ご主人様は迷宮に務める

 迷宮ダンジョンというのは各地にあるらしい。

 

 旅人の話では他の場所にいくつもあるようで、中にはわんさか化け物がいるという。

 

 奴らがどこからやってくるのかはわからない。


 聞く話によれば地底に魔物の国があって、そこから侵攻してくるのだとか。

 

 全て伝え聞いた話だ。どこまで真実なのかも分からない。

 

 それでも俺たちみたいな冒険者という人間がいなければ、今頃上の街が滅んでいることだけは確かだった。


「一匹目〜!」

「マゼンダ、前に出過ぎだ!」

「あいよ!」

 

 マゼンダがゴブリンを殴り飛ばす。


 ※ゴブリン:背の低い、醜い容姿をした人形モンスター


 腐った肉のような顔面に拳がめり込んで、小さな体が弧を描いた。

 ベンダーの指示を聞いて、素直に後方に下がる。

 

 こういうのは連携が大事だ。

 チームプレーが崩れると簡単に怪我を負ったり、引退することになる致命傷を負う。

 最悪死んだりもするのだから、流石のマゼンダもすぐに戦線へと戻った。

 

「数が多いな、バーバラ!」

「アクアフレイム!」

 

 バーバラの詠唱を聞いて、周囲はバーバラに道を開ける。

 詠唱から一拍置いて、青い炎がぶちまけられる。

 いつまでも消えないような炎がすぐさまゴブリン達を焼き払った。

 

「ぎゃあああああああ!!」


「たくっ、こいつらの叫び声、まったく縁起が良くねえぜ」


 全く同感だ。


 ゴブリンは時折、人間みたいな叫び声を上げる。


 それが嫌な記憶を呼び覚ますので、その前に俺は槍を振り上げた。

 

「マゼンダ、気を抜くな! 炎まみれの体で抱きつかれたらひとたまりも無いぞ!」

 

「言われなくても分かってる──よっ!」


 マゼンダは倒れ込んできたゴブリンを勢いよく蹴り飛ばした。

 

 焼死体となった化物は仲間の元に帰還する。


 そして、かつての仲間たちと一緒になって燃え始めた。

 

「へっ、アタシが一体何年冒険者やってると思ってんだい!」

「それは悪かった!」

「はん、だったら地上で奢りな!」

「覚えておこう!」

 

 お互いに声を掛け合って魔物を狩っていく。

 基本的にひっきりなしに敵が攻めてくる。

 それは、迷宮という場所が化物どもを呼び寄せるからだ。

 迷宮から魔物が溢れ出すという事態はそう多くない。

 だからこそ、定期的に俺たちみたいなのがをするというわけだ。

 

 一階に潜る時間はせいぜい30分、純粋な戦闘時間は10分程度といったところか。

 

 冒険者は早く、そして長く戦闘を行えるかどうかに才を決められる。

 素早く処理できなければ、時間をかけて集まってきた魔物どもに取り殺されるだけだ。

 しかし、戦闘での十分は長い。五分もあれば一つの戦闘は必ず終わる。

 三十秒で蹴りがつくというのもおかしな話ではないのだ。

 だからこそ、早さと持久力の二つが求められるのが冒険者の仕事だ。

 

「やったか……」

 

 魔物が一時的に少なくなったあたりを見回して呟いた。


「おいバーバラ、アンタの魔術、威力上がってないんじゃないの?」

「無茶言うなよ……これ以上あげたらみんなを巻き込むだろ?」

「そこを何とかするのが魔法使いだろうに」

「無理だって……」

 

 ベンダーが周囲を見る。

 

 マゼンダはまだやれそうだが、俺とバーバラは少々息が上がっているし、ベックも気疲れしているように見える。

 

 ベンダー自身も息をあげている。これは続行は不可能と判断するだろうな。

 

「よし、今日はこれでいい。さっさと回収して上がるぞ」

 

「「「「了解」」」」

 

 ◇

 

「ゴブリン52匹、コボルト13匹、一角ウサギ7匹……銀貨三枚ってところだな」

「銅貨で頼む」


 ※一角ウサギ:角を持つ獰猛な兎型モンスター

 

