クソみたいなスタンピード
美味いはずがない。
このパンも店主は焼き立てなんて言っていたが、実際のところ昨日の売れ残りだ。焼き立てなら手をかざしたときに熱気が伝わる。
わざとそうでない、硬そうなパンを選んだのだ。それを上手く指摘してまけてもらったが、そうでもしないと生計が成り立たない。
昨日の出費は存外に痛かったのだ。俺の見栄と自己満足で支払った金ではあるが、そもそも冒険者などという職業はそう贅沢もできない。
宵越しの銭は持たない主義であれば飯くらいはもう少しマシにもできるが、怪我や何かあった時のために貯蓄をするとなるとこう言った食生活になる。
シチューも結局は野菜を適当に切って少量の塩を入れたお湯にぶち込んだだけの代物だ。器がなかったから俺とシェアすることになっている。
「初めて食べましたが、こんな味なのですね!」
「……」
それでもニーニャは美味しそうに食べていた。本来なら貴族同然の暮らしをしていても許されるはずなのに。
「……食べたら、俺は行くからな」
「はい! 大人しく留守番しています!」
「そうだな。そうしてくれ。誰か入ってきたら前と同じように動かないふりをしてくれ。服も最悪盗まれていい」
「そんな! これはダメです!」
「俺にはニーニャの命の方が重い。攫われたらタダじゃおかないからな」
「うぅ……わかりました」
「……ありがとう」
つい髪を触ってしまう。
髪は女の命だという。気安く触れられたい奴はいないだろう。俺だっていきなり知らないやつに頭を触られたらムカつく。
ニーニャは気を許してくれているから触っても大丈夫だろう、などという慢心が俺の心のどこかにある。そういう怠慢が人に嫌われるのだと心に留めておかねば。
「……」
「……ニーニャ?」
「……──はっ、はい! 何でしょう⁉︎」
「それじゃあ、俺はそろそろ行くからな」
「はい! いってらっしゃいませ!」
彼女を家に置いて、俺はギルドへと向かった。
◇
「──はぁっ!」
ベンダーが槍を振り下ろす。ゴブリンの頭が切り裂かれ、続けざまに柄による打撃で頚椎を折ったようだった。
これで21匹目、昨日よりもペースが早い。
「一旦引き上げるぞ!」
「おぉ!」
勢いよく返事をする。
体力が無くなる前にずらかった。マゼンダも流石に息切れしているようだ。
「何だか、本当に魔物が多くなってますね」
「マジでスタンピードかもな」
「上がったら報告しないと」
「流石にこうも連戦だと嫌になるねぇ!」
「おっ、流石のマゼンダも根を上げるか?」
「言ったな? それじゃあアンタと私でどれだけ狩れるか勝負しようか!」
「やめろ、二人とも! まだ迷宮の中だ!」
「「あいあい!」」
バーバラ達のいう通り、接敵率も、接敵数も多くなっている。単純に密度が少し上がるだけで、俺たちの損耗は簡単に跳ね上がる。
怪我をしていないのがこのパーティの練度を物語っているが、それでも危ない場面もあった。俺がカバーできたからよかったものの、間に合わなければマゼンダは致命傷を負っていたかもしれない。
怖いことだ。何かの間違いで簡単に歯車が狂ってしまう。
「そういえば、バラッド。さっきはありがとな」
「ああ、ピンチな時はお互い様だ。俺がピンチになったら頼むぞ」
「当然だね」
今日も早めに上がることになった。ギルドの方も騒がしくなっている。
あちこちではスタンピードが起こってるんじゃないかとか予算の方はどうだとか、果てはこの街から逃げるかなんて話をしている奴もいる。
魔物に対しては基本的に防戦だ。何かを得られる戦いじゃない以上、予算が確保できなければ冒険者達は動かない。
それを捻出するのが領主の役目だが、しょっぱそうなら冒険者達は我先にと逃げる。予算が少ないなら集まる冒険者も少ない。であれば、迷宮崩壊が起こる危険性もあるからだ。
迷宮崩壊では街中に魔物が溢れ出す。そうなる前に避難し、街が壊滅したところで別の街から戦いに参加すれば一度に二度美味しい。
一度魔物に落ちた街を取り返すなら、それは守りの戦いではなく攻めの戦いだ。何かを得るための戦いである。
