サキュバスの恋愛講座 ⑴
ニーニャの言葉に俯いてしまう。
確かに俺の考え方は間違っていたのかもしれない。
「その経験から、主人様は女性のことをどこか忌避するようになって、理解できぬが故に嫌うようにもなっていったと……?」
「──同僚のマゼンダのことは、そんなふうに嫌ってはいない。あいつの性格は知っているから、俺はいい奴だと思っている」
「素晴らしいことにございます。主人様は人のことをまっすぐ見られる実直でお優しい方なのですね」
「……ありがとう」
「それで主人様? 私に性欲を向けるのが怖いとおっしゃいましたよね?」
「……ああ」
「なぜ怖いのですか?」
「……」
考える。
「……君を傷つけてしまうかもしれないからだ」
すぐに答えは出た。
怖い。相手に不快を思いをさせるのが怖い。
「……」
黙るニーニャに自分の本心を吐露する。
「誰かを傷つけてしまうかもしれない。自分が不快にさせているかもしれない。それがどれだけかは分からないが、分かっているつもりだ……だから、君に性欲を向けるのは……怖いんだ」
「……主人様は不器用なのですね」
「……そうかもしれない」
どうしてだろう。先ほどからニーニャに言われるたびに、そうなのではと思わされてしまう。これが淫魔の能力なのか……?
いや、そんな考え方は失礼か。単にニーニャが鋭いだけだ。彼女は本心から俺の相談に乗ってくれている。きっと指摘も間違っていないだろう。
ニーニャは優しく、俺の心を宥めるように、一つ一つ語りかけてくれている。
「主人様の根本にあるのは、やはり女性への不信感かと思われます」
「……そうか」
「それが忌避につながり、未知に帰着し、不安を生んで、猜疑心を自分に抱くまでになったのかと。ですから例えば、女性がどう考え、どう感じるのかが分かっていれば何かをするにあたって不安を抱くことはなくなるのではないですか?」
「……そうだ。ニーニャの言う通りだ」
「ありがとうございます。私は、主人様に付けて頂いたこの名前がとても気に入っていますよ」
そう言って、俺の掌を自分の頬に重ねて、擦り付けてきた。
柔らかな彼女の頬が、俺の手の平に触れる。その肌触りに俺は心のどこかで安堵した。
彼女の確かな信頼を感じるようで。
「ならば、女性にひとまず慣れましょう」
「だが、どうすれば……?」
「ずばり、モテ男になれば良いのです!」
「……」
「モテ男になれば──!」
「聞こえている」
俺の言葉にニーニャはキョトンとした。
「なら、なぜキョトンとされているのですか?」
「……なぜそうなる」
「女性にモテるとはすなわち、女性の心がわかると言うことです。ならば、女性にモテて、会話をするようになれば自ずと今のような不安に押しつぶされることは少なくなるでしょう!」
「……なるほど。だが、簡単に言うが、そう上手くいくものか?」
自慢ではないが、俺の顔はそんなに良くはない。簡単にはいかないと思う。
これは自虐などではない。客観的に考えてそうなのだと思う。
「主人様は、どのような男性になりたいですか?」
「どんな男……抽象的だな。女性にある程度モテる男……かな」
自分で言ってて恥ずかしくなった。なんだそれ。子供っぽいというか、自惚れも甚だしい。なれると思っているのか?
……いや、こういう思考がダメなのか。ニーニャに言われたことから何も学んでいない。願望を語ること自体はいいこと……なのか?
「主人様、モテ男というのにはいくつか種類がございます」
「種類?」
「はい。この場ではわかりやすさを重視して二つに大別してしまいましょう」
ニーニャは可愛らしい二本指を立てる。指が細いな。握りたい。
「一つは主人様も思い浮かべるような多くの女性に好かれ、関わりを持ちたいと思われるタイプ。このタイプにもいくつかの区分が存在します」
「詳しく聞かせてくれ」
「はい。といっても、それほど大層なものではなく、単純にどれだけ早く肉体関係に及ぶかです」
「……」
彼女の説明はとてもわかりやすかった。
「──手が速いタイプは所謂遊び人、女性に恵まれているように見えますが、実のところ大変です。彼らは生まれ持った顔に加えて、金や時間、労力の大半を女性探しに注ぎ込んでいます。また、一夜を共にする相手に選ばれたとしても一生を共にする相手として選ばれることはほとんどありません。仮にあったとしても幸せな結婚生活はほぼ望めないでしょう」
「手が遅いタイプは?」
「積極性で変わってきますね。積極性があるならば慎重かつ誠実なタイプです。一番理想的ですね。対して手が遅く、あまり積極的でないのなら所謂受け身。そういった男性と人生を共にして上手くいく方もいますが、恋愛の相手としては必ずしも適切とは言えません。むしろ他のモテ男タイプに意中の女性を取られることだってあります」
「……そんな場面は想像できないのだが」
意中の女を取られるのでは、それはモテ男ではないのではないか?
「顔が良くなければこのタイプにはなれません。しかし、だからといって必ずしも女性を落とせると言うわけではないのです。顔だけで通用するのは上部までで、そこから先はある程度の社交性と主体性が求められるのです」
「……なら、もう一つのタイプというのは?」
「もう一つは仲の深い女性があまり途切れないタイプ、もしくは少数の女性とすぐに仲を深められるタイプですね。簡単に言えば、運命の相手を引き寄せられるモテ男です」
「運命の相手を……それは、多くの女性にモテるタイプとはどう違うんだ? 多くの女性にモテれば、必然的に仲も深めやすいのでは?」
単純に考えて、仲も深めやすいから多くの人に好かれるんではなかろうか。単純に男として価値が高いのだから。
「では、主人様にお聞きしますが、主人様は必ずしも美人で男に人気のある女性を恋愛の相手に選びたいと思いますか?」
「……思わない」
「そうです。遠くの美人より近くの女という言葉がありますが、男女逆もありえます。多くの女性に囲まれているというのは、女性にとってはそれだけ競争相手が多いということ。女性に人気というだけで引け目を感じる方も少なくありません」
「しかし、そうはいってもそういう奴にアプローチされればコロっと行くんだろう?」
俺はそこら辺を薄情というふうに捉えていた。俺たち普通の男の味方みたいな顔をしておきながら、結局イケメンに弱いんじゃないかと。
「そうですね……ですが、それはあくまでその方が女性と仲を深めるのも得意だったにすぎません。むしろ、少数の女性と仲を深めるのが得意なタイプと対峙した場合、不特定多数にモテるタイプは不利かもしれません」
ニーニャは苦笑いを浮かべながらそう説明してくれた。俺の言い草に考えていることが見え透けたのかもしれない。単なるモテない男の僻みだ。自覚はしている。
「なぜだ? そうは限らないように思うが……」
「単純に、それまでの絆が違うからです」
「絆……?」
「はい」
ニーニャはこくりと頷いた。
「主人様。主人様から見て多くの女性に親しまれている男性のことはどう見えますか?」
「凄いな、と……単純に住む世界が違うと思っている」
「そうですね。しかし、隣の芝生は青いと言いますが、彼らも実のところ苦労しているのです」
「モテるための努力をしている、ということか……?」
「それもそうですが、単純に多くの女性にモテるためには、それだけ時間と労力を使わなくてはならないということです」
「……」
ニーニャの言葉を反芻する。あいつらも苦労しているか……
確かに、あいつらが過剰に趣味に耽ったり、友達と過ごしたりなんて話は聞かない。
当然だと思っていた。女と関わることが多いのだから、わざわざそんな時間を作らないのだろうと。
しかし、あいつらもあいつらで一人になりたい時はあるのではなかろうか?
「話を合わせ、時に聞きたくない相手の話にも相槌を打ち、自分を騙すかのようにさも面白いような反応を返す。それは想像するよりも心をすり減らす行いです。なんでもないかのように彼らはしていますが、実のところそういった心労に慣れているだけで、心のうちでは苦労しているのですよ」
「……つまり、住む世界が違うというのは俺の勘違いということか」
「選択の問題というお話です。モテない方はモテない方で、それだけ自分の好きなことにお金や時間・労力を使えますし、モテたいのであればやはりある程度は使わなくてはなりません。特に使った時間の全てが楽しいモノであるということはほとんどないのです」
「……あいつらも苦労しているということか」
街で見かけるイケメンを思い浮かべる。
いつも尊敬と羨望の中に一抹の嫉妬を込めた視線を送っていたが、あいつらも言わないだけで苦労していたというのか。そう考えると急に親近感が湧いてくる。
そうか、みんな同じ男なのか。
「多くの女性を相手する場合、それだけ一人の相手に注げるリソースは限られてきます。対して、たった一人を相手にするならばその人だけに自分の持ちうるものを全て注ぎ込むことができるので、恋愛の上では有利となることがあるということです」
「その個人タイプも手の速さで区分があったりするのか?」
「こちらは特にありません。しかし、多くの女性を相手にするならある程度顔の良さ、もしくは人当たりの良さといった万人ウケする要素が必要ですが、後者を目指すのであれば比較的容易に事を進められます」
「どうするんだ? 教えてくれ」
ニーニャの言うことには筋が通っている。
彼女がモテ男になるべきだと言うならそうなんだろうし、それに必要なことがあると言うのなら素直に従おう。
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