 ベンダーがギルドの方で換金する。

 コワモテの元冒険者が受付で討伐品を見るとすぐに勘定を伝えていた。

 俺たちは基本的に殺すことが仕事になっている。

 だから、魔物の右耳もしくは眼球を持って帰ってきて、成果に合わせて報酬をもらう。

 ベンダーは小銭袋を引っ提げてこちらに戻ってくると報酬の分配をした。

 

「そういえば、アンタ達は結婚とかするのかい?」

「なんだ、いきなり」

 

 報酬を仕舞うと、マゼンダは突然な話を持ち出した。

 

「女なんていないんだろ? 作りゃあいいじゃないか」

「マゼンダ、そういうことは──」

「なんだい、真面目な話だろ」

「……それもそうだな」

 

 ベンダーに窘められるが、今度は言い返すマゼンダ。

 そのまま俺とベックのことを見つめてきた……

 真剣な眼差しはこいつなりに仲間として心配している、ということだろうか。

 珍しいことである。

 しかし、こいつの性格を考えれば不思議でもない。


 突然話をふられて、俺はベックの方を見た。 


「どうするって……お前はどうすんだ?」

「俺は女とかいいわ。小銭袋にされんのも勘弁だし」

「だけど、支えてくれる女がいなきゃ男はダメだって言う話も聞くじゃないか」

「それは女の言い分だろう? 性欲なんてどっかで発散すりゃあいいし、わざわざ人間の女を相手にするこたねえよ」


 ベックは迷うそぶりすらなく言い切った。

 女が好きなくせに、こういう部分は達観している。

 こいつのこういう部分を尊敬できるわけだが、果たして見習っていいのかどうか……


「そうじゃなくてさ、話し相手とか……信頼できる相手は必要だろう?」

 

 ベックに対してマゼンダはいつもより弱々しい態度で食い下がった。

 いつになく真面目な話をする。

 もしかして、こいつも結婚について考えてるのだろうか?

 

(……いや、そりゃあそうか)

 

 自分の考えに頭を打つ。

 マゼンダはもう26だ。世間で言うところの年増に当たる。

 しかし、浮いた話をひとつも聞いたことがない。

 きっと、戦闘狂の性格で男とか興味なかったんだろう。

 それが冒険者としての余命を感じてから将来に不安を抱くようになった、といったところか。

 馬鹿な話だ。

 こいつは気丈だから花みてえだってのに、もっと堂々としてればいいんだ。

 

「そういうのもいいわ。バラッドはどうなんだよ?」

「俺は……」

 

 人のことを考えていたところに突然話をふられて、答えに窮する。

 しばらくの沈黙があったが、俺が考えをまとめ切ることはなかった。

 

「……」

「……」

「……俺は──」

「別に、無理に聞こうってわけじゃないよ。アタシもそろそろ考えないといけないからね」


 無理に返答をしようとしたのを察したのか、マゼンダが話を切り上げる。


「遅くね?」

「は?」


 揶揄ったベックと睨み合って、そのまま二人でバチバチと視線を交えていた。

 流石に見かねたベンダーが手をパチパチと鳴らした。


「はいはい、そこまでだ。今日はこれで解散。ないとは思うが、スリには気をつけろよ」

「へえへえ」

「……アタシも、それじゃ」

「バラッドさん、今日はありがとうございました」

「あ、ああ……」

 

 帰り際のバーバラの言葉に、俺は曖昧な返事を返した。

 そういえば、バーバラがゴブリンに襲われそうになってたところを間一髪助けたんだったか。

 今の俺はそれどころじゃなくて、上の空で感謝の言葉を受け取ってしまう。


 手を振ってその場を後にした。俺は帰る道中でもマゼンダの言うことを再び繰り返す

 

「信頼できる相手、ねぇ……」

 

 風が吹き荒ぶ。


 冬の荒風は、まるで俺の心に隙間風が吹いてるのを感じるようだった。

 

「……んなもん、もう無理だろ」

 

 日が暮れてきた街の一角に独りごちた。

 俺の故郷はもうない。

 焼かれたのだ、一人の女に。


 俺が幼い頃に出会った女、そいつは魔女だった。

 