要するに持ち主が死んだところに集りに行くということだが、そういった強かさを持つのが冒険者という生き物なのだ。
「換金所の方は?」
「結構渋ってたけど、ここで出し惜しみしたらスタンピード前に魔物が溢れますよって言ったら奮発してくれたよ」
ベンダーが小包から銀貨を取り出す。きっちり五人分、やはりこいつは抜け目がない。
「今年は大丈夫かねぇ」
「まずいかもな。今年は不作だと聞く」
「王権が介入してくるんじゃ?」
「どこも同じようなもんだとよ。それなら持ってるやつから合法的に奪った方がいいって考えるかもしれん」
「冒険者も冒険者なら国も国ですね。どいつもこいつもハイエナだらけだ」
「それ、俺たちが言えたことじゃないけどな」
「ちげえねえ」
「だからそう言ってるじゃないですか……」
バーバラが顔を膨れさせる。マゼンダは面白そうに頬を突いていた。
「今日はこれで解散としよう。お前達も身の振り方を考えて、ここを出て行くなら一言俺に言ってくれ。俺はしばらくギルドにいる」
「ベンダーはどうすんだ」
「俺はしばらく動向を探る。予算が降りそうなら残るが、そうでなければ撤退だな」
「だとしたら次の拠点はどうするんだ?」
「そうだな……ここから西にあるベレットか、あるいはそれより南のブランダだな。物価的にも業務的にも、そっちが最適だろうと思う」
「あいよ。なら何かあったらとりあえずベレット集合で」
マゼンダの取り仕切りに、何も言わず面々は解散する。
こういう時、ベンダーはリーダーとして頼もしいが、マゼンダも決断力がある。
ああいうのが男らしさというんだろうか、今度ニーニャに聞いてみよう。
「おい、バラッド」
「なんだ」
帰る途中でベックが話しかけてくる。こいつとは五年来の付き合いだ。
「お前、もしこの街を出るってなったらどうすんだ?」
「どうするって?」
「いるんだろ? 淫魔だよ。連れてくのか?」
「……そうだな。死なれても寝覚めが悪い」
誤魔化すように答えた。流石にニーニャのことを言うわけにはいかない。
「わざわざ連れてくのか? 高かったのは分かるが、わざわざ肉袋のためにそんなことしなくても──」
「いいだろ、お前には……関係ない」
事情を知らないのだから仕方がない。
世間一般では淫魔はただの肉袋だ。俺たちが善意で餌付けしてやってるとさえ思っている。そして、ある面ではそれも正しいのだろう。
淫魔達は男共の精がなくては生きていけない。奴隷商人から買っても、シていなくて淫魔が死んじゃいましたでは風評が悪いのだ。だから、責任を持って気分でない時も定期的に出さなくてはならない。
俺も少し前までベックと同じ考えだったから尚更否定しずらい。だが、だからこそ鼻につくのだ。
自分の過去の醜悪さをまざまざと見せつけられているようで、どうにも不愉快な気分になる。
「……」
「……悪かったよ。だが、荷物になるのは確かだろ?」
「どうにかするさ。最悪、抱えて歩くしかない」
ベックは空気が読める。俺の顔を見ると、すぐに組んでいた肩を離した。
「ひえ、大変だねぇ。馬車に乗れたらいいが、本格的にスタンピード騒ぎが広まればどこも満員になるからな。ベレットまでお荷物抱えて歩くなんて、正気の沙汰じゃないぞ」
「……ああ、そうだな」
「それじゃ、お前も気をつけろよ。さっさと女を作れよな」
「お前もな」
「ははっ、俺はいいよ!」
……あいつはいいやつだ。
捻くれた俺にも優しくしてくれる。あれはあいつなりの優しさだ。純粋に心配で言ってくれている。
それが分かるから強くは言えない。ニーニャは荷物なんかじゃないと言いたかったが、それをするわけにもいかなかった。
もし彼女のことが漏れた場合、連れてかれるか殺される。
それだけは避けなければならないのだ。
「……帰ろう」
家には待ち人がいる。きっと暇を持て余しているだろう。
道中で魚の日干しを買って、それを手土産にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます