サキュバスへの餌付け
ありえないことが目の前で起こっている。
こんなにも美しい少女が、俺に目障りと思われるだけで泣き、そうでないというだけで心から安堵しているのだ。
本来ならありえない。
もし、彼女が人間に生まれていたなら、その恵まれた容姿と温かな性格は彼女を人気者にしたことだろう。
多くの者に愛され、好かれ、親しまれ、憧れられる人生だったはずだ。
それが彼女が淫魔だというだけで全てを失っている。
仮に俺に突き放されても折れないだけの強さを持っているはずだった。
俺如きにそれほど心を揺らされるわけがなかったのだ。
それなのに彼女は泣いている。俺から嫌われていないと安堵している。
その心情は、一体何なんだと口から溢れそうだった。
彼女の言葉にはどこまでも卑屈さが溢れている。俺の目には多くを持っているように見えるのに、その実淫魔というだけで何も持っちゃいなかった。
それが俺には不自然に見えて仕方ない。歪の塊だ。
淫魔という身分が、今の彼女を物語っている。恵まれたはずの彼女がどうしてこれほど追い詰められているのかを簡潔すぎるほど表している。
異常だ。
奇怪だ。
おおよそ理不尽と言っていい。
本来持ちうる人間が不自然な形で貧者に収まっている。しかも、本人がそれをよしとしてしまっているのだから。
これほど気色の悪い状況はない。
「……」
「ご、ごめんなさい……」
俺にはその姿が異様に見えて仕方なかった。
彼女は泣き出してしまったこをさえ謝っている。
俺は、その原因の一人が自分という事実をどこか受け入れがたく感じていた。
彼女をこうした大部分の原因は、おそらく俺であろうというのに。
「……」
「……」
「──あっ、申し訳ありません。でしたら、今日のご奉仕を……」
「──いい」
食い気味に答えた。
「す、すいません……」
「……淫魔は、男の精を糧としているんだったな?」
「は、はい。私たちは卑しい身でありながら、ご主人様のお慈悲を──」
「その
「は──いえ、わか……う、うん」
「……」
彼女は戸惑ったように返事をした。
むしろ彼女を困らせていることに気付いたが、今更撤回もできない。
彼女に引き続きその態度をされると、俺はこの家から出ていかなきゃならなくなる。
「……その通りでございます。私達は男性の精を日々の糧として頂戴しています」
「それは、毎日でなくてはならないのか?」
「毎日でなくても生きる分には問題ありません。しかし、毎日いただけるなら、それにこしたことはないかと……」
「それは、今の状況でもそうなのか?」
「えっと……」
彼女は少し戸惑って、一拍置いてから答えた。
「そうですね……おそらく、動けるようにはなりましたがこれまでのように……いえ、いささかに増して必要になるかもしれません」
「……そうか」
「す、すいませ──」
「いちいち謝るのもやめろ」
「……はい」
「……」
「……」
硬い沈黙が落ちた。
自分がダサいことをしているのはわかっている。
突然動けるようになったのだ。
つまり、彼女は昨日ばかりにこの世界に生まれたということになる。
たとえこれまでの経験を記憶していても優しくするべきだ。
なのに、俺の態度はそれから百八十度違ったものになっている。
俺のモヤモヤをぶつけるように、まるで投げつけたような言い方では彼女がこれ以上畏まってしまうのも無理はない。
それでも、今の彼女に謙ってほしくなかったのだ。
貧者のように振る舞ってほしくなかったのだ。
メイドのように
なぜ?
