サキュバスの自慰行為

「帰った──」

「……」

「……」

 

 帰宅を知らせて家に入ったところで、俺は立ち止まる。

 

 家の戸口から丸見えの場所でニーニャは座っていた。

 

 不自然な体勢、不自然な手の位置、俺が帰ってきた途端にびくりと動いた仕草。

 

 身に覚えがある。


 俺が小さい頃、両親に内緒でやましいことをしていたときも同じような感じだった。


 何もしていないというふうに顔を強張らせて、泣いたり動揺したりしないようにするのが精一杯で、まるで静止したように動かない。


 ニーニャはびっくりしたような顔をしていて、何事もなかったかのように服だけを自分に掛け直す。

 

 まあ、分かる。流石に俺でも何をしていたのかぐらい察しはついた。


 ……女がしているのを見たことはないが、雰囲気から悟る。

 

「……これからはノックするな」

「あ、えっと、お早いおかえりでしたね」

「ああ、ただいま」

 

 ニーニャは全裸の上にボロボロのローブだけを着て俺を出迎えた。

 

 寝る時にシワになったら大変だと寝巻きにそのローブを選んでいたが、朝にはもう着替えていたはずだ。わざわざまたローブに着替える必要はない。

 

 ……つまり、そういうことだ。淫魔でもするのか、自慰行為。

 

「……あ、あの──」

「食事、摂るか?」

「あっ、えっと……お願いします」

 

 俯いて、ニーニャは頷いた。

 

 こういうときは俺の方から流した方がいい。俺は両親にそう言ったことがバレた経験はないが、気まずいはずだ。


 別に悪いことでもないのだから咎めることでもないだろう。

 

「あの……主人様」

「するぞ、口を出せ」

「あ、はい……」

 

 昨日と同じような体制になったニーニャに、同じように自分の陰茎を取り出して擦り始める。

 

「……」

「……」

「……っ」

「……」

「……」

「……」

「……出るぞ」

「あっ──」


 勢いよく子種が飛び出した。

 

 昨日よりも勢いが強い。彼女の顔を汚したいと言わんばかりに、頬やらまつ毛に飛び散った。

 

 我ながら欲深いことだ。こんな美少女に子種を前に舌を出させて懇願させといて、その上支配願望まである。

 

 子種を振り掛けられた彼女の姿は、まるで絵画の中に描かれた美女のようだった。


「ん……ちゅる、ちゅる、ちゅっ」

「……」

「ちゅっ、ちゅっ……すすっ、れろ……」

「……」

 

 随分、物欲しそうに舐めるものだな、と思う。


 これは見るだけでも悪くないかもしれない……

 

 ──いや、いかんな。流石にジロジロ見過ぎか。

 

 目線を外すと、ニーニャが口を開いた。

 

「……主人様」

「なんだ?」

「その……申し訳ございません」

 

 ニーニャは突然謝ってきた。

 

「何のことだ?」

「……私は、主人様に隠れて自慰に及んでおりました」

「悪いのか?」

「えっ、それは……」


 彼女は言い淀む。


「俺は、今まで君に性的行為を強いてきた。君に許可も取らず、まるで物のようにだ」

「それは──!」

「それが悪か善かは別として、快楽を求めること自体は悪いことでないと、そう教えてくれたのは君じゃないか」

「っ……はい、そうです」

「変だな、ニーニャは」

「……変ですね」

 

 彼女は不器用に笑った。少し歪な気もするが、笑ってくれただけで十分だ。

 

「それよりも先生、今日も授業を」

「はい、授業を……って、先生⁉︎」

「いやか?」

「嫌というか、それはあまりに恐れ多いような……」

「俺の知らないことを教えてくれる。そういう存在を先生と呼ぶのだと聞いていたが、もしかして勘違いだったか?」

「いえ、間違いではないのですが……」


 彼女は恐縮したように縮こまる。ニーニャに対しては多少押しが強い方がいいな。


「ならば今日からニーニャが先生だ。よろしく」

「……はい、よろしくお願いします。主人様」

 

 こうして奇妙な主従にして師弟のコンビが出来上がった。

 

「では、今日は昨日の続きから参りたいと思います」

「ああ、頼む」

「まず、主人様は特定の女性と仲を深めることを目標に掲げられています。それは典型的なモテ男のするような浅く広い交友関係ではなく、より深く狭いものが理想です」

「ああ」

 

 そういえば、昨日から俺は相槌ばかりだな。


 聞く時もなにかスキルがあるのだろうか。後でそれも聞いてみよう。

 

「女性にとって男性というのは脅威の存在です。最初から深い関係になりたいと言っても訝しまれるだけでしょう」

「むしろ警戒されるな」

「はい。しかし、同時に女性には男性への興味と関心があります。なので、そこをつくというのはどうでしょう」

「というと?」

 

 話は理路整然としているが、だからといって上手くいくということはない。

 

 むしろ、経験則上理論として正しくても失敗することなど往々にしてある。


 それは結局、人間の網羅できる理論というのが非常に少なく限定的だからだ。

 

 そう上手くいくのだろうか?

 

「お友達を作るのです」

「……」

「……お友達を──」

「大丈夫、聞こえている」


 彼女のキョトンとした顔がこちらに向けられる。


「ならば、なぜキョトンとされているのですか?」

「あー……恋人の前にまず友達を作れということなのだろう。言いたいことはわかるのだが、それと恋愛をどう結びつけるんだ? まず女性と関わることに慣れろということなのか?」

「それもありますが、単純に女性に近づく上で、警戒心が強い相手にも一番有効なのが『友達になる』というアプローチなのです」

「……詳しく聞こうか」

 

 また俺の知らない話が出てきそうだ。

 

「はい。女性には異性への興味があります」

「ああ」

「そして、単純に友人として仲良くする程度なら警戒心を抱く人はいません。いるにはいるのですが、そういった人は恋愛に向かないので今回の場合はパスです」

「なら、どうすれば友人として仲良くできるんだ?」

「主人様はご友人などはおられますか?」

「……一応な」

 

 同業者だが、あいつらも含めていいなら四人いる。顔見知りもいればもう少しいるだろうか。

 

「ならば、主人様がその方達と仲良くなった時と同じように接すればいいのです。ここで大事なのは『友人どまりの異性の友人』を作ることにあります」

「『友人どまりの異性の友人』?」

「はい」

 

 ニーニャは鷹揚に頷いた。

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