 煉獄の魔女、呪いと願いをその身に受けて、魔女へと変身した1人の女。

 俺の案内したやつは煉獄の魔女、その人だったわけだ。

 とんでもない運命である。

 未だ捕まっておらず、今もどこかで自分の恨みを晴らすべく周囲に不幸を撒き散らしているのだという。

 俺が、道案内をしてしまったせいで、俺の村は──


『アハハハハハハハハハハハ!!!!』

 

「っ……」


 不意に眩暈がした。いつも、この記憶がぶり返すたびに視界が明滅する。


 あの時のことを思い出そうとすると頭痛がするのだ。

 フラッシュバックというべきか。

 思い出そうとするだけでふらついてしまうのだ。

 もしかしたら俺はもうダメなのかもしれない。

 そんな諦観主義にも似た考えが忍び寄る。どうにかそれを振り払って、俺は自分の住処へと歩みを進めた。

 

「あっ、おじさん!」

 

 家路を辿っていると、目の前には今朝の女が立っていた。

 夕暮れだというのに不用心なことだ。

 まあ、こんな時間にわざわざ強姦を働こうなんて物好きな奴もそういないが。

 

「やっぱり来てくれたんだね! どうする、今から──」

「っ、触るな」

 

 抱き寄せられそうになった腕を振り払って、俺は一人足を進めた。

 軽率に抱き寄せようとしてきた彼女の手つきに嫌悪感がした。

 ただ、それだけだ。

 

「はぁ⁉︎ 意味わかんない! このクソインポ! ふざけんな!」

「ふざけてんのはどっちだよ……」

 

 これだから女は嫌いだ。

 自分から尻を振ってきたくせに都合が悪くなるとすぐ暴言を吐く。

 感情だけでしか行動していないのだ。人間の嫌な部分を見せつけてくる。

 もう一種の災害だ。


 だから、関わらないでほしい。

 

「……くそっ」

 

 反射的にそう思った自分を客観視して、俺はクソみたいな気分になった。


 昔はこうじゃなかった。

 

 女にも興味があった。


 もしかしたら成長の過程で結局失われる感情だったのかもしれない。


 それでも10歳の頃までは普通に興味があったんだ。

 同年代の中で既に女に興味がない男も多い中で、珍しく。

 だけど、あの日から変わってしまった。


 人を信じられなくなってしまった。


 とりわけ女に心を見せられなくなってしまったのだ。

 

 いっそのこと、男を好きになれればよかったと思う。

 

 男なら少なくとも本心は見せられているからだ。

 

 もう本気で男色に走ろうかと迷った夜もある。

 

 それでも俺がまだ女に一抹の感情を抱いているのは、どこかで信頼してほしいと思っているからだろう。


 知ってほしい。知りたい。信じてほしい。信じさせてほしい。

 

 そんな、童貞めいた感情が未だ邪魔をする。


 捨てたくても、それはあの時のかけがえのない日々を全て捨ててしまうようで未練から踏み出せずにいた。

 

 どっちつかずなことだ。アイツにもそれがバレていたのかもしれない。


 結婚、結婚か……


 自分には縁のないものに想いを馳せる。


 それは結局、生童貞のもうそうでしかないのかもしれない。

 

 それでも、夫婦なら肉体関係よりも信頼関係の方が重視されている。

 

 良い嫁さんを見つけて、俺の持ってるもんを全部やれればいいな。


 そしたら、そいつは喜んでくれるのだろうか?

 

「……おえっ!」


 再び、自分の思考に吐き気を催した。


 ──だから、生童貞なんだよ。


 いまだに淫魔の味しか知らない、生身の女と肌を合わせたこともない。


 そんな都合のいい話があると本気で思ってるから俺はまだ子供なんだ。


 自分がしたからって相手がしてくれるとは限らねえだろうが。


 いつまで夢見てんだよ、いい加減現実を理解しろよ。


 クソが。

 

「……ただいま」

 

 ──なら、なぜ誰もいないはずの部屋に挨拶をする。

 

 そこにはあいつしかないはずだ。

 

「……」


 ──理由なんて知れている。


 俺はアレに情をやつしているんだ。


 まともに女に向けられない感情を、淫魔にぶつけることで憂さ晴らししている。

 

 こういうのをなんていうんだっけな……


 ああ、そうか。疑似恋愛だ。


 自分で動くどころか喋れもしない淫魔相手に、俺は一抹の情を抱いている。

 