決まっている。
可笑しいからだ。
──それはまるで「お前はそんなことをしてきたんだろ?」と皮肉を言われているようで、彼女の行動には一切の嫌味がないというのに、その純粋さにかえって酷い残酷さを垣間見てしまった。
今の俺にはあまりに耐えられない。
情けない話だ。
「……精を受け止めるのは、胎でないとダメなのか」
「一番効率が良いのは、そうです。経口接種でもある程度は吸収できるかと……」
「……」
「……あの──」
ズボンを脱ぐ。彼女の許可は得ていられない。
「あ、あの、お手伝いしま──!」
「口で受け止めろ」
「えっ……?」
「そうしないと、生きられないのだろう? 我慢しろ」
「……はい」
俺はわざと高圧的に宣った。
頷いた彼女の顔はどこか曇っていた。
それもそうだ。
今まで自分を痛ぶってきた奴の醜態をまた見なくてはならないのだから。
あまつさえ飲精行為を強要している。
彼女が生きるためには仕方がないとはいえ、それはあんまりな話だった。
俺みたいなドブの塊みたいな人間の精をまた飲まなくてはならない。
たとえそれが自分に生きることに必要でも、きっとそれは耐え難い恥辱だろう。
俺だってわかっている。
この胸にわだかまったドス黒い塊をなんとかしたいとも。
それをするには、彼女に優しくするほかないことも承知している。
だが、彼女の望む通りにさせて仕舞えば、また彼女は奴隷のように振る舞ってしまうように思えた。
そして、それはあながち間違いでもないと思う。
「……」
「……」
俺は肌着から自分のでっぱりを取り出した。
彼女は少しだけその緋色の瞳を収縮させたが、それほどの恐怖は見てとれない。
流石に三年間の間で何度も見たから見慣れたのだろう。醜いと思ってはいるだろうが。
「君の前で擦る。出そうになったら言うから、口で飲み干せ」
「私がっ──いえ、分かりました……」
何かを言いかけたが、すぐに俯いて顔の前で手の皿を作る。
きっと、自分から奉仕すると言おうとしたのだろう。
だが、それでいい。
だんだんと慣らしていけば、いずれ自分のされていたことがおかしなことだと気づくはずだ。
それでいい。これは彼女のためだ。俺のためでもある。
それが、正常なんだ。
「するぞ」
「……はい」
彼女は伏し目がちの目で、それでも俺の精を受け止めるために、俺の下半身の前で膝をつき物乞いが金銭をねだるように手を天に広げて口を開ける。
「どうか、お恵みください」
「……」
その台詞に興奮を覚えてしまった俺は、やはり汚いのだろう。
自分のものを擦る。
この三年間で随分とご無沙汰な行為だった。
最近になって再開し、むしろ感触として懐かしいまである。
自分のどこがいいかは心得ている。
それでも、俺は見知らぬ少女に見られながらすぐに出せるほど肝が太くない。
今まで寝屋を共にしてきたが、今までの彼女とは違うのだ。
以前の彼女は物であって、今は人間だ。
元から人間だったのだろうが、そこは俺の意識の問題だ。
俺の中では物であった。
だから、躊躇も羞恥もありはしなかった。
故にそこに充足もなかったのだ。
生身を相手にしなければ、そんなものだろう。
しかし、目の前の彼女は確かに女で、生身で、今もなお俺の愚息を見つめている。
その視線が気持ちがいいと感じてしまって、次に自己嫌悪で背中が塗りつぶされた。
這い寄るような罪悪感を、快楽が覆っていく。
すぐに込み上げるような感覚が訪れて、ぴくりと跳ねた。
「出すぞ」
「ひゃい」
大きく広げられた彼女の舌に自分の精を吐き出した。
人の肉、内側の生肉に吐精する。
それがどれだけ罪深いことで、気持ちがいいことかを改めて実感した。
飛び散るエキスが彼女を白く彩る。
莫大な生命の凝縮が、彼女の舌で踊り狂った。
彼女は自分の口腔に爆発した蠢く生命を飲み干すと、手に受け止めたスープを嚥下して、次に自分の手のひらを舐め出した。
自分の顔や皮膚にかかった一滴一滴を手で救って口に運んでいく。その姿に明確に俺はエロティシズムを覚えた。
女の身体だ。女の仕草だ。これが性行為だ。
脳が警鐘を鳴らす中、俺の理性はまだたがをかけていた。
自分の本能のまま貪ってはいけないと。
許しも権利もないはずだと鋼の鎖が俺の獣を繋ぎ止める。
冷静に、俺は自分のものを吐き出すと、嚥下する彼女の様子を見届けてからズボンを履いた。これで役目は完了したはずだ。
「……これでいいか」
「はい、ありがとうございます……」
彼女が人間となって初めての
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