早いのですね」

「ニーニャが教え上手だからだ」

 

 話していて思ったが、ニーニャとはとても話しやすい。


 きっとこれが聞き上手ということか。俺も真似してみたい。

 

「いえ、あの、それは主人様とが話しやすいだけで……」

「それで、友人として仲を深めるには他にどうしたらいいんだ? 趣味を知った後は?」

「あ、はい。趣味を知った後は、きちんとそれを覚えること。そして、自分の話もしつつ、会話を盛り上げることです。そういったことは可能ですか?」

「……ある程度は」

「ある程度で結構なのです。勿論、盛り上げられるに越したことはありませんが、適度で構いません。できる範囲でいいのです……それから自分の話をするのと相手の話を聞く割合は一対一程度が望ましいです」

「それは何でだ?」

「単純に相手に気持ちよく話してもらいつつ、相手のことを知る。それに一番良い割合が半々というわけです。これも相手の気質によって異なりますね。話し上手の相手ならもう少し聞き手に回ってもいいですし、聞き上手の相手なら逆に話を聞いてみるのもいいかもしれません」

「……基本的に聞き手が大事なのだな」


 俺の言葉にニーニャは首を振る。


「いえ、そういうわけでは。確かに聞き手も大事ですが、自分のことを知ってもらえなければ主人様のことを見てはもらえません。だからこそ、半々が大事なのです。相手によって臨機応変にですが」

「そうなのか」

「はい、そうなのです」

 

 自信ありげに彼女は頷いているが、実際にそんなに上手くいくのだろうか?

 

「それなら一度実践してみましょう」

「じ、実践……⁉︎」

「ご安心ください。私がある女性の役を演じますので、主人様は私に対して趣味を聞いて会話を盛り上げてください」

「わ、分かった……」

 

 急にやれと言われると緊張するな。

 

「それでは」

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が俺たちを支配する。

 

「……あの、主人様?」

「……すまん、ニーニャ。いきなり話せと言われても、何をとっかかりにしていいかわからない」

「そ、そうですよね! きっかけがないと話せませんね……それなら、私が冒険者という体で、ギルドに屯しているという設定でどうですか?」

「分かった。それなら大丈夫だ」

 

 ギルドにいる女といえば男まさりが多いか……詮索屋は嫌いそうだな。なら、すぐに目的を気取られるわけには行かんだろう。

 

「……」

「席、いいか」

「ええ、どうぞ」

「……同業か?」

「そうですね」

「スタンピードの話は聞いてるか?」

「えっと……はい」

「お前はどうする。ギルドじゃもうてんてこまいだが」

「えっと……」

 

 そうか、ニーニャは最近のスタンピード騒動どころか、冒険者についてさえ疎いのか。

 

「魔物が迷宮から溢れる。そうなれば、ここも壊滅するだろう」

「それは……物騒な話ですね」

「他人事じゃないだろう? 上は予算で揉めている。他の冒険者にももう街を出る算段をつけているやつだっているらしい」

「……貴方はどうするんですか?」

「俺か……」

 

 俺は少し考え込む。確かにまだどうするか決めていなかった。

 

「……俺は、まだ様子を見る。予算が降りるなら稼ぎどきだ。少しでも街を離れれば俺のいた場所もすぐ他の奴に奪われかねないからな」

「……そうですか」

「それで、どうなんだ。アンタはどうする」

「私っ、私ですか……⁉︎」

「……」

 

 ニーニャは戸惑っている。だが、ギルドの冒険者という体を持ち出したのは彼女だ。少し付き合ってもらうことにしよう。

 

「私は……」

「……家族はいるのか?」

「……両親と、弟たちが。出稼ぎに来ていて、仕送りをしています」

「そうか、守る奴がいるってのは大変なことだな」

「そうですね。ただ、それだけ大きなものももらっています」

「そうか。俺は独り身だからな。羨ましい限りだ……前衛職なのか?」

「えっ……! あっと……はい」

 

 たぶん決めてなかったんだろうな。俺に合わせて冒険者なんて設定を持ち出したんだろうが、元々演じる役にはそんな情報はなかったんだろう。

 

 というか、かなり対応できるんだな。俺も楽しくなってきた。

 

「大変だな。武器は? まさか素手なんて言うんじゃないだろうな」

「えっと、槍を……」


 その言葉に俺は少し高揚する。あれ、マズイか?


「なんだ、分かってるじゃないか。俺も槍使いなんだがな、槍はいい。リーチも長いし柄で打撃するだけでも十分だ。他にも武器はあるが、双剣ならまだしも、拳で十分だなんて命知らずもいるからな。懸命な判断だ」

「は、はい……」

「……じゃあな、邪魔した。アンタも食わせる奴がいるんだったら早めに決断することだな」

「え、ええ、それじゃあ」

「ああ、また」

 

 お芝居が終わる。

 

 彼女が演じるのをやめて、俺は頭を抱えた。

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