 バカな話だ。本当にくだらない。


「……」

「……そりゃ、そうだよな」

 

 桃色の髪を振り乱したそいつは、床の上で肌を汚したまま何も返さなかった。

 彼女を汚しているのは全て俺の性液だ。

 もう何度もその穴は使い込んでいる。

 今も朝に放置したまま出かけたせいで下半身が丸出しのままだ。

 そして、こいつはそれを一切気にしない。

 いや、気にできないと言った方が正しいか。

 気にする自我があるかさえも曖昧だ。どちらかというと植物に近い。

 かろうじて生きているというのが正しいだろう。

 閉じられない瞳は、こいつが人間というよりに近いことを雄弁に物語っている。


 物見小屋で初めてこいつを見た時、俺は少し興奮した。

 

 綺麗な桃色の長髪だ。

 宝石のように艶があって、淡いその色は自然と目を惹きつけられる。

 肌も陶器のように白くて、それでいて赤子の肌のようだった。

 頬擦りしたくなるようなきめ細やかさと肌触りをしている。

 もちもちのほっぺたは何度唇を寄せても飽きないものだと思っていた。

 

 流石に男を誘惑するものだけあって、こいつの周りにいると今でも自然とムラムラする。下半身の花びらも、女のを直接見たことはないが、リアルだと感じた。そりゃあそうという話だ。

 

 綺麗に花開いたそこは、大胆に胎への穴を差し出していた。


 されども控えめな暗闇はまるで洞窟のように闇を落としている。


 花弁や花、造形品なんかを連想させた。


 複雑な構造をしたその場所に、唯一ある陥没に、何度も男の精を吐き出した。


 入れて。


 出して。


 入れて。


 出して。


 何度も満たされた。

 何度も癒された。

 何度もスッキリした。


 人の形をしたそれに、物だと思っても人格がある者を重ねて。

 されども尊厳ある人には決してしないことをした。

 何度も何度も、まるでモノにするように。

 自己矛盾の塊だ。


「うっ」


 トク、トク。


「はぁっ、はぁっ」


 下半身に気怠げな感覚が襲う。

 それでも、その穴を見ると男の本能が埋まりたくなるには十分だったのだ。

 先人たちの残した言葉には、こんなものがある。 


 淫魔は所詮モノ、いいのは最初の数回だけ。

 

 淫魔を買うにはちと高い金を叩いてこいつを買った時にはまるで信じていなかった。

 それでも今なら納得できる。

 まさに彼女は『もの』そのものだったのだ。


「……」「……」


 声も上げない。

 反応も返さない。

 だから、五回目以降は作業になる。


 最初はいいものだ。これが人間の素肌なのかと、体温もあるし濡れてもくれる。

 けれど、段々と疑念を抱くのだ。

 これは、生身の女とは違うのでは?


 その疑問は決して誤りではないだろう。

 そして、それに気づいてしまうと後はただ精を出すだけになってしまう。

 高い金を払ったから。まだ女に見えるから。まだ興奮できるから。


 徐々に惰性でそこに出すようになる。


 半年も過ぎれば特別感も薄れていく。


 一年を過ぎれば日常になる。


 そこまで至れば、どの男も淫魔を持っていることに気づいて優越感もなくなる。


 こいつは精液を食うんだから便器とさえ言えないだろう。


 だから、彼女らへの排精行為は「餌付け」と呼ばれる。


「……」

「……」

「……拭かなきゃな」


 もう何度も使い古した手拭いを使って彼女の体を拭いた。


 使くせに酷い言い草だが、興奮しないのだ。


 最早、彼女らを生かすために献身的活動をしている気分にさえなる。

 

 なにせ、柔らかな口も唇を合わせようがちんこをねじ込もうが何も変わらない。


 何の反応も返さないのだ。舌も動かないんじゃ、まだまんこのほうがマシだ。

 

 最近は手で握らせてみたり、髪で擦ってみたりした。

 それも限界に来ている。

 要するにもう俺はこいつを擬似的なとしても見ることができなくなったのだ。

 例に漏れずただの搾精機と化した彼女を抱いても何も満たされない。


 男として、何も。

 

 最近じゃ、自分の手で擦ったほうが手軽だと感じるようになった。


 本当にこいつにするのは「餌付け」感覚だ。


 死なせるほど情がないわけではない。

 

「……はぁ」

「……」


 ふと髪を掬う。

 清水のように流れ落ちた髪が地面に振り乱れて、やはり宝石のようだと思った。

 自分には勿体無いほど綺麗だ。彼女が人間だったならどれほど愛されたんだろうか。

 可哀想なことだ。サキュバスというだけで尊厳の全てを奪われている。

 これは一度、洗ってやった方がいいか。

 

「よいしょっ……と」

「……」


 もう、こいつを使うことはあまりないだろう。


 これからは本当に餌付けとして行うことになる。


 なら、せめて人形として着飾らせてやろう。

 

 そうだ、それがいい。人形としてみれば、こいつの赤の瞳も、造形品のような耳も、ふっくらとした小さな頬も、何もかも適している。

 

 自宅で淫魔を可愛がる独身男……情けない響きだ。だが、俺の状況を如実に表している。

 

 こうでもしないと、やってられない。


 そういう気分だ。


「ごほっ、ごほっ」

「……」

 

 目の前のこいつは咳をした。


 こいつは喋らないが、何も呼吸をしていないというわけじゃない。

 

 腹を切れば臓物が溢れ出て血が出る。


 首を折ればおそらく死ぬ。


 呼吸ができなくて窒息死もするだろう。


 そこは人間と変わらないのだ。

 

 ここが埃っぽいせいか、何もしなくても咳をする。今までに何度も聞いた音だ。


 最初のうちは反応を返したんじゃないかと躍起になったものだ。


 今ではそんな期待も抱かない。

 

 首を絞めても人間と同じように咳き込むから、それを利用してヤッてる途中にどうにか反応を引き摺り出そうとする奴もいるらしい。

 

 そういうやつの淫魔は大抵首のところにアザが付いている。生憎と俺にそういう趣味はないし、アザをつけるのも嫌だったのでしたことはない。これからもすることはないだろう。

 

 寝たきりのままじゃ辛いかと背中と太ももに手をかけて、壁に寄りかからせようとした時だ。

 

「……ぁ」

 

 すぐに目の前の顔を見た。唇が動いている。

 

「……嘘だろ?」


 ──ありえない。


 ありえないはずだ。


 そんなわけがない。


「……」

「……ぁ」


 淫魔は喋らないはずだ。


 商人にもそう聞いた。


 他の男達もそう言っていた。


 喋るだなんて話、一度も聞いたことがない。

 

 本当に喋るならこいつらはもっと大事にされるはずだ。


 それでも首を絞めてでも反応を欲しがる奴がいるのは、本当にこいつらが一切喋らないからに違いない。

 

 息を吸った時にたまたま声が出たのか? いや、だが──


「……でたい」

 

 口元にすぐに耳をかざす。やはり、何か話している。聞き逃すわけにはいかない。

 

「なんだ」

「……そとに、でたい」

「っ……」


 俺はその声を聞いて愕然とした。

 

 そりゃあ、そうか……

 

「……ははっ」


 こいつは俺に買われてから一度も外に出ていない。


 毎日毎日半日も放置され、俺が朝に行く時や帰ってきた時に性の処理だけさせられる。


 惨めな話だ。

 

 喋ったことも大変なことだが、こいつに自我があるのも驚きだ。それが嬉しいのか、それとも悔しいのか分からなかった。

 

 ──知っていたら、もっと大切に扱ったかも知れないのに。


 ……いや、きもいな。それはキモいだけだ。

 

 それで相手が好感を抱いてくれるとでも? あまりにも都合がいい。たとえ優しくされたとしても、優しいだけのやつだ。好感を抱くとも限らない。

 

 俺は心底キモいやつらしい。前からわかっていたことだが、最近になってそれに拍車がかかってきた。


 何か声を発しているのを聞いて、俺へのお礼だが告白の言葉を吐いてるんじゃないかと一瞬で脳裏によぎったのだから、真性のクソやろうだと思う。


 クソだ、本当に。

 

「……やめやめ、自分を責めるのも大概にしよう」

「……」

「……外に、出たいんだったな」


 俺は彼女を連れて外に出た。

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